2015-12-21 23:05 | カテゴリ:クリムトの歴史

なんだか、調べたら色々出てきたので、「アデーレ」を含むブロッホバウアー家の絵の行方を調べてみました。

 

アデーレ関連の記事は「クリムトの歴史」カテゴリをどうぞ。

 

実際にこの絵が略奪されたのか?どういう経緯でオーストリア・ギャラリーに飾られていたのか?そして、どういうきっかけで所有権が争われることになったのか?あまり主観を混ぜず、記録を再現します。

 

今回の記事は、実際に起きたユダヤ人の財産没収が、どのような手口で行われたのかを、アデーレを一つのケースとしてご紹介します。ナチスによる財産没収と簡単に言っても、実際はもっと複雑で、脱税容疑、売却による現金化、絵画の交換など、複雑な経緯を辿っています。おまけにクリムトの隠し子なんて人物も登場し、しっちゃかめっちゃかです。

 

Adele Bloch-Bauer I (Gustav Klimt)

Adele Bloch-Bauer I, 1907

 

それでは、時系列にそれぞれの絵画の動きを追ってみます。

 

==平和な時代。アデーレの死と遺言==

 

1923年アデーレの遺言。絵画は夫へ。夫の死後はオーストリア・ギャラリーへの寄贈を希望する。

1925年アデーレの死。翌年夫が遺言を守ることを誓約。

1925-38年 夫が絵を自宅の「思い出の部屋」に飾る。

1936年、Ferdinandはクリムトの「アッター湖のカンマー城III」をオーストリア・ギャラリーに寄贈。(この後この絵は色々な運命をたどりますが、Ferdinandによって寄贈されたため、最終的にはオーストリア・ギャラリーに残り、アルトマンには引き渡されませんでした)

 

「アッター湖のカンマー城III」Schloss Kammer am Attersee III 1910 

 

==アンシュルス。絵画がブロッホバウアー家の手を離れる==

 

1938年 ドイツによるオーストリア併合前にFerdinandはウィーンを離れ、チェコ、スイスと逃亡。

 

Ferdinand逃亡後のウィーンでは、彼の財産はナチスに目を付けられ、脱税容疑で全財産を現金化された。その際の担当者はErlich Fuehrerで、Ferdinandはほぼ全てのチェコとオーストリアにある財産を失った。多くの動産はナチスの将校に渡った。

 

1941年にFerdinandはチューリヒから画家のココシュカに手紙を書いている。その中には以下のような一節がある。

 

「私のウィーンとベーメンにあるものは全てなくなった。何も残っていない!もしかしたら、私のかわいそうな妻の2枚の肖像画(クリムト)と私の肖像画(ココシュカ)は戻ってくるかもしれないが、それは今週わかることだ。」

 

1941年代理人Fuehrerは、オーストリアギャラリーとの間で「アデーレI」と「リンゴの木」を「アッター湖のカンマー城III」と交換する。この絵は1936年にFerdinandがオーストリアギャラリーに寄贈したもの。

 

Apfelbaum I 1912

「リンゴの木」Apfelbaum I, 1912

 

すなわち、「アデーレI」「リンゴの木」→ベルヴェデーレに、「カンマー城III」→Fuehrer(一応代理人なので、名目上Ferdinandの所有物に戻った)。

 

この交渉は、スイスに逃亡中のFerdinandのあずかり知らぬところで行われた。Ferdinandの最後から二番目の遺言では、自分の所有物はすべて、支払う必要のない税金として取られたとしている。(最後の遺言により無効とされた。そもそもこの遺言では、マリア・アルトマンは全く相続できない記述内容で、全ての遺産は姪のLouise Baronin Gutmannとその子供たちに譲るとなっているので、この遺言が有効だったら、アルトマンは相続権は全くない)

 

1942年代理人Fuehrerは「カンマー城III」をIngeborg/Gustav Ucickyに対して売却するが、このGustav Ucickyは映画監督でクリムトの隠し子。

「ブナの木」は同じく代理人FuehrerによってWiener Staedtische Sammlung(ウィーン市コレクション)に1943年に売却された。また、アデーレIIはオーストリアギャラリーが購入した。この辺りの売却と現金化も、Ferdinandは全く知らない。

 

ちょっと整理すると、1943年の時点では、アデーレI,II,リンゴの木がオーストリアギャラリーに、カンマー城はクリムトの隠し子に、ブナの林は==ウィーン市の所有物になった。

 

1943年に全ての絵画コレクションは現金化された。

1943年にはブナの林、アデーレI、カンマー城、アデーレII、リンゴの木の5枚がウィーンで展示された。 

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この時点ですでにかなりややこしいことになっていますね。。さながら、絵画のモデル、画家の隠し子、政府を取り巻く、クリムト絵画争奪戦と言ったところでしょうか。

次回は、戦後の復古活動についてです。 

 

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