2010-08-05 11:06 | カテゴリ:ウィーンを舞台にした映画
ジャンル:海外情報 テーマ:ヨーロッパ
またもや、ロケ地調査魂が燃え上がり、調べてしまったよ。。

まず、無名墓地。これは、Friedhof der Namenlosen Wienで検索したらすぐ出てきた。

オフィシャルサイト
www.friedhof-der-namenlosen.at

http://de.wikipedia.org/wiki/Friedhof_der_Namenlosen

写真見たら一発だね。映画では丸い塔の向かって右側の階段を下りてきて、そのそばでウサギを見つけて、その奥が無名墓地だった。

場所は11区。Alberner Hafenのそば。1845年から1940年の間にドナウの港周辺で見つかった人たちのお墓です。多くは名前も死因もわからない。ドナウの渦のせいでこのあたりには常に溺死体が浮かぶ場所となっているので、ちょうど水から守られた一帯となっているこの辺りが墓地として定められた。ドナウの渦はものすごい速さで、体が千切れてしまうことが多く、人物を特定することは多くの場合不可能だった。

墓地は二つの部分に分かれている。1840年から1900年の間に見つかった478の無名遺体が第一の墓地に埋葬されている。この第一の部分は、何度も水没し、現在は木に覆われて今でははっきりとはわからない。

1900年にシマリングの手工業者のボランティアで洪水保護ダムの裏の森に二つ目の墓地が作られ、現在まで管理されている。(こちらが映画に登場したほう)。1935年に壁とチャペルが作られた。1939年にAlberner港と穀物用サイロが建てられ、ドナウの流れが変わって以来、ここでの溺死体は格段に減った。ここには104の溺死体が埋葬され、43は身元がわかっている。

最後の埋葬は1940年(1953年という十字架もあるが。。)。この地域が1938年にウィーン市に帰属してから(それ以前はこのあたりは自治区だった)、無名の遺体はウィーン市の負担で中央墓地に埋葬され、この無名墓地の残りの部分は空のままである。

ここに埋葬された無名遺体は、それぞれ家具職人が寄贈した木製の棺おけに入れられている。(ぽいと埋められたわけではなく、きちんと埋葬されているという意味)。一時期この場所は港の拡張のために使用されるという動きもあったが、これも回避され、話題に上がることは無くなった。1957年からこの墓地はウィーン市の文化部門に属し、チャペルは1987年に修復された。

有志の埋葬人(ehrenamtliche Totengraeberという表現がなかなか詩的)Joseph Fuchs(1996年没)がこの墓地を丁寧に管理してきた。それぞれの遺体は鉄の十字架と白いキリスト像の元に埋葬されている。彼はこの仕事でウィーン市から金の勲章を受け取った。彼の子孫が有志で、そして公の援助なしにこの墓地を見守っている。(上記の公式サイトを見ると、Joseph Fuchsさんが2007年にウェブサイトを更新してるのでびっくりしたけど、多分息子が同じ名前なのね。)

毎年、死者の日の後の第一日曜日には、ドナウの漁師組合が花輪を作り、溺死者たちを記念してドナウを渡る。写真はオフィシャルサイトにある。

今日では、ドナウに上がる溺死体は非常にまれとなっている。発見された場合、すぐに中央墓地へ運ばれる。一番最近のドナウに上がった溺死体は2004年11月に見つかった女性である。

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というわけで、なかなか興味深い歴史が出てきました。この二つのウェブサイトは日本語版が無いので、軽く意訳しておけば資料的価値はあるかな、と思って訳してみました。

しかし、ウィーンは死の町というのは知っていたけど、こういうところは本当にウィーンらしくてしみじみしていいねえ。ボランティアで墓地を管理していたJoseph Fuchsさんと同名の息子さんや、無料で棺おけや壁やチャペルを作った職人さんたち。頭が下がります。

それに、ドナウの水流や渦との関連でこの場所に墓地ができたというのが非常に面白い。最近になって整備されるまでは、このあたりの住民にとってドナウはかなりの脅威だったことが伺えるよね。今でも増水するとちょっと怖いし。

この無名墓地、一人で行くのは怖いけど、ぜひ見に行ってみたい。モーツァルトの墓地St. Marxみたいな雰囲気なのかしら。また行ってみたらレポしますー。
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