2015-08-25 05:28 | カテゴリ:皇太子ルドルフの歴史

マリー・ヴェッツェラの母、姉、兄宛の「別れの手紙」が見つかった事件以来、マイヤーリンクについての記事を書きまくっていますね。。まだしばらく続きますので、お付き合いください。

 

前回マリー・ヴェッツェラを写真でご紹介しましたが、今日ご紹介するのは、マリーの母ヘレネ・ヴェッツェラ。この人もルドルフの愛人だったことがあるんです。

 

マリーの母の旧姓はHelene Baltazzi。コンスタンチノープルで最も金持ちと言われた銀行家の娘で、22歳年上のオーストリア外交官 Albin Ritter von Vetsera氏と結婚し、ウィーンへ移り住む。その後夫が貴族になったため、男爵夫人となる。

 

このマリーの父親Albin Ritter von Vetseraは影が薄く、1887年に亡くなっているので、マイヤーリンク事件の時にはもういなかったんですね。けど、Heleneは有名なBartazzi4兄弟がついていたので、社交界ではかなりイケイケだったようです。

 

Baltazzi_Vetsera_Saint-Julien_Stockau

この左の写真で床に座っているのがHelene、右端で立っている長い髭の人が夫のAlbin Ritter von Vetsera。(右の写真は関係ありません)

 

Helenevetsera

確かにオーストリア人と言うより、南方系の顔立ち。ギリシャ・トルコ系だね。

 

Helene haha

 

Helene

 

mary_s_mother__helene_vetsera_by_esmezja-d85sh9d

 

マリーの母は娘のマリーやHannaに、かなり激しく玉の輿をプッシュしていたらしく、マリーはそんな母の事をあまり好きではなかった模様。

 

ヴェッツェラ家は、当時ノリノリだった新興貴族。位は高くないが大金持ちの貴族(それも最近貴族になったばかり)だけど、お金に物を言わせてかなり権力の中枢に近づくことができたわけです。

 

Heleneの兄Henriとラリッシュ夫人が不倫してたし(ラリッシュ夫人はこの不倫で二人も子供が産まれている)、ラリッシュ夫人はこの不倫相手からお金もたくさんもらっていた。ラリッシュ夫人も貴賤結婚とはいえ(父はシシィの一番上の兄、母は女優)、シシィの姪という血筋なのに、お金はHeleneの実家Baltazzi家に出してもらってたのね。

 

この辺りはまた今度詳しく書きますが、ルドルフはマリー・ヴェッツェラだけでなく、マリーの母Heleneとも、ラリッシュ夫人とも関係があったわけで、なんだかドロドロし過ぎ。。

 

ちなみに、マイヤーリンク事件当時の年齢は、ルドルフ皇太子30歳、マリー・ヴェッツェラ17歳、母Helene42歳、ラリッシュ夫人30歳、ルドルフ本命愛人ミッツィ・カスパー24歳です。母Heleneは昔の愛人だから現役ではないにしても、ルドルフ守備範囲広すぎ。。

 

マイヤーリンク事件後、Heleneは引っ越したりしながらもウィーンに住み続け、4人の子供たちより長生きします。マリーの母として手記を200冊だけ発行しますが、すぐに政府に見つかり、差し押さえられてしまいます。その後外国の出版社からこの手記は出版されます。マリーから母宛ての手紙の文面は、この手記に記してありました。

 

ヘレネは第一次世界大戦後のインフレで全財産を失い、1925年に貧しさのうちに亡くなります。コンスタンチノープル一の金持ちと言われたHeleneも最後は貧乏だったんですね。。

 

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