以下の記事は、もう何年も前に、カトリックの友人で、JCSを初めてみて、色々聖書と整合性が取れずに首を傾げていた友人に書いて送ったものです。

 

内容は、以下の疑問に答える形で書いています。

【疑問1】イスカリオテのユダはなぜジーザスを裏切ったか?
【疑問2】ジーザスはなぜ死ななければならなかったのか。
【疑問3】マグダラのマリアはどんな位置付け?
【疑問4】キリスト教団的にこの作品ってどうなの?
【疑問5】なんでキリストは復活するのに、ジーザスは復活しないの?
【疑問6】で、結局ジーザスって何なの?

 

今回は字数の関係で最初の2つのみ。あとの疑問は次回の記事に続きます。

 

前回のJCS解説と違って、聖書の知識がある人向けに書いているんですが、JCSファンの方にも結構わかりやすいかも。

 

というか、JCSを初めてみた世界の観客のほとんどが、日本人とは逆に、聖書の固定観念があった上でこのびっくり解釈を見せられ、驚いたけど納得した、という流れがあるので、JCSファンの方もこういう聖書から入る解釈って、参考になるかも。

 

===

 

JCS見てよく分からなかった方、疑問を持った方に、私流解釈前回のJCS解説をご披露します。長文なのでご注意!(以下の解釈は、聖書に詳しい友人がジャポネスク版見て色々首をかしげているので書いた解説です。ちょっと語り掛け口調なのはそのせいです)

 

えっと、解説はある程度聖書の知識がある程度ある人向けです。聖書に詳しくない人は、JCS=聖書要約だと思わないでくださいね。ダビンチコード読んで「うおー。マグダラのマリアの棺がルーブルに!」なんて思ってる人はいないでしょうが、JCS映画見て「ユダってアフロ!」とか思わないでねー(爆)。

 

こう、聖書とJCSの関係は、歴史上の徳川吉宗と暴れん坊将軍の関係に近いかも。(爆)あくまで、聖書の一解釈、それも、かなり斬新な解釈です。

 

==解説ここから==

 

ジャポネスクバージョン見てないから、どこまで解釈変えてあるのか分からないけど、JCSは私の好きなミュージカル3本指に入るお気に入りなのに、聖書に詳しい人が良くわからなかったって言ってることは、四季の解釈のせいなのかな?

 

以下の疑問点は、四季以外のバージョン見たらわかるよー。というか、映画見てみたら、かなり分かると思う。映画、いいよーーー。号泣だよーー。けど、70年代ばりばりなので、最初見たらかなり「うわ。なんだこのテンション高い人たち。。」って思うかも。私も、そのせいで最初見たとき、ほんと受け付けなかったけど、JCS映画をこよなく愛する方と一緒に見たら、この映画のすごさがわかった!!!!ちょっとこらえて映画見ることを超お勧めするよ!!!

 

【疑問1】
イスカリオテのユダはなぜジーザスを裏切ったか?

 

【回答】

私の回答を言う前に、「小説聖書新約編」と言う本を読んでみるといいよ。これを高校の頃に読んで、私はJCSの思想を受け入れる下地が出来てたと思う。

 

で、回答。(この本に書いてあることと被るんだけどねー)

 

ユダとジーザスは親友だった(私が見た舞台では、ユダとジーザスが再会するシーンでは、ジーザスはユダにだけ熱く抱擁する)。ユダは使徒の中では一人だけ、ジーザスのことを親身になって考えていた。(Heaven On Their Minds)。他の使徒はジーザスをスターとして祭り上げるか(Simon Zealotes)、「後世福音書を書いて有名になってやろう(The Last Supper)」とか、私利私欲のことを考えてばっかり。(ペテロは3回否定したし。)もう一人ジーザスのことを本気で心配していたのがマグダラのマリア。このお話は後で。。

 

なので、ユダはジーザスが使徒や民衆に祭り上げられて舞い上がってるのを見て、「これは手におえない方向に向かっている!俺たち2人でやってきた思想グループが、なんか知らないけどおおごとになってるぜ!下手すると、俺たちユダヤ人は支配者ローマ人に全滅させられるぜ!」と焦ったわけ。

 

ジーザスは、結構ぼーっとしてるところがあるので(本人は神に導かれてるわけだけど、ユダには分からない)、あとのことをあまり考えていないように見える。ユダは、これ以上民衆への影響力が大きくなると、反対に警察とかに取り締まられる!という危機感を覚える。(この辺が、一般人の感覚だよね。普通、友達が教祖!とか言われだすと、「おい、それはやめた方が。。」って言うのが友達なわけで。。)

 

で、おりしも、カヤパたちユダヤ人お偉いさんが、新興宗教の自称神の子のジーザスをうっとうしく思い出した。聖書の解釈を勝手に変えるし(目には目を→左の頬も差し出せ)、人気はあるし(This Jesus Must Die)。イスラエルはローマ支配下にあるわけだから、ローマから送られてきた総督ピラトにとっても、これが反乱とかになると結構面倒。おまけに、地元の親分、ヘロデ王もいるし、権力者が結構複雑(この辺は聖書読んでりゃ分かるか。。)

 

ユダは、真剣にジーザスに「おおごとになる前にやめたほうがいい!」とアドバイスして、売春婦と遊ぶよりやることがあるだろ!(I Don't Know How To Love Him後半)と忠告するわけですが(これもごもっとも。確かに、香油代を節約して貧しい人に分けることも出来る)、ジーザスは突き放す。まあ、ジーザス的には、神に従ってるので、ジーザス的に正しいことをしてるわけだけど、彼自身の説明不足のせいで、ユダと大喧嘩してしまう。

 

最後の手段として、「大事になって逮捕される前に、小さい事件でチョコっと逮捕されたら、ジーザスも気がついて正気に戻ってくれるだろう」と思ったユダは、「かるーく逮捕してやってくださいな」とカヤパ達に言いにいく。ユダは良かれと思ってやったことなんだよね。。だから、お金も受取りたくなかった。(Blood Money)

 

しかし、事態はユダの思いもかけない方向に広がっていく。ジーザスの人気がものすごく上がってしまって、逮捕の時点ではもう、超重要人物になっている。カヤパ達は反対派の教祖ジーザスを捕まえてほくほく。(ジーザスも自分がどうなるか分かってるところが泣ける。。)

 

後は、裁判になるわけですが、ピラトは、結構いい人で(Pilate's Dream)、むちゃして暴動起こしたくなかったので、地元の親分ヘロデに決めさせようとするわけだけど(King Herod's Song)、ヘロデ王は面白いことしないジーザスつまんなーい!って言ってピラトに投げ返す。ピラトは民衆のシャウトに押し切られる形で、いやいやながら、ジーザス処刑を決めるんだけど、夢の件があるので、ジーザスのことをそれほど悪人とは思ってない。(ピラトいい人なのだーー!ほんと、かなりジーザス助けようとがんばったのだー!)

 

で、ユダの自殺。もちろん、自分がチョコっとお灸を据えるつもりで仕掛けた逮捕劇が、結果的にカヤパ達に利用された!!!友情からでた行動だったのに、ちょっと投獄かと思ったら、磔だし!!そんなつもりじゃ!!!!と、絶望して自殺するわけです。(ユダの死♪の歌詞読んでみて!ジーザスが死ぬとか、裏切りの時点では思ってなかったから!)

 

おまけに、後で書くけど、自殺の頃にはユダは、自分が演じるべき役割を良く分かっていた。神から指令をうけたジーザスを磔にするために、裏切るために、選ばれたのが自分。ユダはジーザスの親友だから、ジーザスの意図を理解して、その上で自殺しかないと思ったんだね。ユダは、裏切り者として後世に伝えられる存在となることを受け入れた。(Damned for All Life♪)親友のために全てを犠牲にしたんだね。福音書でも書いてほくほく使徒として生きることも出来たのに。

 

で、ジーザスがゴルゴダの丘を十字架かついで登っていく途中の幻覚として、ユダがスーパースター♪歌ってるシーンが来るわけです(これ、映画や私が見た舞台でははっきり分かったんだけど、四季版はどんな演出してるんだ?)。

 

だから、ユダは復活したんだじゃなくて、ジーザスが見てる幻覚なのだよ!(だから映画ではあんなふうに派手派手なのだ!)、もしくは、霊になったユダがジーザスに「だからおおごとにしないほうがいいと言ったじゃないか!!」と語りかけてるという解釈も可。どっちにしても、ユダは霊か幻覚で、ジーザスはそれを朦朧と丘を上がりながら知覚していたってことね。

 

 

これでユダの行動に説明がついたかしら。

 

ユダとジーザスのすれ違いは、ユダが親友としてジーザスを心配してたのに、ジーザスが神からの使命を果たさないといけなかったこと。

 

だから、せっかく心配してくれている親友を突き放してでも、使命を優先するしかなかった。ジーザスは、自分が最後に磔にされないといけないってわかってたので、誰かに裏切られる必要があった。ジーザスは、親友のユダに、その辛い役目を任せたんだね。それも、事情をユダに話したら全部おじゃんになっちゃうので、反対にユダを突き放して裏切る方向に持っていくしかなかった。

 

けど、ユダとジーザスの究極の友情関係は、ユダが最終的にはジーザスが死ななければならないことを理解して、自分が損な役回りを引き受けることを承諾したこと。私も舞台4回目にして初めて気がついたけど、ユダもカヤパのところに行った時にはちょっとお灸を据えてやろうと思ってたけど、最終的に、裏切りのキスの時点では、自分にしか出来ない重要な役割を、ジーザスから任されたことを知ったんだよ。。(作品によって解釈違うけど。Jaded Mandarineの時点でユダが理解しているという演技のユダもいるし、自殺の時に初めてわかる、っていう演技のユダもいる)

 

ジーザスを救う最後のチャンス、裏切りのキス直前の、ユダVSジーザスの大喧嘩のシーンのレポ(JCSコン3回目)が出てきたので、貼り付けますー。結構、この2人の友情がわかりやすい。

 

==JCSコンレポ引用==


Last supper♪のあとのジーザスがユダを追い出すシーン、ほんと、ここはすごくいいわ。。。見詰め合うだけで、二人はすごく分かり合ってるんだよね。。最初にジーザスがGooooooooooooo!!!!って行ってユダを追い出すんだけど、そのあとでまた帰ってきてJaded Mandarineの部分を歌うユダがすごくいい。そのあと、Everytime I look at you i don't understand♪ってジーザスに直接言うのがほんとにーー。これがジーザスを説得する最後のチャンスなんだよねーーー。ここはほんとなきます。すがるユダの手をそっと押さえるジーザス。ジーザスもつらいんだよーーーーー!!!!!!

 

でも、これは決められたことだから、ジーザスはユダを突き放し、(心で泣いてるジーザス)They are waiting!!!!!!!!と言う。ユダは突き放されたところからもう一度ジーザスを見つめ、はっと気づいたように立ち上がる。ここでユダもジーザスの心がわかったんだねーーーー!!!!ほんと、ここは泣けます。。。

==引用終わり==

 

ジーザス自身も、神の使命を果たすことに疑問をもち、自分がこうやって布教活動しても、何かの役に立つのか?!と自問自答していた(ライ病患者に囲まれるシーン、ゲッセマネなど)。親友を辛い役目に追いやり、自分を導くはずの神にも答えてもらえず、ジーザスも孤独でかわいそうだったんだよ。。


【疑問2】

ジーザスはなぜ死ななければならなかったのか。

 

ということで、疑問2にも答えられたと思うけど、ジーザスが死ななければならなかった理由は、「神の命令だから」。でも、ジーザス自身も何で神の命令に従わないといけないかは疑問に思っていた。最後は、「おうわかったぜ!やってほしかったらやってやろうじゃないか!」、みたいなタンカ切って磔になるわけですが。でも、神様理不尽ー!っていうのを思いっきりゲッセマネ♪でぶつけてるよねー。


ちなみに聖書的なキリストの死の意味は、世界中の罪を負って処刑され、死んで復活することで、罪と罰の世界が終わり、愛と許しの象徴となる、って感じでしょうか(←大雑把すぎ)。復活(=奇跡)がキモなので、そりゃ死なないとお話にならないわけで。そりゃキリスト教がここまでメジャーになったのも、この神プランが大当たりだったからだけど、その場で死ぬ人は納得行かないこともあるよね。。

 

(次回は残りの疑問に答えますー。)

 

 

 

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