2015-12-17 16:04 | カテゴリ:クリムトの歴史

映画「黄金のアデーレ」の内容の信ぴょう性に疑問を呈す記事をたくさん書いてきましたが、今日は、争点となっているアデーレとその夫Ferdinandの遺言をご紹介します。

 

アデーレ関連の記事は「クリムトの歴史」カテゴリをどうぞ。

 

<アデーレの遺言>

アデーレの遺言の正しい内容は以下の通り。

„Mein letzter Wille.

Bei klarem Bewusstsein und unbeeinflusst verfüge ich für den Fall meines Todes wie folgt:

I. Zum Universalerben meines gesamten Vermögens setze ich meinen Ehegatten, Ferdinand Bloch Bauer ein.

Meine 2 Porträts und die 4 Landschaften von Gustav Klimt, bitte ich meinen Ehegatten nach seinem Tode der österreichischen Staats-Gallerie in Wien, die mir gehörende Wiener und Jungfer. Brezaner Bibliothek, der Wiener Volks u. Arbeiter Bibliothek zu hinterlassen.

Dieses Testament habe ich eigenhändig geschrieben und unterschrieben.

Adele Bloch Bauer

Wien, 19. Jänner 1923

http://www.vol.at/2006/01/Rueckgabe_der_Klimt-Bilder.pdf

 

訳します。

 

===

私の遺言。完全に意識した状態かつ誰にも影響されない状態で、私が死んだときには以下のようになることを希望する。

 

1.私の遺品については、夫のFerdinand Bloch Bauerに遺す。

グスタフ・クリムトによる私の2枚のポートレート画と4枚の風景画については、夫の死後にオーストリアのウィーン国立ギャラリーに寄贈するよう夫にお願いする。また、私所有のウィーンとJungfer. Berzanerの書庫については、ウィーンの民衆と労働者のための図書館に寄贈してください。

 

この遺言を自署にしてしたため、署名する。

アデーレ・ブロッホ・バウワー

ウィーンにて1923年1月19日

===

 

もちろん「グスタフ・クリムトによる私の2枚のポートレート画」は、アデーレIとアデーレIIの絵の事です。また「4枚の風景画」とは、ブナの林、リンゴの木、ウンターアッハの家々、カンマー城IIIの4枚の事です。カンマー城IIIの絵は別の経緯を辿り、アルトマンには引き渡されませんでした。

 

また、寄贈を希望された「オーストリアのウィーン国立ギャラリー」とは現ベルヴェデーレ宮殿内オーストリアギャラリーのことです。

 

この文章のポイントは、「自分の死後アデーレIとIIは夫に、夫の死後はオーストリアギャラリーに寄贈してくれるよう『お願いする』(Bitte)とされている事。また、のちに大きな争点となるのが、アデーレが遺言で言及している絵画の所有者が一体だれなのかということ。

 

アデーレは1925年にウィーンで亡くなりますが、遺言には上記の様に「夫Ferdinandの死後、絵画をオーストリア・ギャラリーに寄贈してくれることを希望する」と記載していました。夫Ferdinadもその一年後、この遺言を「忠実に」守ると遺産管理宣言の中で宣言したと記録が残っています(ソース:Offener Brief an die terreichische Bildungsministerin

 

アデーレの死後1925年から1938年の間、この絵画はElisabethstrasse 18にある自宅の「思い出の部屋Gedenkzimmer」に飾られていました。

 

しかし、時代はアンシュルス。ドイツのオーストリア併合が近づき、夫はスイスへ逃亡。夫が不在のまま、1938年に絵はナチスに没収されました。

 

 

次は、夫Ferdinandの遺言です。

 

夫Ferdinandは、大金持ちの実業家でしたが、オーストリアのドイツ併合時に絵画や砂糖工場を含む財産を没収され、逃亡先のスイスで1945年にで亡くなりました。

 

事実上死亡時にFerdinandはほぼ一文無しでした。遺言には絵の寄贈の事は直接触れられず、財産が戻ったとして、甥と姪二人に財産を1/4か1/2ずつ分けると書かれていました。

 

こちらが本文。

 

WS000001

出典:http://www.bslaw.com/altmann/Klimt/Summary.pdf

 

==

我が遺言

 

精神力が完全にある中で、誰にも強制されず、私は以下を確認する。

 

私の動産不動産の半分は姪Louise Gutmann男爵夫人、旧姓Bloch-Bauer、住所ザグレブに遺す。

私の動産不動産の1/4は姪マリア・アルトマン、旧姓Bloch-Bauer、住所ハリウッド、カリフォルニアに遺す。

私の動産不動産の1/4は甥Robert Bentley、旧姓Bloch-Bauer、住所バンクーバー、カナダに遺す。

 

火葬を希望する。私の遺骨は、可能であれば妻と同じ場所に置かれることを希望する。

 

この遺言を自署にしてしたため、署名する。

Ferdinand Block-Bauer

チューリヒにて1945年10月22日

===

 

Ferdinandは複数の遺書を残していて、この最後の遺書を書いたときに、以前の遺書の内容は破棄されると記しています。


この二枚の遺書は、1998年にウィーンのアーカイブが解放され、ジャーナリスト、チェルニンにより発見されました。

今回はあまり主観を入れず、両者の遺言を淡々と訳してみました。

 

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