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2018-03-03 16:02 | カテゴリ:ウィーン

中世の頃から城塞都市で、外敵から攻められることの多かったウィーンは、13世紀から19世紀まで市壁に囲まれていました。

  

ウィーンの市壁が取り払われたのは、皇帝フランツヨーゼフの頃で、今のウィーンには市壁の痕跡は数えるほどしか残っていません。

 

元市壁があった場所は、現在リンク大通りになっていて、外堀のあった場所は、市民公園などの公園になったり、市庁舎や大学、国会議事堂などの重要な建物が建てられ、有効に活用されました。

 

今のウィーンを見ていると、市壁があった姿を想像するのは難しいですが、いくつか壁が残っている場所があります。

 

その中でも、最も良く通行人の目に止まるのは、地下鉄駅構内にその市壁の後が残る、Stubentor駅でしょう。

 

●Stubentor駅

 

こんな風に、道を歩いていると、突然壁の残骸が現れます。この石造りのように見える部分が、昔のウィーンの市壁だったものです。(場所的には、ターフェルシュピッツで有名なプラフッタWohlzeile店のはす向かいです)

 

IMG_9412

 

IMG_9523

 

この市壁は、地下鉄工事の時に発見され、一部このように野外博物館的に展示されていて、歴史を解説したパネルがいくつかあります。

 

この階段を下りると地下鉄の駅ですが、ここから急降下する壁が見ものです。

 

IMG_9526

 

壁の上の部分の近年になって補強されたものですが、下半分は当時のままです。足元のガラスの部分にも、発掘されたものを見ることができます。

 

下の写真のように、壁の付け根の部分に地下鉄の駅の入り口があります。

 

IMG_9529

 

駅構内から壁を見上げて。

 

IMG_9533

 

そして、一階分地下に降りた駅構内もこんな感じで、壁がそのまま埋め込まれています。貴重なルネサンス時代の壁です。

 

IMG_9537

 

この地下の壁は、地下鉄から地上に出る時に通るルート上にあります。地下鉄から出てきたら、急にこんな武骨な壁があったら、びっくりしますよね。これを駅のデザインとしてそのまま残しているのがウィーンらしいな、と思います。

 

●市壁のあったころのウィーン

 

この地下鉄の駅前の広場には、この写真のような、市壁に囲まれたウィーンの模型があります。

 

800px-Wien_Stubentor_2009_2

File:Wien Stubentor 2009 2.jpg - Wikimedia Commons

 

今のウィーンを見ていると、市壁のあったころの様子が想像できませんね。

 

とは言っても、上のモニュメントはかなり壁を誇張して作られたものです。ほんとのところは、ウィーン博物館に展示されている以下の模型が、誇張のない市壁のあるウィーンの姿です。

 

IMG_2468

 

この、ちょうど真ん中手前の門がStubentorです。

 

そして、壁を取り払った後のウィーンの模型がこちら。

 

IMG_2483

 

Stubentorがあった場所は、まだ半分更地ですね。この二つの模型はかなり興味深いことが色々ありますので、今後も壁の調査で参照することにします。

 

●在りし日の壁と門の姿

 

そもそも、この壁の名残があるStubentor駅のTorは門の意味で、ウィーンの市壁にあった11の門の一つの名前です。

 

取り壊すまでは、ここにはウィーンの市内から外へ出るための城門がありました。以下がその様子です。

 

Stubentor – Wikipedia

 

以下の絵は、上の絵の向かって右上から見下ろしたもの。市壁の厚さ(人が上を歩いています)と、門を抜けて堀を渡る橋が見えますね。

 

Stubentor_und_Stubenbastei

File:Stubentor und Stubenbastei.jpg - Wikimedia Commons

 

●モーツァルトとStubentorの関係

 

モーツァルトとこのStubentorも少しだけ関係があります。

 

シュテファン大聖堂で葬儀が行われたモーツァルトは、当時の法律に従って、日没後にStubentorの門からサンクト・マルクス墓地に運ばれました。

 

遺族は門までしか付き添ってはならないという決まりがあったため、この場所が、妻コンスタンツェとモーツァルトが最後の別れをした場所ということになります。


モーツァルトの遺体は誰の付き添いもなく墓地に運ばれ、そのまま共同墓地に埋められました。それが理由で、彼のお墓の本当の場所が特定できないのですね。

 

●黒い塔の名残

 

また、もう少しよく観察すると、地上の歩道に、線が引いてあるのがわかります。

 

IMG_9416

 

この線は、昔ここにあったSchwarzer Turm(黒い塔)の形を地面に描いたものです。実際の見取り図は以下の水色の部分のようになっていたので、凹凸がそのまま再現されています。

 

stub_plan

Stubentor Gedenktafel

 

こんな風に、普段何気なく通っている駅でも、色んな歴史の秘密が隠されています。

 

ウィーンには、市壁の名残がまだいくつかありますので、またご紹介していきますね。

 

 

参考記事:

こちらの記事も、現存する市壁の上に建てられた家と、当時の壁の上からの眺めについて触れています。

【オーストリア】ベートーベンの住居パスクヴァラティハウスは、歴史を遡る不思議なアパート | 海外現地情報ブログ | 阪急交通社


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