2016-03-05 16:12 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

ミュージカル「モーツァルト!」でのメスマー登場シーンの検証続きです。

 

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●メスマーと脳みそコレクション

 

あと、「神よなぜ許される」のシーンで、コロレドに脳みそ送り付けたのもメスマーでしたね。これも史実なのか、メスマーという同時代の有名人を出したかっただけなのか、検証してみました。

 

コロレド

 

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メスマー

 

コロレドの「神よなぜ許される」の直前に、アルコは、「画家の脳みそが、パリのメスマー教授から届きました」と言って、ホルマリン漬けの脳みそを持ってきていましたね。

 

ハンガリー版では、コロレドはそもそも脳みそコレクションルームで「神よなぜ許される」を歌います。コロレドもメスマーも脳みそマニアでコレクター仲間です(笑)

 

けど、ぱっと調べた感じ、コロレドが脳みそコレクションをしていたという話もないし、コロレドとメスマーが交流があったという話も見つかりません。

 

一応、この「神よなぜ愛される」の歌は、コロレドの「芸術の部屋」と呼ばれる場所を舞台としているとリブレットの記されています。「ここには、美術品のレプリカや動物の剥製が置かれている」とされ、コロレドが神と芸術を思考するための部屋ということがわかります。まあ、剥製があったらホルマリン漬けもありそうな気もしますが。

 

コロレド自身知識人で、自然科学から音楽からいろんなことを専門家並みに知っていたので、医学と芸術との関連を脳みそから調査しようと思っていても不思議ではありません。それに、そのコレクションにメスマーが協力していたというのも、あながち嘘ではない気がしてきました。

 

しかしそもそもメスマーは、当時王様レベルの偉い人だったコロレドに、脳みそを送れる立場だったんでしょうか?

 

・メスマーの脳みそ送りつけ事件を検証

 

それでは、メスマーがコロレドに脳みそを送りつけたかどうかを検証してみます。

 

まずはこの脳みそが送られた時期と場所を特定します。場所はアルコが「パリ」と言っていますので簡単ですね。

 

時期は、Der Prinz ist fort(ナンネールが貧しい恋人Franz Armand d'Ippoldと結婚したくてお金がないので、モーツァルトにお金の無心をした)とレオポルトのウィーン訪問の間です。

 

ナンネールが結局この貧しい恋人と結婚させてもらえず、金持ちの15才年上の男の3番目の妻になるが1784年です。また、「神はなぜ許される」の途中でレオポルトが入ってきて、ナンネールの子レオポルトを次の神童にする、という場面がありますが、このレオポルトの孫レオポルトの生年はわかりません。

 

ハンブルク版リブレットによると、次のシーンが1785年3月ザルツブルク(新演出版で削られたシーン、ウィーンに行った父の手紙を読むナンネールと夫の会話のシーン)なので、「神はなぜ許される」とメスマーからのコンタクトは1784~85年の間のどこかの時点ですね。

 

それでは、この間メスマーはどこにいたでしょう?

 

1784年はメスマーにとって重要な年です。当時パリにいたメスマーは、当時の科学者たちの会議にて、彼の手法の一つが否定され、失意の内にパリを去り、イギリス、その後ドイツに行きます。

 

更に翌年、ドイツのライン川沿いの町バーデンにて、同じく彼の磁気療法が否定され、1788年にはドイツのカールスルーエにいたとされています。

 

まあ、パリに行ったりできなくもない距離ですが、メスマの没落の始まりと言っていい時代に、のんきにコロレドに脳みそ送ってる場合なのでしょうかね?

 

おまけにメスマーは、1777年に謎の笛を使った治療法が民衆を不安に陥れるとして、ウィーンから追放されている身です。そんな怪しい人物と、王様レベルのコロレドが親交を持つかどうかも少し疑問に思います。

 

 

(次回で、ウィーン新演出版でカットされた、メスマーの出番を検証します。)

 

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