2013-05-10 22:11 | カテゴリ:エリザベート(シシィ)の歴史
ミュージカル「エリザベート」のウィーン版DVDをご覧になった方は、なぜシシィはバートイシュルのシーンで、皇帝フランツヨーゼフのお見合いに黒い服を着ているんだろう?もっとかわいい服を着ればいいのに?って思いませんでしたか?

あまり鮮明な画像が見つからなかったんですが、このシーンです。

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バートイシュルのお見合いのシーン。

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「嵐も怖くはない」のシーンも同じ衣装で続きます。

流れから行って、2人はこの後結婚式まで舞台上なので、アウグスティーナ教会のシーンも、この黒い衣装の上にヴェールだけ羽織っていたことになります。

これ、どこかで「シシィ一家は葬式に出席してからお見合いに来たから」と読んだことがあったのですが、どこで読んだのかずーっと失念していました。ブログにコメントをいただいていた方に聞かれて以来、このお見合いの黒い衣装のソースの再発見に努めていたんですが、やっと見つけました!

ミュージカル「エリザベート」の原作となったBrigitte Hanmann作のElisabeth Kaiserin wider Willenにかなり詳しく書いてあります。

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分からないことがあったらこの本に聞け!エリザベートファン必携の一冊。

・お見合いは1853年8月16日バートイシュルにて(この辺りは当ブログのバートイシュルのお見合い会場の話題でかなり詳しく触れています。暑かったのも、この時期ですからねー)

・到着が遅れたのは、ルドヴィカが偏頭痛もちで、旅行中に何度も休憩しないといけなかったから。この遅刻のせいで、一日目の予定はかなり狂ってしまった

・娘二人を連れては来たが、荷物も侍女もなし。

・三人とも喪服を着ていたのは、叔母(名前などは記載がありません)が亡くなったから。馬車には喪服以外の服がなかったので、着替えることもできなかった。

・ゾフィーは彼らのホテルに自前の侍女を遣わしたので、ヘレネの方は衣装は埃だらけの旅行用喪服だったが、何とか髪型はきちんと調えることができた。

・シシィは自分で髪型を整え、シンプルな長い三つ編みにした。ゾフィーがヘレネだけではなく、自分にも目を向けていたとは知らなかった。

・後のゾフィーは妹のマリー・フォン・ザクセンにこう書き送っている「(シシィは)優美さに満ちていて、彼女が意識しなければしないほど、心地よい印象を与えた。お葬式があったというのに(OR 喪中にも関わらず)、シシィはシンプルで上品で黒い衣装を着て、輝くようでした」(←これが一次ソース)

・自由気ままな妹に対して、ヘレネはとても厳しそうに見えた。黒い衣装は、もしかしてシシィの一生を本当に決定することになったのかもしれない。

*一応Trauerとあるんですが、葬式の帰りに寄ったのか、単に地元で最近叔母の葬式があって、喪中だったから旅行中も黒い喪服で旅をしていたのかは、文脈からわかりません。どちらにしても、荷物が遅れてできなかっただけで、お見合いでは喪中でも着替える予定にはしていたんですね(笑)。

と言うわけで、ゾフィの手紙まで引用し、かなりこだわってこの黒い服のことが書いてありました。再演時の衣装が黒だったのは、ここのこだわりがあって、原作どおり(史実通り)にしたわけですね。これをあんな派手なお姫様衣装にしてしまった新衣装がちょっと悲しいです。。


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