2016-04-18 16:12 | カテゴリ:モーツァルト!Mozart!

3月20日に観劇した、ウィーン再演モーツァルト!楽日のレポです。

 

前回はキャストの感想でしたが、今回はヴォルフガングの死の解釈に迫ります。

 

(過去のレポや情報は、モーツァルト!Mozart! カテゴリよりどうぞ。)

 

●安易な道からヴォルフガングの死まで


前回見てから、安易な道を聞き取って、コロレド、ヴォルフにとっての安易な道とは何かを分析したので、今回の観劇はその実践。これがほんとやってよかった!!

 

参考記事:

ウィーン新演出版モーツァルト!コロレドVSヴォルフガング対決新曲 Der einfache Weg「安易な道」日本語訳

ウィーン新演出版モーツァルト!新曲「安易な道」解釈

 

コロレドは相変わらず、民衆のための曲なんか書かずに(=コロレドの安易な道)うちで働かないかと持ちかけるが、ヴォルフガングは距離を保ちながらも、低い姿勢からコロレドを警戒しつつ、自分の選んだ人生が何かをコロレドに説明しようとする。コロレドには全然通じてないけど、私は今回ヴォルフが何をいいたいか全部わかった!!

 

表面的には「自分は雇われた生活(=ヴォルフガングの安易な道)はしたくない。」と就職口の斡旋を断っているだけのように聞こえるけど、その裏には、自分は浮浪者みたいになっても、自由で縛られない生き方をしたい。民衆の歌を作るのも自由だからだ。だから、偉いやつであろうと口を出すな。自分は雇われの安易な道ではなく、フリーランスで綱渡りの人生を自分で選んだんだから、自分の人生の選択の責任は自分で取る、と言っているわけ。

 

これを一生懸命コロレドに伝えようとするが、コロレドは最後までヴォルフガングの言いたいことの意味が全くわかっていない。ヴォルフはコロレドの安易な道の意味がわかっていて、自分の考える安易な道の定義を説明しようとしてるのに、コロレドは自分の考えに凝り固まって理解していない、という図式が見えてくる。

 

この時のヴォルフガングの生き方への必死さや責任の重さが心にズシーンと来て、普段盛り上がるMozart Mozartに全然集中できなかった。この場面のアンサンブルの後ろで、アマデが舞台袖に走ってクッション取ってきて、ヴォルフが長椅子に横になって、色々と準備してるのが見えてしまったからかな。。上の席面白いw

 

そして、盆が回ってヴォルフの死。「死を舌先に感じる」→アマデが腕から血を取ろうとする→「心臓なら血が残ってるよ。そしたら僕も君も死ぬけどね」→アマデペンが出なくてイライラする→「王子は王様になったが、僕には何が残ってる?」「星から降る金を手に入れたが、そのせいで燃えてしまった!(本当に燃えたように、手を見て驚いて飛び上がる)」→「自分をすべて捧げ、犠牲にした。子供時代、若者時代、姉、父、友情、愛。。僕が欲しかったのは。。」(ここで心臓を刺される)→しばらく驚いたように痙攣している→アマデが落ち着いて立ち上がり、ろうそくを吹き消す→ヴォルフ死ぬ。アマデ寝椅子の後ろに隠れる。

 

しばらくして、ヴェーバーママが入ってきて、首の脈を確かめてから体の下をまぐさり、金の入った袋を見つけて持ち去る→ナンネールが入ってきて目を閉じさせ、小箱を開けてPrinz ist fortが聞こえてくる、という流れ。

 

ここでまず印象的なのは、貧乏でぼろぼろなヴォルフ。さっきのコロレドとの対決がまだ頭に残っているので、このボロボロの姿は、彼が雇われを拒否して自由になった代償だってことを実感する。自分の生きたいように生きた結果、ボロボロで貧乏で若く死ぬことになった。自分の生き方の責任をとった。しかしそれは残酷な死に様で、残酷な人生。

 

自分の影から逃れられるのか、と問いかける「残酷な人生」の歌の「影」の解釈に困ってたけど、それは「自分の生きたいように生きようとする選択とそれに伴う責任」ってことじゃないかな。

 

ヴォルフは安易な道を拒否し、あえて茨の道のフリーランスの生活を選んだ(選択)。しかし、人生の選択には必ず責任(影)がつきまとう。結局、フリーランスの生活で貧乏ボロボロになり、その選択の責任を取る形で惨めな死に方をすることになった。

 

「星から降る金で自分自身が燃えてしまった」と言った時の、燃えるような驚き。無気力だったのが急に動く、最後のあがき。もう既にヴォルフは泣いている。金を掴んだ(光)後、その光に燃やされる(影)。

 

更に、犠牲にしたものを羅列すると、今まで見てきた彼の人生が走馬灯のように思い出されて涙が止まらない。

 

それもdir(あなたに)捧げてきたと言っている。ここで唐突に出てくる「あなた」ってだれ?普通に考えたら「神」だけど、「才能」すなわち「アマデ」なんじゃないかな?

 

ヴォルフガングはアマデに全てを捧げ、犠牲にしてきた。人間の世界ではフリーランスの生き方を選択して自由になり、その責任をとってぼろぼろな死を迎える。才能の世界では、音楽の才能を得るために、ヴォルフガングは愛するものを全てアマデに捧げてきた。その結果何も手元には残っていない。

 

「僕には何が残っている?」「僕が欲しかったのは・・」

 

この疑問と終わらない文を心のなかで繰り返してみると、やはり「残酷な人生」の歌がその答えのようにも思える。


今回の観劇で、安易な道から死までの流れを一気に追いかけてみて、やっとヴォルフガングの死に様の意味がわかった。「影」「才能」など、今まで保留にしていたキーワードの役割もピッタリハマった。

 

千秋楽というだけでなく、最後の最後でここまで全てがしっくりくる解釈に落ち着くことができて、ヴォルフガングと一緒に泣くことができて、本当に幸せな観劇体験だった。

 

(楽屋編に続きます)

 


モーツァルト!ウィーン新演出版 全曲ライブCD<2枚組みCD>

 

モーツァルト!ウィーン新演出版 DVD

 

モーツァルト!ウィーン新演出版 ブルーレイ

 

応援クリック ありがとうございます!

 

関連記事
秘密

トラックバックURL
→http://wienok.blog119.fc2.com/tb.php/1935-54aba61c