2015-09-01 06:54 | カテゴリ:皇太子ルドルフの歴史

掘れば掘るほど興味深いエピソードが出て来るマイヤーリンク事件ですが、当時の社交界やセレブの世界を垣間見るつもりで、もう少しお付き合いください。

 

今回は、マリーの母の実家Baltazzi家をもうちょっと深く見てみます。この一家はコンスタンチノーブル(今のイスタンブール)に住んでいたギリシャ人銀行家一家で、コンスタンチノープル一の金持ちと言われていました。ウィーンとは縁が深かったらしく、家族のほぼすべてのメンバーはウィーンで活躍しています。

 

Baltazzi家には、Aristide, Alexander, Hector, Henrich(Henri)と男兄弟が4人いましたが(姉妹も沢山)、四人とも乗馬で有名でした。特に二番目のAlexanderは乗馬では最も名を知られていて、イギリスのダービーで優勝したこともあるそうです。

 

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Alexander Baltazzi

 

マイヤーリンク事件関連では、死後のマリーを、Stokau伯爵(マリーの母の姉の夫)と共に、マイヤーリンクからハイリゲンクロイツ修道院(マリーの墓所)まで運ぶ役割を果たしました。

 

Alexander BaltazziとStokau伯爵はどちらも、マリーのおじに当たります。Stokau伯爵の方が血は繋がっていないのですが、身分が上だったこともあり、中心的な役割を果たしたようです。

 

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この右の写真の右側で椅子に腰かけているのがStokau氏。その横にいるのはHeleneの妹(姉?)Eveline。

 

 

また、二番目の兄弟Henrich(Henri)は、ラリッシュ夫人との情事で有名です。ラリッシュ夫人もHenriも配偶者がいた中でのダブル不倫。

 

ラリッシュ夫人は乗馬がうまく、Heinrich Baltazziも馬乗りが職業ですので、趣味が合ったのかもしれませんね。

 

ラリッシュ夫人は夫との間に5人の子供がいましたが、そのうち3番目と4番目のMary Henriette とGeorg Heinrichは、夫と間の子ではなくHenriとの子であることは、ほぼ確実であると言われています(5番目の子も別の人との子供です)

 

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Heinrich Baltazzi

 

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ラリッシュ夫人(左)とマリー・ヴェッツェラ(右)

マイヤーリンク事件の直前に撮影。

 

夫は一応認知はしましたが、この二人の子のセカンドネームHenrietteとHeinrichは、明らかに本当の父親を示唆していますね。見た目もHenri似だったそうです。

 

特にGeorgの方は、自分が父ラリッシュ伯爵の実の子でないと知って、23歳の時ピストル自殺をしていますので、相当ショックだったのでしょう。

 

というわけで、ヴェッツェラ家と、母方の実家Baltazzi家の成金セレブっぷり、お分かりいただけましたでしょうか?こちら側に比べて父方のVetsera家があまりに地味で、バランスが悪すぎな感じもします。

 

マリーの母ヘレネの微妙な立ち位置(コンスタンチノープルの大金持ちな実家と超セレブな乗馬の天才4兄弟に、片や貴族になりたての22歳年上の外交官の夫)は、マリーを玉の輿に駆り立てる大きな要因になったように思えます。

 
参考記事:

Mary Dear am Donaukanal: Die Häuser der Familien Vetsera und Baltazzi, Schüttelstraße 7-9 (ehemals 11, ab 1870) und Praterstraße 

 

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