2015-11-18 03:51 | カテゴリ:サウンド・オブ・ミュージックの歴史

10月22日にザルツブルクにて、サウンド・オブ。ミュージック50周年記念ガラコンサートが開かれました。

 

会場はザルツブルクのフェルゼンライトシューレ。映画ではコンテストの会場にもなったところです。ザルツブルク音楽祭の会場としても有名ですね。

 

ウーヴェ・クレーガーを含むザルツブルクで上演中の当作品のキャストも駆けつけ、トラップファミリーの生き残りや、映画の子役たち4人(今はおじいさんおばあさん)、蝋人形のジュリー・アンドリュースまで登場した、記念すべき夜でした。50人の修道女と150人の子供を迎え、サウンド・オブ・ミュージック最大のオーケストラによる迫力の演奏が楽しめたそうです。

 

公式映像が上がっていますね。とても素敵です!全部英語ですw

 

 

Uweのエーデルワイス、MilicaのThe hills are alive、本物トラップさん、当時の映画子役、マダムタッソーに置かれるジュリーアンドリュース像。全部英語w

 

トラップファミリーの生き残りとして登場したのは、Johannesさん。マリア・フォン・トラップは、オーストリア脱出の際に妊娠中でしたが、その時身ごもっていたのがこのJohannesさんだそうです。

 

別のニュースでこのJohannesさんが話しているのを見ましたが、亡命時にまだ胎児だったのも関わらず、普通のオーストリアのドイツ語を話していてびっくりしました。ほとんどネイティブで、時々単語を思い出すのにゆっくり話すくらいでした。ご両親には、亡命後もオーストリアのドイツ語で育てられたのですねー。

 

私の知人もトラップファミリーの一人と結婚してオーストリアに住んでいましたが、奥さんは私がご主人と知り合った時点ですでに亡くなっており、知人も数年前に亡くなりました。

 

映画の子役4人の終結も映像にありますが、名前の紹介の場面がとてもほほえましいですね。

 

また、ウィーンのプラーターにあるマダムタッソー蝋人形館に飾られる予定の、ジュリーアンドリュースのあの有名なポーズの蝋人形が披露されました。まだなかったんですね。。

 

このブログでは何回も書いてきましたが、オーストリアではサウンド・オブ・ミュージックは全く知られていません。ガラコンもここまで全部英語ですし、アメリカ人のためのお祭りであって、オーストリア人は見事に関係ないですね(苦笑)

 

日本ですら報道されたのに、オーストリアでは全く報道されませんでした。ドレミの歌も英語で、振り付けも英語歌詞に合わせてあります。(ドイツ語版(ザルツブルク版)はドイツ語歌詞に合った振り付けが付いています)

 

また、モデレーターでトラップ大佐役のウーヴェ・クレーガーが当日の稽古中にけがをしたニュースもありました。

 

UweがザルツブルクのSoMガラで怪我したニュース

Uwe Kröger verletzte sich bei Sound of Music Gala - Salzburger Nachrichten - SALZBURG.COM 

Uwe Kröger verletzte sich bei Sound of Music Gala « DiePresse.com

 

なんて写真載せるんだwwこんな時にわざわざライフバルのレッドカーペットの写真載せなくてもいいのに、お堅いはずのDie Presse(苦笑)

 

Uweは左腕の上腕二頭筋腱断裂のまま歯を食いしばって稽古とサウンドチェックをこなし、火曜日に手術を受けるそうです(実際手術は10/27水曜日でした)。ザルツブルクでのアニー(ウォーバックス役)の稽古がすぐにでも始まる予定、と宣伝も忘れない記事。そんなことを知って当日の写真見ると、ちょっと笑顔が堅いような。。

 

おまけに、アニーどころではなく、23-25日の間に4公演もウィーンでWe Are Musicalのガラコンの公演をこなしています。実際23日に見ましたが、全く痛みを見せず、歌は絶好調で、アンサンブルと共にしっかり踊っていてびっくりしました。

 

また、関連ニュースとして、ザルツブルクで新しいトラップ一家の映画が撮影されたニュースを見つけました。http://salzburg.orf.at/news/stories/2714076/ 

 

トラップ一家の長女アガタの自伝を元にして、美化をせず、できるだけ史実に基づいて作られた映画。タイトルはThe Trapp Family - A Life Of Musicとのことです。

 

今年冬に公開。なんとトラップ大佐役はあのCornelius Obonya!プロデューサーズでアンディと組んだマックス・ビアリストクだよ!楽屋裏でアンディとふざけまくってたwその後イェーダーマンを襲名し、すごい人だったんだーと思ったら。。しかし実物のトラップ大佐にはあまり似てません。。

 

 

サウンド・オブ・ミュージック オーストリア初演フォルクスオーパー版CD

 

サウンド・オブ・ミュージック ザルツブルク版CD

 

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2013-12-19 09:14 | カテゴリ:サウンド・オブ・ミュージックの歴史

オーストリアにいると、SoMを知らないのはあまりに当たり前なんですが、逆にオーストリア人にどれほどSoMが世界的に有名作品かを説明するのに苦労します。色々悩んだ結果、オーストリア人には「逆SoM」と言える作品「ショーグン」を例えに挙げて説明しています。

 

この「ショーグン」というテレビドラマ、日本人で知っている人ってどのくらいいるんでしょう?一応、三船敏郎が出演している上、80年代に映画館(編集版)とテレビ(完全版8日連続)で 上映・放送されてるんですが。。

 

私はこの作品、ウィーンに来てから初めて知りました。みんな私が日本人と知ると、「おーーーヤーパン!!!アン・ジン・サン!!」って言ってくるので、なんだそれ?と思ってたら、この「アン・ジン・サン」こと三浦按針を主役にして、日本を舞台にしたテレビドラマがあると教えてもらったんです。

 

それもこれ、単なるテレビドラマではなく、オーストリア人ならまず見たことのある、超有名番組。毎年一回はどこかの局で放送されているので、私も何度か偶然見かけたこともあります。

 

じっくり見てみると、とてもよくできた作品で、外国人がサムライ時代の日本に来て、異文化に触れ、怖い思いもしながらも尊敬の意を抱く、みたいな内容が、偏見やステレオタイプもあまりなく描かれていて、日本人が見てもかなり、日本のことが勉強になるドラマです。

 

外国人から見た日本が無理のない視点から描かれている上に、サムライチックで適度な異国情緒で、オーストリアで人気が出るのもよくわかります。変に日本人をターゲットにした大河ドラマよりも、こういう「外国の視点から見た初心者向け日本」のほうが受けるんでしょうね。

 

調べてみたらこのドラマ、イギリス/アメリカ人作家が書いた同名の小説をアメリカでドラマ化したものとのことです。

 

主人公は17世紀の日本に漂着した三浦按針(ウィリアム・アダムズ)。一応徳川家康時代の人なので、それに相当する人物(三船敏郎)との交流があり、他に宣教師なども出てきます。

 

ただ、時代考証としては安土桃山時代っぽく、色々と日本人が見ていたら細かいおかしな点があります。将軍みたいな歴史上の人物が仮名なので、え?どの将軍の話?ってちょっと混乱するし。

 

それに一番インパクトがあるのが、日本人が野太い声で呼ぶ「アン・ジン・サン!」。もうこのセリフは、オーストリア人だったらみんな真似できるレベルで有名です(笑)

 

というわけで、日本人の私からしたら、ちょっと細かい時代や習慣のツッコミどころはあるけれど、細かい粗には目をつぶってみると、日本人の特徴をよくつかんで、日本に好意的なイメージを持たせる、とてもよくできた作品だと思いました。

 

さて、このショーグンを、SoMと比較してみたら一目瞭然!こういう点でとっても似ています。

 

・本国ではほとんど知られていない。
・外国ではその国のステレオタイプとなるほどに有名で、みんな有名曲/セリフを空で言えるレベル
・細かいローカルの常識が反映されていないので、本国人からしたら、ツッコミどころが所々ある
・細かいところに目をつぶって全体を見たら、とてもよくできた作品。
・本国に好意的で、いいイメージを作るのに貢献している


なので、このショーグンのことを知ってからは、オーストリア人にSoMがどんなの世界的にメジャーな作品かを教える時にはいつも、このショーグンを引き合いに出して説明することにしています。SoMなんて!って言ってた食わず嫌いのオーストリア人も、この話をしたらみんな納得するので、この論法、とってもお勧めです(笑)。

2013-12-06 09:14 | カテゴリ:サウンド・オブ・ミュージックの歴史

小国でオーストラリアと間違えられやすいオーストリアですが、世界的に有名なのはモーツァルトとサウンド・オブ・ミュージックの2強。観光客もこの二つなら知ってる!って感じでしょう。

 

なのに、その2強のうちの一つサウンド・オブ・ミュージックは、オーストリアでは驚くほど無名です。かろうじて知っているのは、海外在住経験がある人。もちろん海外に行くと「サウンド・オブ・ミュージックの国だよね?」って聞かれるので、「何それ?」と思って滞在先のレンタルビデオで借りて見たりする人がほとんど。

 
オーストリアにいると、全くテレビで放映されたりしませんし、ドレミの歌やエーデルワイスなど、日本やアメリカでは誰でも知っている曲も、誰も知りません。(何度か歌ってみましたが、「え?それ、オーストリアに関係あるの?」みたいな顔されますw)

 
●映画や舞台を見た周りの人の反応

 
オーストリア人に映画を見せたり、一緒にミュージカルの舞台を見に行ったりして、感想を聞きましたが、おおむね私の周りの人たちは好意的です。

 
史実と異なる部分(山を越えたらドイツとかw)には意外にあまり突っ込まず、「ドイツ併合の時に反対したトラップ大佐みたいなオーストリア人がちゃんといたんだねー」って誇りに思っているような感じですらありました。

 
日本語ソースで、理由を調べてみたら「政治的な理由で気に入らない」「史実と違いすぎてアウト」みたいな記事をいくつか見つけたんですが、実はそうでもなさそうな感じです。

 
なので、「オーストリア人がこの作品を嫌いだから上映されなかった」のではなく、単に「知らなかったけど実はけっこういい作品じゃんって思っている」って感じなのかもしれません。

 
●この作品がオーストリアでイマイチ受けないわけ

 
英語ソースなら、オーストリア人の本音が聞けるのでは、と思い、ちょっと調べてみました。その結果、いくつかの理由が挙げられて、結構面白かったです。

 
この作品について答えているオーストリア人の6,7割はこの作品に好意的でした。理由は以下の通り。

 
・とてもいい映画だと思った

・オーストリアのイメージアップにつながる

・観光産業に大きく貢献している

 
手放しで賛成している人もいれば、「自分はこの映画が好きだが、一般的なオーストリア人はこういう理由で苦手なんじゃないか」という理由を挙げてくれている人もいましたので、その部分を切り取ってまとめてみます。特に多かった回答(回答数をかっこに書いています)。

 
・オーストリアのステレオタイプを描きすぎて気持ち悪い。シュニッツェルとかアップルシュトルーデルとかベタ過ぎて、外国人は面白いかもしれないけど、オーストリア人には受けない。ディアンデルやレーダーホーゼンのステレオタイプも不快。(4)

 
・オーストリア産のDie Trapp Familieという50年代の映画はもっと有名でドイツやオーストリアで好かれている。なぜ同じテーマで間違った内容の映画を作る必要があるのか。(3)

 
・音楽がアメリカ的、ハリウッド的過ぎる。オーストリアじゃあり得ない音楽。舞台と音楽や取り合わせがむちゃくちゃなので、オーストリア人の目からしたら不自然。(メアリーポピンズがバッハを歌ったり、インド映画で西部劇を撮影したりするのと似ているとの例えもあり)(3)

 
・ジェンダーがステレオタイプすぎる。女性は家庭教師、男性は男らしく、っていうのが古い。(2)

 
・オーストリアのミュージカル映画はあまりに豊富で質も高いので、わざわざアメリカのミュージカル映画を輸入してまで見る理由がない。(2)

 
・ニセモノのオーストリアの映画だから。作られた、イメージのオーストリアは実物に劣る。(1)

 
・史実と違う部分が多いので、遺族や地元民が反対したのでは。(1)

 
・政治的理由(ドイツ人の意見)。ナチスの黒い歴史を思い出させてほしくない。(←これは気にしない人も多いし、オーストリア人でこう答えた人はいなかった)

 
というわけで、なかなか面白い結果になりました。

 
まず、ステレオタイプがベタ過ぎ(やり過ぎ)ていやだ、という理由が一位ですね。気持ちはよくわかります。日本がヘンにステレオタイプされてる映画とか見てもなんか感じ悪いし。

 
そして、Die Trapp Familieという同じテーマの別の映画のほうが有名だから、という理由も納得。

 
あと、オーストリアのミュージカル映画がメジャーすぎて他のは目がいかない、っていうのもほんとよくわかります。日本じゃ知られてないけど、オーストリアのHeimatfilm(直訳すると「ふるさと映画」)はこちらではものすごい人気なので、わざわざSoM見なくても、似たようなもっと良質なのが沢山あるわけです。

 
音楽がオーストリア的じゃないっていうのは、さすがオーストリア人。やっぱりロジャーズ&ハマースタインとは言っても、違和感感じるんですねー。日本人からしたら、SoMの曲も名曲だし、ヨーデルとか取り入れて結構頑張ってる気がするんだけどなあ。

 
あと、意外なのがジェンダーを指摘した人が二人もいたこと。そんなに気になるかねえ。

 
興味深いことに、オーストリア人は政治的理由(トラップ大佐がナチス併合に反対したあたりのことね)は反対する理由と考えなかったのに対し、ドイツ人は「古傷を穿り返さないでくれよ。。」って思ってるってことですね。オーストリア人は、この辺の「オーストリア被害者論」を支持するような映画の作り方には、好意を持っているようです。

 

 
●オーストリア人を質問攻め

 
最後に、一般のオーストリア人にSoMについてどう思うか、なぜオーストリアで人気が出ないかを聞いてみました。インタビュー対象は、海外経験あり、滞在先の海外で、現地の人の勧められて映画を見た、ミュージカル好き男性。

 
この人は、「個人的にSoMは優れたミュージカル映画だと思うし、とても気に入った。ハリウッド的だとか、政治的だとか言う理由や、オーストリアがステレオタイプ化されていることで、不快な気持ちは全くなかった。音楽もとてもよかったと思う」、と言っていました。(ハリウッド作品と知っていて見たので、ある程度のステレオタイプ化は免れないし、不快なステレオタイプ化ではないと感じたそうです)

 
トラップ大佐本人については、この映画を見るまで全く知らなかったようで(第一次世界大戦では一応国民的英雄だったんですが。。)、第二次世界大戦でナチスに迎合するオーストリア人が多かったなかで、ここまでしっかり併合に反対したオーストリア人がいたこと、それが世界的に知られていることに対して、喜んでいる風でした。「ちゃんとこんなオーストリア人もいたのね」と見直したと言っていました。

 
オーストリアで人気が出ない理由は、①テレビで全く放映されない(なぜ放映されないかは本人もわかりませんでしたが、やはりHeimatfilmが有名すぎるのが原因かと。。)、②トラップ大佐が無名すぎる、の二つを挙げていました。

 
トラップ大佐が無名なんてありえない!すっごい有名な一家なのに!って言ったんですが、それじゃ日本で「硫黄島」って有名だった?映画で初めて知った人がほとんどなんじゃない?って言われて、納得。アメリカ人にウィニトゥ(ドイツ人が書いたドイツ語圏で超有名な西部劇小説とドラマ)知ってる?って聞いても、誰も知らないだろうし、そういうレベルで無名なんだよ、って言われました。

 
あと、上記で言及されていた、Die Trapp Familieというオーストリア産の映画については知らないとのことでした。私もオーストリアでこの映画のことは聞いたことないんですが、ちょっと気になったので見てみようと思います。

 
というわけで、SoMがオーストリアで無名な理由が、何となくわかってきました。傑作なのに知られていないのが残念すぎですが(マイフェアレディとか屋根の上のバイオリン弾きのほうがよっぽど有名)、オーストリアではオーストリアの理由があって知られていないようです。テレビ局が放映しないのが結構ネックなようですが、放映したらみなさんどう思うのかもちょっと気になります。

 


サウンド・オブ・ミュージック オーストリア初演フォルクスオーパー版CD

 

サウンド・オブ・ミュージック ザルツブルク版CD

2012-06-12 02:12 | カテゴリ:サウンド・オブ・ミュージックの歴史
ザルツブルクで上演中の、UweとWietskeのサウンド・オブ・ミュージック。
更に色々映像を見つけたので、書き起こして紹介しておきますー。

■Salzburgernachrichtenのニュース映像



・子供のキャスティングを取り上げている。CDEの歌詞でドレミの歌を歌っている。
・Uweのインタビュー。「国を離れ、家族を守って行くということを考えながらエーデルワイスを歌うと、非常に感動的。この歌の、故郷を思う以上の歌詞の深さを感じる」
・Wietske「オランダではよく知られているミュージカル。政治的にオーストリア人を傷つけないといいのですが。芸術的に、政治的にうまく行くといいな、と思います」

(ひとりごとツッコミ)
練習の時はVolksoper版のCDEの歌詞でドレミを歌ってたのねー。どこの時点で新しい歌詞になったのか気になります。
あと、Wietske共々、皆さんオーストリア人の政治的なセンシティブさに気を使っている様子が伺えます。

■ロイターの英語ニュース


・プロダクションの監督はChristian Struppeck(現ウィーン劇場協会総監督)
・初めてドイツ語で歌われる、と言っていますが、Volksoper版が先に上演されています
・映画と今回の舞台化の違いについて、Christian Struppeckが話しています。
・オーストリアで上演するに当たって、映画では、オーストリアに存在しない地名などがあったので、変える必要があった
・映画では最小限だった政治的な要素に、詳細を付け足した。

(ひとりごとツッコミ)
映画ではオーストリアにない地名とか使ってたのね。。現地で上演したら粗がばれちゃうわけですね(笑)。
あと、別ソースでは、映画のようにオーストリアから山を越えたら、スイスからドイツに入ってしまって意味がない、という情報もありました。
映画は傑作なだけに、細かいところがちょっと残念かも。

■稽古映像


・10分ほどあり、結構たっぷり見れます
・皆さん衣装着てないですが、Uweの私服が楽しめます(笑)
・トラップ大佐が笛を吹いて子供たちに命令するシーン、子供の自己紹介(台詞はフォルクスオーパー版と同じで、歌詞は新しいほう)、ドレミの歌が聞けます。



Volksoper版サウンド・オブ・ミュージック



ザルツブルク版サウンド・オブ・ミュージック


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2012-06-11 02:05 | カテゴリ:サウンド・オブ・ミュージックの歴史
ザルツブルク州立劇場のオフィシャルプロモーション用舞台映像です。



修道院のシーン、ドレミの歌、何かいいこと♪など、WietskeとUweの歌声も聴けますよー。

演出はクラシックというか、なんの変哲はありませんが、フォルクスオーパー版よりも映画を意識して、似たようなセットにしている印象があります。舞台が小さいですねー。あと、ナチスの政治的シーンが映画より多いような印象を受けます。



Volksoper版サウンド・オブ・ミュージック



ザルツブルク版サウンド・オブ・ミュージック


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2012-06-10 01:56 | カテゴリ:サウンド・オブ・ミュージックの歴史
Uwe&Wiestkeのザルツブルク版のサウンド・オブ・ミュージックのCDが発売されてるわけですが、視聴できる音源があるので、お知らせしますー。

CDはこちらです

ザルツブルク版サウンド・オブ・ミュージック


歌詞がフォルクスオーパー版と違うので、できる範囲で書き起こしてみました。ちょうど、視聴がエーデルワイスとかドレミとか、一番メジャーなパートです♪

♪エーデルワイスEdelweiss (Uwe Kroeger)



Uweちょっと最初の一音から怪しくないですか?(爆)所々じっくり聞くとおや?というところはありますが、丁寧にじっくり歌ってますね。あと、Volksoper版と歌詞が全然違うー。

<歌詞の書き起こし>
Edelweiss, Edelweiss
Strahlst fuer mich wie die Sterne
Hell und klein, klar und rein
Grat als haett'st du mich gerne

エーデルワイス、エーデルワイス
私のために星のように輝く
明るく小さい、くっきりしていて清らかな
あなたは私のことが好きなようだ。

Volksoper版の歌詞で、広く知られているほうはこちら。

Edelweis, Edelweis,
Du grust mich jeden Morgen,
Sehe ich dich,
Freue ich mich,
Und vergess' meine Sorgen.
Schmucke das Heimatland,
Schon und weis,
Bluhest wie die Sterne.
Edelweis, Edelweis,
Ach, ich hab dich so gerne.

エーデルワイス、エーデルワイス
あなたは私に毎朝挨拶してくれる
私はあなたを見ると嬉しくなって、
心配事も忘れてしまう。
故郷を美しく白く飾って、星のように咲いてくれ。
エーデルワイス、エーデルワイス
あなたのことがとても好きだ。

♪ドレミの歌Do-Re-Mi (Witseke van Tongeren)



こちらも歌詞が全然違いますねー。っていうか、VolksoperはCDEだったのが、ちゃんとドレミになってます。

しかし、「MiはMichのオーストリア方言」って、歌詞に無理がありすぎじゃないですか?(笑)あと、Farbelhaft sind wirはシスターアクトをちょっと連想してしまいます。英語で「ラはシの次の音」という、こじ付けでもなんでもない歌詞なんですが、それと同じことをドイツ語歌詞でもやってくれました(笑)。Siはjaと同じ意味って、何語でって言わないと、一体何のことやら。。(イタリア語、スペイン語、否定を肯定する時のフランス語など)。

<歌詞書き起こし>
Do so wie der Donaustrom
Reh das ist ein scheues Tier
Mi heisst mich in Oesterreich
Fa wie farbelhaft sind wir
So da singen wunderwar
La den naechten Ton nach So
Si heisst ja und wir sind da
Dann geht es vorn bis Do

ドはドナウの流れのド
レ(Reh、鹿の意味)はシャイな動物
ミはオーストリア方言でmich(「私を」の意味)
ファは僕たちのようにfarbelhaft(「すばらしい」の意味)
ソ(「こんなふうに」の意味)僕たちはすばらしく歌うよ
ラはソの次の音
シはJa(Yesの意味)と言う意味で、これでおしまい
そしてまたドに戻るよ

Volksoper版の歌詞はこんな感じでした。
C, wie Cellophanpapier,
D, bei D-Zug denkt man dran,
E, ein Elefantentier,
F, wie flatterhafter Fahn,
G, Gesangsverein vom Land,
A, vom Alphabet bekannt,
H, wie Hagebuttentee,
das fuhrt uns zuruck zu C.

C(ツェー)はセロファンペーパー
D(デー)蒸気機関車のことを考えるよ
E(エー)は動物のゾウ(エレファンテンティアー)
F(エフ)ははためく旗
G(ゲー)は田舎のコーラスグループ
A(アー)はアルファベットで知られている
H(ハー)はローズヒップのお茶
これでCに戻るよ

※オーストリアでは、ドレミはCDF(ツェーデーエフ)で言う方が一般的です。
※「はためく旗」と言うところで、トラップ大佐がナチスの旗をキッと見つめる場面が印象的です。英語ではLong long way to goのところで、大佐が逃亡を決意する場面に当たります。訳詩は全く異なりますが、大佐の決意を示すという意味では重要な歌詞です。

♪全ての山に登れ Ueber die Berge



Ueber die Berge, teil und sing(?)
Folge deinen Traeumen
um die Weg zu gehen
Ein weg liegt in dein Herz

山を越えて、(聞き取り不明)
夢を追いかけて、道を進め
あなたの心の中に一つの道が

というわけで、3曲主要部分書き起こしてみました。Volksoper版と歌詞を変えてあるのがなぜなのか不思議なんですが(特に、プロモーション用の映像だとVolksoper版の歌詞を普通に使っているので)、聞き比べも面白いですねー。



Volksoper版サウンド・オブ・ミュージック



ザルツブルク版サウンド・オブ・ミュージック


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2012-06-01 00:51 | カテゴリ:サウンド・オブ・ミュージックの歴史
トラップ一家のお話、まだもうちょっと続きます。。

トラップ一家といえば、ウィーンでサウンド・オブ・ミュージックが再演された時にびっくりする出会いがありました。

実は、トラップ一家の娘、ヨハンナさんの夫は知り合いなんです。

当時大学の寮に住んでいた私は、何人かの友達と食堂で夕飯を食べていました。そしたら、見たことのない、教授風のおじいさんが入ってきて、おしゃべりをはじめました。どう考えても貫禄たっぷりで、勝手知ったる感じなので、こちらも大学関係者だろうと思って、普通に会話してたり。そうこうしてるうちに、学問やら、学生の勉強への姿勢などの話になり、この人よほど熱心だなあ、と思っていたら、やっと本人が正体を表し、この大学の初代学長さんということが判明。

今までどこの馬の骨とも知らない爺さんだと思ってたのに、初代学長さん!みんないきなり尊敬の眼差し。

そして、学長さん、おもむろに話し出しました。「今日ここに久しぶりに立ち寄ったのは、この裏にあるORF(オーストリア国営放送)でインタビューを受けてきたからなんだよ」。で、普通に大学関係のインタビューかと思ったら、「実は私の妻はトラップ一家の娘のヨハンナでね、妻はなくなったけれど、夫の私が、オーストリア初演サウンド・オブ・ミュージックに合わせて、インタビューされたんだ」

って!!!!!え!!!!あなた、初代学長ってだけじゃなくて、トラップ一家の娘の夫なんですか!!!!

ご飯が終わったら、そのあと一緒に同じ日に収録されたインタビューまでテレビで一緒に見たんでした。今さっきインタビュー受けて、そのまま1時間後に放送されたんですよー。インタビューされてる本人の解説付きで、面白かったです。

名前はヴィンター教授(Prof. Winter)。民族調のジャケットを来た、インテリで厳しそうだけど優しいおじいさんです。

簡単にヴィンター教授見つかったわ(笑)この人この人。
Winter_2a.jpg

Winter-mit-Familie.jpg
若かりし日のヴィンター教授とヨハンナさん。

あれ以来、何度か大学関係のイベントで出くわすことがあって、そのたびにあの晩のことを思い出します。きっと、久しぶりに亡き妻のことを話して、ちょっと思い出に浸りたくて、ふらっと大学に立ち寄って、暇そうにしてた私達(実は宿題が山ほどあったんですが。。)を話し相手にしたかったんだろうなあ。。

うわ。ちょっと調べたら、ヴィンター教授のWikipedia発見。っていうか、ものすごい人だったんじゃ。。。
http://de.wikipedia.org/wiki/Ernst_Florian_Winter

ざーっと読んだ感じだと、私の職場の先輩でもあるのねー。。。そして、日本語も喋れるとか。。一体どんな人なんだ。。ドルフスとかシュシュニックとかの名前も出てくるんですけど。。ひー。

ちょっと今書き起こす時間がないので、そのうち記事にしますー。

■関連日記

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トラップ一家のロッジ


Volksoper版サウンド・オブ・ミュージック


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2012-05-31 00:36 | カテゴリ:サウンド・オブ・ミュージックの歴史
なんか、気分が乗って色々調べてしまってますが、トラップ一家がアメリカに移住して建てた、オーストリア風ロッジを見つけました。場所はヴァーモント州ストウStoweというところ。

trapp.jpg

・なんと、トラップロッジオフィシャルサイト発見
http://www.trappfamily.com/

正直、ひなびた手作りロッジを想像してたので、豪華さにびっくり!!!

それも、普通に宿泊したりディナー食べたり、結婚式までできるっぽい。

01-DH2011_frontdoor-around-stowe-trapp-family-lodge.jpg

それも、しっかりオーストリア風で、旗までかかってるー。

冬はこんな感じ。

Trapp-Family-Lodge-Vermont.jpg

ほんと、しっかりオーストリアな雰囲気にしてあるのねー。

内装もかなり素敵。オーストリア風な宿は、きれいで清潔で居心地いいよー。

mySuite_home.jpg
こちらはデラックスルーム

oneBedroom_home.jpg
こちらがファミリー用の部屋

trapp-family-lodge-hammer-beams.jpg
パーティールームかな?

気になるお値段は、一番安い部屋で一泊215ドル。泊まれない値段じゃないし、何より、オーストリア的なアクティビティ(ハイキングとかサイクリングとか)が楽しめて、内装もオーストリア風でって、好きな人は好きなんじゃないかなー。

あと、本館の他に別棟のロッジとかがあって、かなり規模も大きそう。ゆっくり田舎で過ごすちょっと豪華な休日にぴったりかもしれませんねー。

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2012-05-30 20:26 | カテゴリ:サウンド・オブ・ミュージックの歴史
サウンド・オブ・ミュージック見たので、ちょっと気になって、トラップ大佐の史実を調べてみました。

200px-Georgvontrapp.gif

■関連日記

♪サウンド・オブ・ミュージック@Volksoper 2005年6月
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♪サウンド・オブ・ミュージック@Volksoper2回目レポ

・ゲオルグ・ファン・トラップ、1880/4/4生まれ、1947/5/30没。

・父も海軍。トリエステ(イタリア)、プーラ(クロアチア)を移り住む。当時はそのあたりもオーストリアの領土。

・1900年に義和団の乱に従軍。

・最初の妻はイギリス人アガーテ・ホワイトヘッド。アガーテの祖父は魚雷の発明者で、1910年にゲオルグが初めて館長となった潜水艦「アガーテ号」の命名の元となった女性。奇遇!

・第一次世界大戦が始まると、プーラからツェル・アム・ゼー(オーストリア)に移り住む。

・ゲオルグは第一次世界大戦で潜水艦艦長として従軍し、オーストリア海軍の国民的英雄に。

・従軍期間を含め、結婚から11年で7人の子が生まれる。ルーペルト(男)、アガーテ(女)、マリアフランツェスカ(女)、ヴェルナー(男)、ヘドヴィク(女)、ヨハンナ(女)、マルティナ(女)。これまた映画や舞台とも名前がぜんぜん違うねー。
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誰が誰かわからないけど、一応写真見つけたので。

・のちの映画では大佐と呼ばれるが、実際は少佐。ただし、オーストリアでは少佐でも艦長(Kapitaen)になるので、英語圏の海軍の艦長である大佐という称号が使われている。

・第一次世界大戦でオーストリアが海岸を失うので、ゲオルグは1919年に退役し、ドナウの水運会社を設立。

・1922年妻アガーテはクロスターノイブルクで猩紅熱で32歳で死去。

・1925年にザルツブルク郊外に引越し。家庭教師の派遣を依頼し、マリア・アウグスタ・クチェラが住み込む。

・2年後ゲオルグとマリアは結婚。この時ゲオルグ47歳、マリア22歳。

・やがてマリアとの間にも1男2女が生まれ、12人の大家族となる。

・1933年、オーストリアの金融恐慌でピンチに陥っていた友人の銀行を救うべく、ゲオルグは財産の殆どを融資してしまうが、銀行が倒産し、ゲオルグは破産。

・マリアは館の空き部屋を貸し出すなどしてやりくりを頑張り、今まで家族の趣味だったコーラスを公演して収入しようと思い立った。ヴァスナー神父と知り合い、専門的な指導を受ける。

・1935年のザルツブルク音楽祭に参加し、優勝。オーストリアで人気となり、ヨーロッパツアーをする。

・1938年ドイツ併合。ゲオルグはナチスの旗を掲げるのを拒否し、ドイツ海軍からの招集も拒否(このへんはミュージカルのまま)。これ以上抵抗すれば危険と判断し、オーストリアを離れることにする。

・ちょうどアメリカで公演の話があったので、ヴェスナー司祭とともにイタリア、スイス、フランス、イギリスと渡り、イギリスからアメリカへ。アメリカのビザが切れると北欧でも講演しつつ、1939年にNYへ。

・この時マリアは末っ子ヨハネスを妊娠中だった。アルプスを越えてイタリアに渡った。

・バーモント州に農場を買取、オーストリア風のロッジを立てる。息子たちは従軍するが無事復員する。

・ゲオルグは67歳で肺がんで死去。

・マリアは1987年永眠。

・トラップ一家は1993年ザルツブルク州知事より文化功労賞受賞。

・マリアはサウンド・オブ・ミュージックの中でのトラップ大佐像が現実とはかけ離れているとして不満を持っていた。

・ほとんどの子供たちがアメリカに残る中、ヨハンナは1948年に結婚してからほとんどオーストリアで暮らした。

●まとめ

というわけで、映画になってる部分だけじゃなくて、国民的英雄とか、銀行に融資して破産とか、随分波乱万丈な人生じゃないですか。それも子供12人とか!従軍中も含めた11年で7人産むってすごいなあ。。けど、知り合いで10年で8人っていう話も聞いたことあるぞ。。

映画になってる部分は、時間的に随分端折ってはあるけど、大きな史実からのズレはなさそうね。音楽祭がマリアとの結婚から随分あとってことくらいかな。



Volksoper版サウンド・オブ・ミュージック


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