2012-07-23 06:59 | カテゴリ:エリザベート(シシィ)の歴史
バードイシュルのカイザーヴィラレポ、シシィとFJのお見合いと婚約に解する通説を覆します!

●シシィとフランツヨーゼフのお見合い会場の真実

カイザーヴィラがシシィとフランツヨーゼフのお見合い会場で、ここでヘレネと婚約するはずのFJがシシィの手をとったんだと、ずーーーーっと思い込んでた!!思い込んでただけじゃなくて、エリザベートのリブレット見てみても、そう書いてある!歌ではルキーニが「バードイシュルの夏は暑い♪」と歌うけど、リブレットにはVilla Eltz in Bad Ischl(Villa Eltzはカイザーヴィラの元の名前)って書いてあるし!!!

カイザーヴィラのガイドツアーで「このカイザーヴィラはシシィとFJの結婚のお祝いに贈られたもの」というフレーズを何度か聞いたので、「それじゃ、二人のお見合い会場はここじゃなかったんですか?」って軽く聞いてみたら「結婚祝いで贈られる前は、カイザーヴィラは二人とは無関係でした。実際お見合いが行われ、婚約式があったのは、ここではなくて、バードイシュルの街のホテルです。」とのこと。一瞬耳を疑う。ホテルですか?

ホテルでお見合い&婚約式って日本じゃあるまいしw、って一瞬思ったけど、これは場所を聞かないわけには行かない!ガイドさんは「今はそのホテルは、バードイシュル市立博物館になっています。Esplanade沿いですよ」と教えてくれた。これは是非現地調査だ!

とりあえず、現地調査結果を発表する前に、まずはお見合い&婚約を時系列で追ってみましょう。

1853年8月16日、シシィ、ヘレネ、ルドヴィカ(母)はバードイシュル到着。シシィ15歳。ヘレネ18歳、フランツヨーゼフ23才の誕生日の二日前で、即位して5年。(余談だが、お葬式の帰りか何かで、喪服のまま遅れて到着。ゾフィーに服のことを怒られ、「着替えます」と言ったが、既に遅刻していたため皇帝陛下を待たすことができず、そのままでお見合いした。ミュージカルで「変な服」「着替えます」のくだりと、シシィがウィーン版で黒い服なのは史実に基づいている)

8月17日 ゾフィー主催の舞踏会でフランツヨーゼフはシシィとcotillionを踊った

8月18日 フランツヨーゼフの23歳の誕生日(FJは1歳から80回の誕生日をバードイシュルで祝っている)。家族の昼食でシシィを隣に座らせた。誕生日のお祝いのあと、母親ゾフィーに、ルドヴィカからシシィの婚約申し込みに対する反応を聞き出すように頼んだ。シシィは大喜びで承諾し、ルドヴィカは書面で承諾の旨をゾフィーに知らせる。皇帝一家はこの返事にとても喜んだというゾフィーの記録がある。

8月19日 両家は11時に聖ニコラス教会まで徒歩で行き、ミサに臨んだ。ゾフィーは教会の入り口でシシィに道を譲り、先に教会に入らせた。この行動で、次の皇后が誰になるかが周りのものにははっきり分かった。ミサの最後にハイドンの皇帝賛歌Gott erhalte...が歌われると、フランツヨーゼフはシシィの手をとり、神父の元へ行き、「祝福してください、神父様。彼女が私の妻です」Ich bitte, Hochwurden, segnen Sie uns, das ist meine Brautと言った。同じ日に、婚約式が執り行われた。

翌年4月24日、二人はウィーンで結婚式を上げた。

上の5つの出来事(お見合い、舞踏会、誕生日の昼食会、ミサ、婚約式)の会場は、カイザーヴィラ(当時のSchloss Eltz)ではありません。ミサは聖ニコラス教会とあるからいいとして、そのほかの四つの出来事のうち、お見合いと婚約式は、例の「ホテル」で行われました。(舞踏会と昼食会もその可能性が高いですが、ソースがありませんでした。舞踏会は当時のKurhaus、現在の会議場&レアーフェスティバルの劇場が会場だったかもしれません。)

また、この4日間のどこかの時点で、当時のTallachini’s Grand Hotel、後のHotel Kaiserin Elisabeth、現在のResidenz Elisabethにて、エリザベートがフランツヨーゼフのプロポーズを受けました(おそらくこれは、18日のルドヴィカから打診されたときのことかと思われます)

●プロポーズの地の現地調査

それでは、このお見合いと婚約式が行われた、例の「ホテル」に行って見ましょう。現バードイシュル市立博物館と言うことで調べてみると、言われたとおり川沿いのEsplanade散歩道沿いにありました。

IMG_6783.jpg

入り口にはStadtmuseumとありますが、上には大きくHotel Austriaと書いてあり、シシィ関連の展示をしているようです。

IMG_6784.jpg


そして壁に書いてある来歴を読んで更に納得!

IMG_6785.jpg


以下は、もう少し詳しい、博物館ウェブサイトの建物の来歴と合わせて要約したもの。

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ここはトラウン側の塩の積み下ろしをしていた船の船着場だったこともあり、この建物は、元々塩精製業者Seeauer家のものでした。ここから精製された塩はトラウン側を下って運ばれました。

1834年にここが温泉地となってから、この建物はフランツカール大公とのその妻ゾフィーの所有となりました。

1853年には皇帝フランツヨーゼフとエリザベートの婚約式が行われました。

この建物は1878年から1982年までHotel Austriaとして営業されました。その後1989年には、バードイシュル市立博物館となりました。

(博物館のウェブサイトの説明による。建物前のプレートは年代がそれぞれ2,3年ずれているが、内容は同じ)

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つまり、お見合いがあったときは、この建物はホテルではなくて、ゾフィーの持ち家だったのねー。普通に自分の家で自分の息子と従妹の顔合わせをやったってことで、かなり自然な流れになってきた。

と言うわけで、カイザーヴィラでやったと思い込んでたお見合いと婚約式、ホテルかと思いきや、実は皇帝のお母さんの別荘で、従妹を招いてっていう、妙に内輪なお見合いだったことが判明。そんな家族内の婚約も、外に出てみたら世界を揺るがす大ニュースなんだもんね。大変だなあ。。

IMG_6778.jpg

あと、シシィとの婚約が公になった聖ニコラス教会はこんな感じ。街のどこからでもかわいらしい尖塔が見えます

というわけで、色々調べてみたら、やっぱりお見合い&婚約が行われたのは、カイザーヴィラではなく、ゾフィー夫婦の持ち家(その後ホテル・オーストリア→現バードイシュル市立博物館)でした!ミュージカルの脚本に間違いがあるとは信じたくないけど、現地で通説を崩すことができてちょっと楽しかった♪

参考サイト
http://www.kaiservilla.at/de/eine-heirat-wird-geplant.html
http://www.kaiservilla.at/de/kaiserliches-ischl-heute.html
http://www.stadtmuseum.at/hg_seeauerhaus.php

●まとめ

というわけで、カイザーヴィラにいてものすごい勉強になった!二つも思い込んでいた誤解が解けたよ!やっぱり、ガイドツアーで色々聞いてみるもんだねえ。しかし、コピーかオリジナルか聞きまくる変な人だと思われただろうなあ。。いいけどw

カイザーヴィラ内部は、シシィファンじゃなかったらそれほど豪華でもないし、どちらかと言うと質素な方だと思うので、絶対中を見ないといけない!って訳じゃないですが、逆にシシィファンはここじゃないと見れないレアものが沢山!ドイツ語が分かって色々質問したい人には、現地にいる強みで、色々知らなかったことを教えてくれるので価値ありです!


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