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2018-11-08 16:17 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

モーツァルトの史実の調査をまとめるという、底なし沼にはまってもう久しいですが、ちょうどモーツァルトの葬儀について質問を受けたので、備忘録的にまとめておきます。


●前提


諸説ある、古い研究と新しい研究は内容が異なる、謎は残っている等、様々な点がある中、どの説が史実に近そうかも検証していきたいと思います。


今回の記事で扱うのは、モーツァルトの死から、シュテファン大聖堂を経て、棺が聖マルクス墓地に到着するまでです。モーツァルトの死因や、お墓の場所など、定番の謎については、今回は触れていません。


モーツァルトの葬儀の日の天気については、さまざまな説があり、検証はされていますが結論は出ていないので、軽く触れる程度にしておきます。


また、参列者等はソースによって異なりますので、諸説あるものを載せておきます。


●モーツァルトの死(自宅)


モーツァルトは、Rauhensteingasse 8にて、1791年12月5日の0時55分に亡くなりました。


IMG_5043

モーツァルト最期の家


IMG_3599

史跡パネル


同日朝から午前中にかけて、Dr. Eduard Guldener von Lobes医師による検死が行われましたが、特に気になる点はなかったとされています。


Joseph Graf Deym von Stritetzがデスマスクを取りますが、コンスタンツェが壊したと言われています(今残っているモーツァルトのデスマスクの信憑性が問われています)


その後自宅で一般弔問(Aufbahrung)があったとされています。その時はカプツィーナ修道僧のようなマント(一説によればフリーメイソンの黒いローブ)を着ていたとされています。


●自宅→シュテファン大聖堂の葬列と参列者


翌12月6日15時ごろ、シュテファン大聖堂へ移動します。


2017-10-13 16.27.26

シュテファン大聖堂


葬列(Trauerzug)は、十字架を持った人が先導し、4人がトウヒの棺を運び、コーラスの少年がいたそうですが、二頭立ての馬車だったという説もあります。教会では鐘が鳴らされたので、ウィーン市民は誰が亡くなったのかわかっていたのでしょう。


参列者については諸説ありますが、いた可能性があるのは、コンスタンツェ(早い段階で体調を崩し、子供たちとその場を離れたという話もあり)、コンスタンツェの姉妹とその夫たち(Josef Lange, Franz Hofer)、ファン・スヴィーテン男爵、モーツァルトの弟子のFranz Jakob Freystätlerとジュスマイヤー, シカネーダー劇団のファゴットとコントラバス奏者のOtto Hatwig, モーツァルトの友人のJohann Georg Albrechtsberger, 音楽家Alselm Hüttenbrenner、サリエリ、シカネーダーの友人で魔笛でタミーノを演じたBenedikt Schack、Kapellmeister Roser, ヴィオリンチェロ奏者Orsler、モーツァルトの行きつけのレストランのウェイターJosef Deinerがいたとされています。(参列者の信憑性については後述しますので、ここに書かれた人が全員いた可能性は低いかもしれません)


シカネーダーは参列していなかったとされています(Nissenの手記による)


Joseph Lange, Franz Hofer, Benedikt Schackは参列のソースは、1857年のMonatsschrift für Theater und Musikです。LangeとHoferはモーツァルトの親戚であり、友人であり、仕事仲間でもあったので、最も近しい男性といえるでしょう。


ファン・スヴィーテン、サリエリ、ジュスマイヤー、Kapellmeister Roser, ヴィオリンチェロ奏者Orsler、Josef Deinerは、教会から墓地行の馬車の付き添いのリストに含まれています。ソースは1856年1月28日、モーツァルトの誕生日100周年を記念したJosef DeinerのWiener Morgenpostに載った手記に基づいています。この手記自体信憑性を疑われていることもあり(葬式の日に大嵐という描写が。。)、そもそもその場にJosef Deinerがいたかどうかも定かではありません。


ほかの人物の参列の真偽については、ソースも不明ですが、Josef LangeとFranz Hoferはコンスタンツェの姉妹の夫ですので、モーツァルトの親戚の男性に含まれ、最も参列していた可能性が高いでしょう。コンスタンツェは体調を崩し、子供たちと共にその場にいなかった可能性もあります。コンスタンツェの姉妹(Aloysia Lange, Josepha Hofer, Sophie Haibel)は、夫たちが参列しているため、参列は控えた可能性があります(特に記録には登場しません)。


また、親族以外では、葬式代を出したパトロン、ファン・スヴィーテン男爵は参列していた可能性が高く、逆に、Albrechtsberger, Freystätler, Otto Hatwig, Anselm Hüttenbrennerに関しては、ソースがはっきりしていません。


また、自宅→教会の葬列と、教会での葬式、教会→Stubentor(墓地へ行く馬車の見送り)で、参列者が異なった可能性もあります。


ちなみに、モーツァルトの葬列の日程と天気に関して謎が多いですが、自宅から教会に移動した、12月6日の天気は穏やかだったとされています(Zinzendorfの手記および天文台の記録による)


(礼拝堂編に続きます)


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