2016-03-09 16:23 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

ここまで検証してきて、1809年にコンスタンツェが、メスマーとサンクト・マルクス墓地にいるのは難しいのでは?という流れになってきました。

 

それでは、メスマーとサンクトマルクス墓地は無関係だったんでしょうか?これには、興味深い事実が出てきました。

 

メスマーの有名な患者に、盲目の女性作曲家でピアニストの、マリア・テレジア・パラディスMaria Theresia Paradisという人がいます。

 

この人もモーツァルトの同時代人で、おまけにメスマーを取り巻く音楽家ですので、当然モーツァルトとも親交があります。モーツァルトの『ピアノ協奏曲第18番 変ロ長調』はパラディスのために書かれたと言われています。

 

彼女は3歳頃で視力を失い、18歳になった1766年から11年間、メスマーの治療を受けました。

 

その催眠療法で使われた「グラス・ハーモニカ」という謎の楽器は、当時人を死に至らしめると言われていたため、メスマーはこの治療のために、ウィーンを追放されることになります。(これが理由で、再度妻の遺産整理のためにウィーンに戻ってきても、またすぐ追放されてしまったんですね。。)

 

少し後の時代のものだけど、グラス・ハーモニカってこんなもの。

 

こうやって演奏するらしい。 

 

あと、磁石を使って催眠療法をしている時のメスマーが像になってました。

 

Mesmer. Plastik von Peter Lenk auf der Hafenmole von Meersburg

 

つまり、メスマーの最も有名な患者で、彼の没落の引き金ともなった人の遺体が眠る墓地が、サンクトマルクスだったということは史実です。もしかしてメスマーは、モーツァルトじゃなくてこの盲目の女性音楽家を探していたのでは?なんて勘ぐってしまいます。

 

(次回、モーツァルトとメスマーの関係をまとめます)

 

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