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2005-05-08 00:28 | カテゴリ:バルカン半島
さて、第二回はサラエボ編です。
今回の旅行で一番印象に残ったのがサラエボなので、ちょっと気合はいります。

サラエボに入る前に、すでにアクシデント!!
クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナ(BiH)の国境で、同行のウクライナ人の女の子がビザ未取得と言う理由で追い返されそうになり、3時間半も国境で待機する羽目に!!!

事情は、以下のとおり。
1.ウィーンにあるBiH大使館が大学事務局に、「ウクライナ人はVisa不要」と通達。(本当はVisa必要なのに!そんなこと間違うなって!)
2.国境で、パスポートコントロールの人が、「この人はBiHに24時間立ち入ってはならない」判子を押印。
3.交渉開始。ウィーン外交アカデミーとしては、完全なBiH外務省側のミスのために引き下がるわけにはいかない!
在ウィーンのBiH大使館、ウィーン外務省、在サラエボのウィーン大使館、BiH外務省と連絡を取り、ものすごいハイレベルな外交交渉が行われた。さながら007!
4.3時間半後、最終決定が下される。BiH側は、大使館の非を認めるも、国境で押された判子が効力を持つため、彼女はBiHに入国できない。彼女は一人でザグレブに引き返し、一人でベルグラードまで電車で行くことになる。
5.ウクライナ人の女の子は、ザグレブに戻るバスを待つため、グループを離れる。みんながっかり。
6.バスが彼女なしで出発しようというとき!電話が鳴り、BiH外務大臣が彼女の入国を許可したとの旨伝えられる。最後のどたんばでのニュースにみんなびっくり!
どうやら、在サラエボのオーストリア領事が直接外務大臣に掛け合い、かなり無理を言って通してもらったらしい。

というわけで、国に入る前からものすごい足止めを食らってしまったわけです。。

バスでは、No Man's Landという、ボスニアでの戦争を扱った映画を見て、さらに凹む皆さん。カーテンを開けると、いたるところに爆撃された建物が。。。サラエボの町に入っても、半壊で見捨てられた老人ホーム、白い墓石、壊れた橋、舗道の弾痕と、もう、ずんずん気持ちは沈んでいきます。

震災直後の神戸にやって来た、非神戸住民が感じたような気分をひどくしたもの、と言ったら、ちょっと近いかもしれません。

実際に宿泊したホテルはちょっとした高台にあり、戦争中はそこから下の道路に向けて毎日のように銃撃があったそうです。小さな現地の食堂で食事をしていたとき、隣の席に座っていたおじいさんが立ち上がり、ふと見ると、片足がなかったときにはかなりショックでした。地雷で吹き飛ばされたのでしょう。

ガイドブックによると、舗装された道以外のところに踏み込むと、いたるところに地雷があるそうです。誰も取り除くことができないので、事実上、周りの山や森はすべて未踏の地と言うことになります。

こういう事実一つ一つをヘヴィーに受け止めては凹んでいましたが、二日目になると、不思議なことに弾痕にも、大破した建物にも、慣れてしまうものです。震災のときもそうだったなあ、と思いながらも、町の人々の生きる力、再生に向けたダイナミズムも肌で感じました。

また昔のように、サラエボが民族、宗教の共生できる、平和で豊かな町になるまでには、どれだけの歳月が必要なのでしょうか。


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サラエボ近郊で。戦争で半壊になったレンガの建物が、それこそいたるところに、修復されずに残っています。

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弾痕の残る建物。サラエボ中のほとんどの建物や道路にはおびただしい数の弾痕が残されています。500メートルほど離れた山からスナイパー用の銃で一般人が住む家を撃った後だそうです。

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ホテルの反対側にあった墓地。白い墓石は、明らかに最近立てられたもの。新しい墓石の多さに、無言になってしまいます。
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