今回は、ジーザスが「神の子」かどうか、どう思われていたかどうかを、いろいろな視点からまとめてみました。

 

ちなみに、今回答えてるのは、以下の7つの疑問の9と10です。

 

【疑問7】なんで「自分で治せ!」なんて冷たいこと言うの?
【疑問8】太宰治の「駆込み訴え」についてどう思う?
【疑問9】「神の子」って何?
【疑問10】聖書、JCS、四季版JCSそれぞれのジーザス、ユダ、マリアの立場
【疑問11】ユダがどの時点で自分の役目を理解したか?
【疑問12】聖書ではユダの裏切りのタイミングはいつ?
【疑問13】映画版のユダの裏切りの心境は?

 

===

 

【疑問9】「神の子」って何?

 

「神の子」の議論ですが、当時のユダヤ人の視点と、現在のキリスト教徒の視点、二つを持って考えるといいのではないかと思います。

 

おそらく当時のユダヤ人たちにとって、ジーザスは「預言者」のグレードアップ版のような位置付けだったのではないでしょうか。ユダヤ教としては、「神の子」すなわち、唯一神に息子がいるなんて、異端的考えでしょうし、既にある「預言者」の概念を当てはめた方が納得しやすい気がします。

 

では、「預言者」の条件は?①神とのコミュニケーションをする、②奇跡を起こす(紅海を割るとか)、③ユダヤ人解放を行う、ですね。

 

ジーザスもモーゼのようにこの条件を満たしていた。だから、当時の人たちはジーザスは預言者の一人と思って慕っていたのではないかな、と思います。①も②もできるのだから、最終目標は③に違いない、と民族解放の期待をしていたのも、自然な流れだと思います。

 

ところが、ジーザス自身は預言者としてではなく、史上初「神の子」として活動します。この辺に他のユダヤ司祭達が反発したんでしょう。「神の子」は全人類を救うためにいるので、ユダヤ人解放には興味がありません。①神とのコミュニケーションも②の奇跡も神の息子だからできて当然。ですが、民族解放は彼のすることじゃないんです。

 

ここで、ユダヤ人たちが理解できる概念「預言者」と、ジーザスが編み出した概念「神の子」の間にギャップが生まれます。おまけに、ユダヤ人たちはジーザスがユダヤ教の範囲内で、ユダヤ人たちに対してものを言っていると思っているのに、ジーザスは全人類に向かって話し掛けていた。そんな規模の大きな話、ユダヤ人達に分かるわけないですよね。。この辺の概念や規模の食い違いのために、ユダヤ人たちがジーザスに間違った期待を抱いてしまったんですね。。

 

過去の預言者にとって、奇跡とは、ユダヤ人のためのもの(民族解放とか)であったのが、ジーザスにとっては、ユダヤ人の奇跡好きを逆手に取った「客引き」の部分があったのかもしれません。奇跡を起こせば、ユダヤ人たちは自分を信じる。まずは、信奉者を集めて、それから、ジーザスの本来の目的、つまり「愛」とか「栄光」の話(説教)をしようと思ってたのかもしれません。もちろん、注目を集めなければ、大事な話も誰も聞いてくれませんもんね。。

 

ジーザスにとっては、奇跡は手段であり、目的は説教だったのに、民衆はジーザスに会いに来る目的が、説教ではなく、奇跡になってしまっていたところが皮肉ですね。。この辺りから、「これは真実の力ではない」という言葉につながるような気がします。

 

Neither you Simon, nor the fifty thousand
Nor the Romans, nor the Jews
Nor Judas, nor the twelve
Nor the priests, nor the scribes
Nor doomed Jerusalem itself
Understand what power is
Understand what glory is
Understand at all

 

で、このジーザスの「神の子」の概念が生み出され、実際に磔になってみると、世界は一新されます。当時のユダヤ教徒が、いまいちこの新しいコンセプトについていけていなかったのに対し、聖書とかを読んでじっくり考えるようになった後世の人たちが、やっと「神の子」の概念を理解できるようになります。

 

この頃の人たちは、奇跡を体験するわけにもいかないので、説教自体に魅力を感じるわけで、やっとこの時代になってジーザスが期待した説教>奇跡の聴衆が誕生したわけです。この、「神の子」の概念を理解した人たちが、ユダヤ教徒から離れて、キリスト教徒になったのではないでしょうか。

 

キリスト教徒は、奇跡はそれなりにすごいけど、他の預言者だってやってること、キリストがすごいのは、彼の思想だ、と考えていると思います。つまり、ジーザス=異端者と思っているのがユダヤ教徒(カヤパなど)、ジーザス=偉大な預言者と思っているのが、当時のジーザス信奉者(ヨハネ、ペテロなど)、ジーザス=思想が普遍的な神の子と思っているのが、ジーザス本人及び後世のキリスト教徒ですね。

 

おそらく、現在のキリスト教は、ジーザスが考えた(と思われる)「神の子」像を巧くイメージできているのではないでしょうか。神から遣わされ、神と人間の間に立って、磔になることにより全ての罪を償う者。「目には目を」の復讐や罪に基づく世界ではなく、「右の頬を打たれたら左の頬を差し出す」、許しと愛の新しい世界を導くもの。

 

こういった「神の子」像は、キリストが意図したものかもしれませんが、もちろん、逆に考えると、後世の人たちがキリストの行動に後付けで意味を付け足して布教した、って考えることもできますし、もうそこまできてしまったら、卵が先か、鶏が先か、って議論になってしまいますね。。

 

【疑問10】聖書、JCS、四季版JCSそれぞれのジーザス、ユダ、マリアの立場

 

上に書いたことを、それぞれの視点に立って分解して解説します。

 

☆キリスト教文化圏でのジーザス・ユダ像(参考:聖書など)

 

・キリストは神の子である。神から使わされ、神と人間の間に立って、磔になることにより全ての罪を償う者。「目には目を」の復讐や罪に基づく世界ではなく、「右の頬を打たれたら左の頬を差し出す」、許しと愛の新しい世界を導くもの。「神」が時々選ぶ預言者だけじゃ、ちゃんと神の言いたいことが伝わってないので、一般人にわかりやすい言葉で説明するために送り込まれた「一人息子」。

 

・ユダは裏切り者。使徒として目をかけてもらったのに、お金に目がくらんで師匠を売った極悪人。自殺も罪なので、死んでも救われない。キリストの親友とかいう設定も、もちろんなし。いいとこなし。

 

・マグダラのマリアは、所々で登場するが、キリストの恋人とはっきり明言している箇所はない。悪魔に取り憑かれていたり、「罪深い女」(娼婦?)だったりしたが、キリストによって改悛し、行動をともにする。キリストの復活の際には最初に立ち会った。彼女に関する記述はそれだけ。恋人説は一説に過ぎず、JCSやダヴィンチコードなどの作品が恋人路線をとっている。

 

☆ALW版JCSでのジーザス・ユダ像(参考:JCS映画、舞台)

 

・ジーザス=神の子を踏襲。ただし、ユダにとってはただの人間(親友)。他の使徒(ペテロ、シモンなど)にとっては民族解放をやってくれる「預言者の一人」。一般民衆も使徒たちと同じように考えていた。カヤパ達ラビはジーザス=ユダヤ教の異端者の指導者だと思い、敵意を抱いていた。

 

・ユダとジーザスは親友。ユダはジーザスの運動が手におえなくなることを心配し、大事になって暴動が起こったりして逮捕されて死刑になる前に、小さい事件で捕まえてもらって、ジーザスに目を覚ましてもらおうと思って密告した。結局カヤパが煽り、民衆が寝返り、死刑になったのがショックで自殺。

 

・ジーザスはユダを親友として愛していたが、神から自分の磔の件を命令されていたので、命令どおりユダに裏切らせなければならなかった。(You're far too keen on where and howと言っているので、ユダの裏切りも神の命令だったんでしょうね)

 

・ジーザスは、自分が神の子として遣わされ、使命を遂行していたが、親友を裏切らせたり、貧しい人を助けられなかったり、色々と疑問点があり、それを神に直接ぶつける(ゲッセマネ)。神の子ではあるが、人間でもあるジーザスは、その間で悩み苦しむ。

 

・マグダラのマリアは恋人役。ジーザスの癒しであり、おそらく本当の教え(愛、許しなど)を理解していた唯一の人。

 

☆四季JCSでのジーザス・ユダ像(参考:四季版JCS)

 

見てないので、正確なところは書けないんですが、どうやら、以下のような特徴があるようです。

 

・ジーザス=人間として描かれている。ジーザスが神の子だったかとか言う、宗教的な部分には触れられず、さっきまで褒め称えていた群集が手のひらを返すように死刑を叫ぶ、群集心理の怖さが強調されている。(大体四季版見た人は「群集心理が。。」っていうレポを書いてるしね)

 

なるほど、四季版は、日本人のキリスト教の理解度を考えて、群集心理を見せる方に回ったんですね。しかし、長年カトリックの友人も、「なぜジーザスが死ななければならなかったのか」と言う疑問が全く解決しなかったと言っていましたので、やはり、その辺りは表現不足なのかもしれません。まあ、映画でも「神がそう望んだから」なので、神の意向までたどっていかないといけないんでしょうけどね。。

 

(次回は、ユダの裏切りに的を絞って解釈してみます)

 

 

 

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