2015-08-19 07:09 | カテゴリ:皇太子ルドルフの歴史

さて、前回、マリー・ヴェッツェラの母、弟、姉の「別れの手紙」を訳してみましたが、少し考察でも。。

 

この三つの手紙を見ると、急にマリーへの印象が変わる気もします。特に姉への手紙。「この愛に抗うことはできません」と言う印象的な(二度使われている)フレーズ。

 

この手紙の文面を扱った新聞記事(Tragödie von Mayerling 1889: "Ich gehe fidel hinüber" - Panorama - Süddeutsche.de)やKronenzeitungの日曜版雑誌でも、心中事件の人間関係がひっくり返るようだ、との記述があり、印象が変わったのは私だけではないという感じがします。

 

少なくとも、この手紙を読むまでは、私の中では、モテモテのファッションリーダーでちやほやされていたマリーは、手練手管を使って皇太子ルドルフをたらしこみ、他のルドルフの愛人たちを出し抜いで、一番であることを証明するために、心中に追い込んだという印象でした。何となく、ルドルフは被害者っていうイメージ。

 

(もちろん、「うたかたの恋」やミュージカル「ルドルフ」であるような、相思相愛のロマンチックなロミジュり的悲劇だとは思ってませんw)

 

けど、この手紙を読んで色々調べていると、やっぱりたらしこんだのはルドルフの方で、マリーは無知で世間知らずだった上、皇太子に惚れ込んでいたので、いいように操られ、利用されてしまったという印象も。

 

ルドルフは本命愛人ミッツィ・カスパー(23歳)に心中を申し込んで、既に断られた後、マリーに申し込み、OKされてから初めての関係を結んでいます。それが心中の2週間前。ミッツィが心中にOKしていたら、マリーと関係を結ぶこともなかったのかも?なんて勘ぐってしまいます。

 

皇太子は、熟女からプロから十代まで恋愛経験豊富な30歳、マリーは処女でファッション大好き下級貴族17歳(母親がルドルフの元愛人)。公平な恋愛とは言えません。

 

で、この手紙。マリーは周りの大人たちに煽てられ、ほれてしまった憧れの皇太子の言うがままに、大好きな皇太子の頼みは何でも聞いてあげたくて、一緒に心中することにしちゃった、っていう印象になるよね?

 

私の読んだ記事(Tragödie von Mayerling 1889: "Ich gehe fidel hinüber" - Panorama - Süddeutsche.de)では、マリー・ヴェッツェラは「女性と一緒に死ぬと決めた高位の貴族(皇太子)の死のグルーピー」と言う表現をされています。言いなりになって行き過ぎちゃったファンって感じですね。

 

また、Kronenzeitungの日曜版雑誌でも「この手紙の与える印象は、皇太子がティネイジャーを操り、道具にしたというもの。皇太子はこの娘に、愛を誓い、妻の文句を言って、心中によって一緒になれると言いくるめた」「一方的な愛」「マリーにとってはルドルフは、間違った女性と結婚してしまい絶望した男で、マリーがいないと生きていけない男だと思い込まされた」とあります。

 

まだ断定することはできませんが、マイヤーリンク事件の後で作られた「皇太子をたらしこんだ悪女マリー」像は、今回の手紙によって塗り変えられる可能性が出てきました。

 

 

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