2016-01-16 10:39 | カテゴリ:クリムトの歴史

映画「黄金のアデーレ」公開に伴い、この映画に対して感じた疑問や、調べたことなどをたくさんの記事にしましたので、関連記事をまとめて目次にしておきます。

 

Adele Bloch-Bauer I (Gustav Klimt)

Adele Bloch-Bauer I, 1907

 

 

まずは、この映画のことを聞いて、実際にオーストリアで当時リアルタイムで聴いていた話とずいぶん違うぞ?と疑問を持って書いた記事。

 

2015/10/29 クリムトの名画「アデーレ」返却騒動とその後①チャオ・アデーレ ←オススメ!

 

そして、当時の記憶を思い出すため、当時書いた日記を抜粋してみました。

 

2015/11/02 クリムトの名画「アデーレ」返却騒動の当時①返却決定のニュース

 

更に色々調べ、段々「ちょっと聞いていた話と違うぞ?」レベルの疑問が、「これもっと大きな裏があるよ!正当化?史実ゆがめてる?捏造?世論誘導?」に変わってきた辺りの記事。

 

2015/12/03 映画「黄金のアデーレ」Variety紙の納得レビュー ←オススメ

2015/12/07 映画「黄金のアデーレ」の嘘

 

しかし、ウィーンを舞台にした映画のロケ地探しが大好きなので、批判そっちのけでついつい色々探してしまう。

 

2015/12/01 映画「黄金のアデーレ」トレイラーにツッコミ

2015/12/05 映画「黄金のアデーレ」のロケ現場

 

どんどん調べてるうちに、役者を使って色々美化をした映画ではなく、当事者本人たちがインタビューを受けているドキュメンタリー映像を発見。1時間以上する映像を2個も見て、色々検証し、更に怒り沸騰。

 

2015/12/13 映画「黄金のアデーレ」前に作られたドキュメンタリー映像②オークション映像  ←オススメ!

 

当事者の言い分は色々とおかしなところや誘導があるので、自分で史実を当たってみることに。歴史や美術の勉強にもなりました。

 

2015/12/17 アデーレと夫Ferdinandの遺言全文と和訳

2015/12/19 「黄金のアデーレ」に関連するクリムト絵画を紹介←オススメ!

 

2015/12/21 「黄金のアデーレ」ブロッホバウアー家の財産の行方①平和な時代とアンシュルス

2015/12/27 「黄金のアデーレ」ブロッホバウアー家の財産の行方②戦後の絵画復興の流れ

 

この辺りで怒りは少し治まり、後は調査の合間に分かった、当事者の色々な背景などを紹介。調べた史実を淡々と紹介していますが、これを読むだけでも、映画でかなり誘導があったことはわかります。

 

2015/12/29 「黄金のアデーレ」登場人物の背景①ランディ弁護士、アデーレとアルトマンの関係

2016/01/03 「黄金のアデーレ」登場人物の背景②ジャーナリスト チェルニン

2016/01/05 「黄金のアデーレ」登場人物の背景③大富豪ローダー社長

 

 

 

アデーレ関連の記事のほとんどは、クリムトの歴史カテゴリにあります。ロケ地関連のみウィーンを舞台にした映画カテゴリに入れています。

 

===あとがき===

 

このアデーレ関連の記事は、ツイッターでもミクシィでも、当ブログのコメント欄でも大反響をいただきました。

 

この映画を通してオーストリアの事をもっと知りたいと思った方に、歴史のあり方と、それを一方的に描くことの危険さについて、少しでも知る手掛かりを提供できたようで、嬉しく思っています。

 

私自身も、今回のアデーレ関連記事を通して、マスメディアや映画の美談を鵜呑みにせず、ちょっとおかしいと思ったら調べてみること、自分の視点から作られた物語を再構築してみることの重要さを実感しました。

 

●映画を見ない理由

 

ここまで色々調べまくったわけですが、どうしても映画「黄金のアデーレ」を見る気にはなれません。もちろん映画を見た方が、批判内容に説得力が増すことはわかってはいるのですが、トレイラーを見ただけでムカつきすぎて、こんな映画にびた一文払う気が失せてしまったんです。

 

それに、映画を見る代わりに1時間のドキュメンタリー映像を2本見ましたので、映画を見た方よりも、当事者たちの考え方や方向性については熟知しているつもりです。そもそも映画にウソが混じっていて、事実を伝えているわけではないので、映画を見て間違った知識を得てしまうのも考え物です。

 

それに、結局カネカネカネだった、この美談(←皮肉ですw)の主人公たちに、更にお金を払って、ムカつくだけの映画を見るなんて、これほど自分の意思に反する行為もありません。映画代を寄付に回した方が100倍ましです。

 

今回の事件で考えてみたんですが、どうやら私は、史実を一方的にゆがめ、悪者を仕立て上げ、当事者が利益(カネや名誉)を得るためにマスメディアを使って美談を吹聴する、という行為に我慢がならないようです。

 

●疑惑まとめ

 

あまりに沢山の記事を書いてしまったので、一体この映画の何が問題なのか、焦点がわかりにくくなってきているかもしれませんので、簡単にまとめておきます。

 

・実話を謳っていながら、内容に事実と異なる部分があり、各誌レビューで指摘されている。

・家族愛を謳って返却された絵画が、取り戻して半年もたたずに売却された。(所有したまま美術館に長期貸与という選択肢もあったのでは?)

・5枚の絵画は一般に展示されると言われていたのに、バラバラに売却され、うち3枚は個人所有となり地下に潜った。

・個人所有となった絵画のうちの一枚は私のお気に入り。もう二度とみられないなんて悲しすぎる。

・カネ、権力、所有権ばかりが取りざたされ、人類共有の財産である芸術作品の価値に関する議論が軽視されている。

・現代のオーストリア人までもナチスの罪を背負う必要はないのに、不当に貶めている。そもそも過去のナチスの過ちを反省して、絵画を返却するという法律を定めたのは現代のオーストリア人。

・この騒ぎの背後にあるユダヤ人ネットワークの闇の深さ、動いた金額の大きさ。政治経済外交を動かす権力の大きさ。この絵画返却騒動と、それを美談化した映画は、このユダヤ人ネットワークの力を示すためのいいプロパガンダになったのでは?

 

それぞれの疑問に対する事実の裏付けは、上記関連記事に挙げてあります。

 

 

●調査の動機とちょっとだけ感謝

 

最初はオーストリアが不当に貶められていること、私が当時知っていた事実と違うことを世界中に吹聴していること、一方的な美談になっていることなどにブチ切れていた私でしたが、こうやって歴史や背景をひも解いていくと、段々この映画に対して腹を立てるのが馬鹿らしくなってきました。

 

それほど、この絵画の背景にある歴史、権力、カネ、名誉が壮大なもので、正直オーストリアのような小国の国民の、自国の芸術家の美術を愛する心なんて別に大したことではないんだという気にさせられます。

 

いくら私が記事に書いても、権力とカネの力でアデーレの話は美談になってしまうんでしょうし、それは最初から決まっていたことなんでしょう。けれど、やはりこうやって書いてしまわないと、私の中での怒りが行き場をなくしているところでした。

 

そして、このような歴史に触れる機会を作ってくれたこの映画に、少しは感謝することにします。そして、いつか私がタダでこの映画を見ることができる日が来れば、またブチ切れようと思います(笑)

 

 

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2016-01-05 00:23 | カテゴリ:クリムトの歴史

映画「黄金のアデーレ」に関連した人物について、歴史的事実をまとめていますが、今日は第三段。アデーレ事件の半年後、アデーレIを世界最高額でアルトマンから買い取った大富豪ローダー氏です。

 

映画「黄金のアデーレ」に関する記事はクリムトの歴史カテゴリへどうぞ。

 

<ロナルド・ローダー>

 

この人物、あのエスティ・ローダーの社長(創業者の息子で今は活動家)で、もう考えられないくらいの大金持ち。

 

Ronald S Lauder - Rally against anti-Semitism - Berlin 14 September 2014 - 1 - c MichaelThaidigsmann.jpg

 

エスティ・ローダーの創業者エスティ・ローダーとジョゼフ・ローダーの息子。弟のレオナルド・ローダーがエスティローダーのチェアマン。

 

・母親のエスティ・ローダーはハンガリー系ユダヤ人。エスティの母親が1898年にアメリカに移住したので、かなり前の世代のユダヤ系移民。

・弟と共にユダヤ人としての教育を受けて育つ。

 

・1986年にレーガン大統領が彼を在オーストリア大使に任命。1987年まで務める。この時期スパイ事件とかかわりのある人物を解雇。

・1989年ニューヨーク市長に立候補するが、ジュリアーニに敗退。

・1998年イスラエル首相ナタニエフの依頼で、シリアとの交渉を任される。

 

・2001年ニューヨークでノイエ・ガラリエをオープンし、ドイツとオーストリアに没収された絵画を展示する美術館とした。世界一のエゴンシーレのコレクションを所蔵し、のちにアデーレIとIIも所蔵する。

・アデーレのケース以外でも、ナチスに没収された絵画の回復に努める。

 

・世界的な影響力を持つ世界ユダヤ人会議などのユダヤ人系の会合のトップを務め、外交の一部を受け持つ。ナタニエフの仲間として知られ、イスラエルのメディアにも影響力を持つ。

 

・2012年にはオーストリア極右党FPOeが第三党に躍進したことに対して、この党がアンティセミストだ批判する。

・オーストリアのユダヤ人協会は、ロナルド・ローダーが役員選挙に干渉したとして、立ち入りを禁止した。

 

なんだか、略歴を簡単に上げていくだけでも、単なる絵画収集家って感じじゃなさそうですよね。。

 

ユダヤ人アイデンティティのために世界中を飛び回るっていう感じで、アデーレの絵画を世界最高額で買い取ったのも、自分の信条に合っていたからなのでしょう。

 

もう大金持ちで世界的な影響力のある人は、桁が違いすぎてよくわかりません。。

 

Ronald Lauder - Wikipedia, the free encyclopedia

 

また、アデーレを買い取った直後に、ドイツのDie Welt氏が行ったインタビュー。

Ronald Lauder: "Ich kaufe nicht für mich" - DIE WELT

 

この記事では、基本的に彼の、ナチスに没収された絵画を取り戻す情熱について書かれていますが、アデーレについても少し触れられています。

この記事、ドイツ、オーストリアのナチスによって没収された絵画の復古活動というテーマに関してとても興味深いです。本当は全部訳したいんですが、アデーレ関連部分のみ。

 

・「アデーレ」は自分のために手に入れたのではない。相続人(アルトマン)がニューヨークの私の美術館ノイエ・ガレリエを特別だと思い、彼女がこの場所でこの絵を展示公開したいと考えたからだ。

 

・いいことをして批判されるのは悲しいことだ。この絵は自分のために買ったのではない。ナチスに所有物を奪われた全ての人のために買ったんだ。

 

・私はマリア・アルトマンと最近何度か会い、ブロッホバウアー家の運命について語り合った。アデーレの夫Ferdinandはすべてを奪われ、チェコからスイスに逃れ、一文無しで亡くなった。マリア・アルトマンは90歳でアメリカで住んでいる。

 

・その間に彼女の絵画はオーストリアにあって、取り戻されなければならないのに、そうはされなかった。最近亡くなったジャーナリストのチェルニンがとうとうアデーレとFerdinandの遺言を発見し、マリア・アルトマンが最後の相続人として、これらの絵を手に入れるべきだと知らせた。

 

・(カンディンスキーの絵画が好きだが)、シーレやクリムトには、彼のような乱暴な力はないけれど、素晴らしい絵画だ。

 

・クリムトは「アデーレ」を私が購入するまで、アメリカではほとんど知られいなかった。近代美術館では初めてのクリムトとシーレは私からのものだ。

 

・私の情熱は長い歴史がある。

 

 

というわけで、ロナルド・ローダーの経歴と言い分をまとめてみました。

 

世界最高額で買い取られたアデーレIがどのような人物に、どのような理由で買い取られたか、それがいいか悪いかは別にして、人物たちの背景にある考え方を知ることができました。

 

これで、今まで書き溜めていた、アデーレ関連の記事はおしまいです。

 

長らくどうもありがとうございました。

 

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2016-01-03 00:23 | カテゴリ:クリムトの歴史

映画「黄金のアデーレ」ブチ切れ記事から、段々当時の歴史に興味が出てきて、どんどん映画からら離れて史実を調べまくっています。

 

映画「黄金のアデーレ」に関する記事はクリムトの歴史カテゴリへどうぞ。

 

今回は、アルトマンとランディ弁護士を助ける、唯一「いいもの」のオーストリア人、チェルニンについてわかったことを書きます。

 

映画を見たほとんどの人は知らないと思いますが、チェルニンはオーストリア人ならだれでも知っている、超有名ジャーナリストです。調べてみてその大物っぷりにびっくりです。

 

<ジャーナリスト フベルトゥス・チェルニン>

 

Hubertus Czernin

 

この事件のカギを握るジャーナリストHubertus Czerninという人物について見ていきましょう。

 

この人を掘り返すだけでも本が書けそうなすごい人物です。この事件で唯一アルトマン側のオーストリア人ですので、さぞ反ナチユダヤ人かと思われましたが、彼はほとんどナチスともユダヤ人とも関係のない出自です。

 

映画では、父親がナチス党員で、のちに反逆罪で投獄されたから、ナチスに恨みを持っていて協力する、という動機が描かれていますが、これは完全に史実に反します。実際チェルニンが父親とナチスの関係を知ったのは、本人の死の直前、2006年の事です。

 

チェルニンは12世紀から続くボヘミアの古い貴族の生まれ。ウィーン枢機卿シェーンボルン氏は彼のことを「いとこ」と言っていますので、親戚関係にあるようです。

 

そんな由緒正しい生まれですが、彼は歴史、美術史、ジャーナリズムを専攻し、オーストリアの有名報道誌Profilで記者をしていて、30代で編集長になります。

 

彼が関わった大きな事件を上げるだけでも、オーストリアの歴史が何度もひっくり返りそうになります。彼はクルト・ヴァルドハイムのナチ疑惑をすっぱ抜いた人物であり、また大司教の同性愛疑惑を暴いた本人でもあります。

 

・元国連事務総長で元オーストリア首相ヴァルトハイムのナチ疑惑

 

10年間国連事務総長を勤めたあと、オーストリア首相選挙に立候補していた当時のヴァルトハイムがナチスの突撃隊に所属していたことが判明。世界的な大疑惑となるが、オーストリア国民はこれを内政干渉としてヴァるとハイムは当選。しかし、各国から「ペルソナ・ノン・グラータ」に指定され、6年間の任期の間ほとんど外国を訪問できなかった。

 

後の調査により、ユーゴスラビアで残虐行為を働いたドイツ国防軍の通訳を務めていたことが判明するが、戦争犯罪には無関係であったとされる。また、ギリシャでユダヤ人強制収容が行われた土地の近くでも働いており、関与が疑われていた。

 

本人は一部の事実を隠したことは認めたが、突撃隊やユーゴスラビア、ギリシャでの戦争犯罪の直接関与は否定しており、証拠も出てきていない。

 

これ以上ヴァルトハイム事件について書くと話がそれてしまうけれど、オーストリアだけでなく世界にとっても大スキャンダルであったこの事件を、1986年に暴いたジャーナリストの一人がチェルニンだった。

 

・大司教Hans Hermann Groër同性愛事件

 

オーストリアではカトリックの聖職者と未成年の少年との性交が暴かれ、大きなスキャンダルとなりました。その中でも最高位の聖職者だったこのGroërは、バチカンによって後に教皇庁を追われました。

 

チェルニンは1992年にこのスキャンダルを取り上げ、マスコミだけでなく世界中に衝撃を与えました。(彼が主張する2000人以上の少年のソースがどこから来たのは不明のようですが)

 

・裸の首相と自身の編集長辞職事件

 

この後チェルニンは、自分が編集長であるProfil誌の表紙に、オーストリア首相Vranitzkyの頭に裸の体をコラージュしたデザインを使ったことで、時の政府から編集長を辞職させられ、野党側が表現の自由を掲げてデモを起こしました。(いわゆるRauswurf事件)

 

その後彼は自分で出版社を立ち上げ、複数の書籍を出版する中、1998年にアデーレ事件の発端を開く発見をします。

 

・アデーレ事件への関与

 

1997年、ベルヴェデーレからNYに貸与され、臨時展で展示されていた二枚のエゴン・シーレの絵画が、ナチスによって押収されたものとして所有権が争われました。その時オーストリア政府は、調査のためにベルヴェデーレの書庫をジャーナリストに開放し、隠すことがないことをアピールしました。

 

この機会にチェルニンはベルヴェデーレの書庫を調査し、5枚(実際は6枚)のクリムトの絵画の所有権を疑問視させる文書(アデーレとFerdinandの遺言)を発見し、アルトマンに通知します。

 

逆に言うと、このチェルニンの地道な調査と発見がなければ、アルトマン訴訟はそもそも始まらなかったのです。この事件の決め手を握る人物は、実はオーストリア人(それもユダヤ人ですらない)だったのです。

 

なぜチェルニンがこんなに全てのオーストリア人から「余計なことをしやがって。。」と思われることをやったのか、ちょっと考えてみました。

 

まず、彼がユダヤ人だから、というのが一番ありうる理由ですが、彼の出自は古いボヘミアの貴族です。2006年の死の直前になって、彼の父親がナチス党員があった(後に反逆罪でナチスに投獄された)ことがわかりますが、アデーレ事件の時点ではこのことを彼は知りません。

 

それではなぜオーストリア人がオーストリア人を裏切るようなことをしたのか?彼の過去のスクープを見たらわかる気がします。ヴァルトハイム事件にしても、大司教事件にしても、正直オーストリア人からしたらスキャンダルばかりです。

 

別に彼がオーストリアを嫌いだったわけではないとは思いますが、オーストリアに、そして世界にショックを与えるスクープこそ、彼の生きがいだったのではないでしょうか。古い貴族の名家に生まれ、どこでそうなってしまったのかわかりませんが、ジャーナリストとしては一流の人物だったと言えそうです。

 

また、彼が死亡する直前、アデーレ事件が解決した直後の2006年にStandard氏のインタビューに答えたものが残っています。

 

"Das alles ist eine riesige Frechheit" - Restitutionsfragen - derStandard.at › Kultur

 

「アデーレ事件でアルトマンが絵画を取り戻すきっかけになったのはあなたです。こういう結果になって誇りに思っていますか?勝利ですか?」という質問に対して「勝利者だとは思っていません。ヴァルトハイム事件も、ハイダー事件も、自分の報道が何かを変えることができたわけではなかった。仕事上で言えば、この事件がハッピーエンドで終わった初めての事件です。」と言っています。

 

ユダヤ人やナチスがどうとか関係なく、自らの報道で世界を変えたいと望んでいた、ジャーナリスト魂の塊のような人物だったようですね。

 

 

 

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2015-12-29 16:23 | カテゴリ:クリムトの歴史

「黄金のアデーレ」に登場する人物一人一人が個性が強く、経歴もぶっ飛んでいたりするので、とても興味深く、どんどん調べてしまいました。

 

映画「黄金のアデーレ」に関する記事はクリムトの歴史カテゴリへどうぞ。

 

もう段々映画から離れて、ユダヤ人とヨーロッパ、アメリカの関係についてのケーススタディ的になってきましたが、こういう歴史や世界があることを気づかせてくれたという意味でも、「黄金のアデーレ」はいいきっかけになりました。

 

<弁護士ランディ・シェーンベルク>

 

Eric Randol Schoenberg

 

・弁護士のランディ・シェーンベルクって、作曲家のアーノルト・シェーンベルクの孫なんだー。彼もウィーン生まれのユダヤ人で、第二次世界大戦でアメリカに移住した。

・現在の専門はホロコースト時代にナチスによって略奪された芸術品に関する法律。
・アデーレ訴訟では、絵画の価値の40%の報酬(1億2000万ドル)を受け取ったとされている。この訴訟に負けたら、報酬はなしという約束だった。
・受け取った報酬は、ロサンゼルスのホロコースト博物館に寄贈し、本人は館長をしつつ、大学で教えている。

・プライベートでは家系学に詳しく、オーストリアやチェコのユダヤ人家系の調査のプロジェクトに関わっている。

・余談だが、チェコの教会の記録がすべて電子化されてネット上で閲覧できるのは、熱心に家系を辿ろうとするアメリカ人のニーズに応えたと聞いたことがあるが、この人が関係しているのかも?
・セセッシオンのベートーベンフリースまで、返却の危機にさらされてるらしい!ユダヤ人のアートディーラーが言うには、この絵画は買いたたかれたらしい。

Real-Life Lawyer Behind 'Woman in Gold' - The Assimilator – Forward.com

 

<アデーレとマリア・アルトマンの親戚関係>

 

Adele Bloch-Bauer アデーレ・ブロッホバウアー

Maria Viktoria Altmann マリア・アルトマン2011年没

Maria Altmann Young Lady マリア・アルトマン若かりし頃

Maria Altmann Child マリア・アルトマン子供時代

 

・アデーレと名画奪還を要求したマリア・アルトマンは叔母と姪の関係ですが、通常の叔母姪より関係は深かったそうです。

 

というのは、アデーレ夫妻とマリア・アルトマンの両親は、妻同士、夫同士両方とも姉妹/兄弟という珍しい親戚関係だったからです。アデーレ側がバウアー、夫側がブロッホという苗字だったため、婚姻後両家ともブロッホバウアーと苗字を合体させました。

 

更に、アデーレ夫妻には子供がいなかったため、妹の子供たちであるマリア・アルトマンとその二人のきょうだいを自分の子供たちのようにかわいがっていたとのことです。

 

この二人のきょうだいのうち一人はLouise Baronin Gutmann。男爵と結婚し、ザグレブに住んでいました。もう一人はRobert Bentley(苗字を変えています)でカナダに住んでいます。

 

・映画のもう一つのアイテム、アデーレの付けている首飾りは、マリアの結婚のプレゼントにマリアに送られましたが、ナチスに取られ、ゲーリングの妻エミ―の首を飾りました。

 

・マリアの夫フリッツは、ナチスに逮捕され、ダッハウの収用所で2ヶ月を過ごしました。目的は、フリッツの弟(兄)Bernherdの所有していた繊維工場を、既に外国に逃げていた彼の代わりに引き渡させること。

 

・フリッツは全財産を取られ、パスポートも持っていなかったため、逃げ出すのに苦労した。マリアはパスポートを持っていたが、夫と共に脱出することを選んだ。オランダ経由でアメリカへ渡った。

 

この登場人物の写真は、以下のサイトが出典です。

 

このサイト面白い!映画と現実の違いを、登場人物と役者の比較や、史実と創作の違いをQ&A形式で説明してる。それも結構中立。

Woman in Gold Movie vs True Story of Maria Altmann, Randy Schoenberg

 

こちらが、アルトマンの経歴の参考サイト。英語だが中立で事実だけを述べている。細かい歴史もわかりやすい。

http://arthistory.about.com/od/klim1/a/blochbauerklimt.htm

 

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2015-12-27 16:04 | カテゴリ:クリムトの歴史

「黄金のアデーレ」に関連して、アデーレと共に取り返された絵画の運命を二回に分けてお送りしています。

 

アデーレ関連の記事は「クリムトの歴史」カテゴリをどうぞ。

 

今回は、アデーレが遺言で絵画を遺した夫Ferdinandの死と、戦後の絵画復興の努力についてです。実際はこのようなケースが多数あり、ロスチャイルド家の財産などは桁違いだったようです。

 

==Ferdinandの死と戦後==

 

1945年にFerdinandはスイスで亡くなる。Ferdinandが生前に新しく依頼した代理人Rineschは、何度か絵画を取り戻す手紙をオーストリアギャラリーに送っていて、Ferdinandもこのことを知っていた。この人物はFerdinandの死後、甥Robert Bentleyの代理人も務め、多くの手紙がオーストリアギャラリー等とやり取りされている。

 

ドキュメンタリー映像によれば、この代理人に依頼して絵を取り返そうとしていた頃は、Ferdinandの遺言の事を関係者は知らなかったとのこと。一方、アデーレの遺言の事は知られていた模様。

 

1948年、代理人Rineschはオーストリア側のGarzarolli氏と直接会い、アデーレの遺志を継いで、彼女の絵画6枚をオーストリアギャラリーに寄贈すると相続人たちが同意したと伝えた。その交換条件として、他の絵画は国外に出すよう要請した。

 

この書類は署名され、『アッター湖のウンターアッハの家々』の絵画もオーストリアギャラリーの所有物とすることも許可した。

 

Häuser in Unterach am Attersee 1916

「アッター湖のウンターアッハの家々」Häuser in Unterach am Attersee, 1916

 

最終的に1961年にすべての絵画がオーストリアギャラリーに揃った。この時点で、一旦この事件は一件落着している。6枚の絵画はアデーレの遺志に基づき、オーストリアギャラリーに飾られ、アデーレの夫の相続人たちも、この状態を正式に承認した形で落ち着いていた。

 

(アルトマン側が作成した資料によると、この代理人RineschとGarzarolliの間の取り決めは、相続人たちのあずかり知らぬところだったとされている。RineschはRobert Bentleyのみとコンタクトを取り、Luise Gutmannとマリア・アルトマンはこの経緯について全く知らなかったとのこと。

 

また、このやり取りは、Rinesch氏が他の絵画(ヴァルドミュラー、Petterkofen, Dannhauser, Ranftl等のを国外に出すための交換条件として、クリムト絵画たちをオーストリアギャラリーに寄贈する目的だった。

 

この際、代理人Rineschは、クリムトの隠し子が所有していた絵画も含め、全ての絵画がオーストリアギャラリーに戻るよう、手助けもしている。)

 

==絵画復興Art Restitutionから訴訟まで==

 

時は過ぎ、1998年になって、ナチスに持ち去られた絵画を返却する法律がオーストリアにて作られる。(法律全文はhttp://www.bslaw.com/altmann/Klimt/Summary.pdfのp94ページ以降)

 

実際にはその直前にNYの美術館に貸与されていたシーレの絵の所有権をめぐって対立が起きた際に、オーストリア側は後ろ暗いことがないことを示すため、書庫を解放し、ジャーナリストによる調査が行われ、「アデーレ」の絵の帰属権が疑問視される文書がフベルトゥス・チェルニンによって発見され、アルトマンに連絡が行った。

 

このチェルニンの調査がなければ、アルトマンは絵画を取り戻せることはあきらめていたわけで、チェルニンの存在の重要性が際立つ。

 

チェルニンの調査を受け、1999年にはGehrer大臣により、Ferdinandの16枚のクリムトデッサンと19点の陶磁器は返却するが、クリムト絵画は返却しないとする声明を出した。こちらのがその声明の内容。

 

 

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簡単に要約すると、この絵画は1925年の時点でオーストリアギャラリーの所有物であったので、ナチに酔って奪われたわけではなく、ブロッホバウアー家は、この絵画がアデーレの遺言の基づき、オーストリアギャラリーに所属すると確認していた。1936年の時点ですでにFerdinandがカンマー城IIIを寄贈していた事実も、その証拠となる。

 

ということです。チェルニンによって、絵画を取り返せると希望を持った時に、この声明が出るというのは、アルトマン側にとってはかなり感じ悪い事だったでしょうね。。

 

けれど、オーストリア側が言っていることも、この時点では別に何も間違ったことではなく、単に「アデーレの所有物はアデーレの遺言の通りにして、(粗末に扱ったり隠したりしているわけではなく)ちゃんと展示していますよ」ということ。お互い平行線を脱せず、この後訴訟となります。

 

 

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2015-12-21 23:05 | カテゴリ:クリムトの歴史

なんだか、調べたら色々出てきたので、「アデーレ」を含むブロッホバウアー家の絵の行方を調べてみました。

 

アデーレ関連の記事は「クリムトの歴史」カテゴリをどうぞ。

 

実際にこの絵が略奪されたのか?どういう経緯でオーストリア・ギャラリーに飾られていたのか?そして、どういうきっかけで所有権が争われることになったのか?あまり主観を混ぜず、記録を再現します。

 

今回の記事は、実際に起きたユダヤ人の財産没収が、どのような手口で行われたのかを、アデーレを一つのケースとしてご紹介します。ナチスによる財産没収と簡単に言っても、実際はもっと複雑で、脱税容疑、売却による現金化、絵画の交換など、複雑な経緯を辿っています。おまけにクリムトの隠し子なんて人物も登場し、しっちゃかめっちゃかです。

 

Adele Bloch-Bauer I (Gustav Klimt)

Adele Bloch-Bauer I, 1907

 

それでは、時系列にそれぞれの絵画の動きを追ってみます。

 

==平和な時代。アデーレの死と遺言==

 

1923年アデーレの遺言。絵画は夫へ。夫の死後はオーストリア・ギャラリーへの寄贈を希望する。

1925年アデーレの死。翌年夫が遺言を守ることを誓約。

1925-38年 夫が絵を自宅の「思い出の部屋」に飾る。

1936年、Ferdinandはクリムトの「アッター湖のカンマー城III」をオーストリア・ギャラリーに寄贈。(この後この絵は色々な運命をたどりますが、Ferdinandによって寄贈されたため、最終的にはオーストリア・ギャラリーに残り、アルトマンには引き渡されませんでした)

 

「アッター湖のカンマー城III」Schloss Kammer am Attersee III 1910 

 

==アンシュルス。絵画がブロッホバウアー家の手を離れる==

 

1938年 ドイツによるオーストリア併合前にFerdinandはウィーンを離れ、チェコ、スイスと逃亡。

 

Ferdinand逃亡後のウィーンでは、彼の財産はナチスに目を付けられ、脱税容疑で全財産を現金化された。その際の担当者はErlich Fuehrerで、Ferdinandはほぼ全てのチェコとオーストリアにある財産を失った。多くの動産はナチスの将校に渡った。

 

1941年にFerdinandはチューリヒから画家のココシュカに手紙を書いている。その中には以下のような一節がある。

 

「私のウィーンとベーメンにあるものは全てなくなった。何も残っていない!もしかしたら、私のかわいそうな妻の2枚の肖像画(クリムト)と私の肖像画(ココシュカ)は戻ってくるかもしれないが、それは今週わかることだ。」

 

1941年代理人Fuehrerは、オーストリアギャラリーとの間で「アデーレI」と「リンゴの木」を「アッター湖のカンマー城III」と交換する。この絵は1936年にFerdinandがオーストリアギャラリーに寄贈したもの。

 

Apfelbaum I 1912

「リンゴの木」Apfelbaum I, 1912

 

すなわち、「アデーレI」「リンゴの木」→ベルヴェデーレに、「カンマー城III」→Fuehrer(一応代理人なので、名目上Ferdinandの所有物に戻った)。

 

この交渉は、スイスに逃亡中のFerdinandのあずかり知らぬところで行われた。Ferdinandの最後から二番目の遺言では、自分の所有物はすべて、支払う必要のない税金として取られたとしている。(最後の遺言により無効とされた。そもそもこの遺言では、マリア・アルトマンは全く相続できない記述内容で、全ての遺産は姪のLouise Baronin Gutmannとその子供たちに譲るとなっているので、この遺言が有効だったら、アルトマンは相続権は全くない)

 

1942年代理人Fuehrerは「カンマー城III」をIngeborg/Gustav Ucickyに対して売却するが、このGustav Ucickyは映画監督でクリムトの隠し子。

「ブナの木」は同じく代理人FuehrerによってWiener Staedtische Sammlung(ウィーン市コレクション)に1943年に売却された。また、アデーレIIはオーストリアギャラリーが購入した。この辺りの売却と現金化も、Ferdinandは全く知らない。

 

ちょっと整理すると、1943年の時点では、アデーレI,II,リンゴの木がオーストリアギャラリーに、カンマー城はクリムトの隠し子に、ブナの林は==ウィーン市の所有物になった。

 

1943年に全ての絵画コレクションは現金化された。

1943年にはブナの林、アデーレI、カンマー城、アデーレII、リンゴの木の5枚がウィーンで展示された。 

 ===

この時点ですでにかなりややこしいことになっていますね。。さながら、絵画のモデル、画家の隠し子、政府を取り巻く、クリムト絵画争奪戦と言ったところでしょうか。

次回は、戦後の復古活動についてです。 

 

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2015-12-19 23:01 | カテゴリ:クリムトの歴史

映画「黄金のアデーレ」のもとになった(事実はかなり違う部分がありますが)、オーストリアのアデーレ訴訟。その際に問題になった絵画は、アデーレIだけではありませんでした。

 

今回はその6枚の絵画をご紹介します。

 

アデーレ関連の記事は「クリムトの歴史」カテゴリをどうぞ。

 

Adele Bloch-Bauer I (Gustav Klimt)

Adele Bloch-Bauer I, 1907

 

  • Bildnis der Adele Bloch-Bauer II 1912

    Adele Bloch-Bauer II, 1912

 

    • Birkenwald I 1903

      「ブナの林」Birkenwald, 1903

    •  

    • Apfelbaum I 1912

      「リンゴの木」Apfelbaum I, 1912

    •  

    • Häuser in Unterach am Attersee 1916

      「アッター湖のウンターアッハの家々」Häuser in Unterach am Attersee, 1916

    •  

    • 「アッター湖のカンマー城III」Schloss Kammer am Attersee III 1910 

     

    このうち、アデーレ訴訟でアルトマン側に引き渡されたのは、上の5枚です。最後の一枚はブロッホバウアー家の絵画でしたが、他の5枚とは違う経緯をたどったため、今もウィーンのオーストリア・ギャラリー(ベルヴェデーレ宮殿)にあります。

     

    アデーレIIはアデーレIの5年後に描かれた絵画で、たった5年の間の様式の大きな変化が見て取れます。クリムトが同じ人物を二回描いたのはこのアデーレだけ。

     

    ちなみに、「リンゴの木」は私の大好きな絵で、アッター湖のウンターアッハは、私が毎年避暑に行くアッター湖の別荘のすぐそばなので、毎年5,6回は通りかかっている小さな町です。クリムトがどのあたりのアングルでどの絵を描いたのか、自分で探しに行ってみたりしました。

     

    また、カンマー城もアッター湖畔のカンマーという町にあり、こちらも年一回は行きます。お城を見るために遊覧船にも乗りましたし、クリムト絵画(カンマー城I)と同じアングルで写真を撮ってみたりもしました。

     

    アデーレ程有名ではない風景画ですが、結構私は思い入れがあって、どれも好きな絵画です。

     

     

    この6枚の絵画の現在の位置は以下の通り。

    アデーレIとII:個人所有。NYのノイエ・ガレリエで展示。

    ブナの林とリンゴの木とウンターアッハの家々:個人所有。展示されていない。

    カンマー城III:ウィーンのオーストリア・ギャラリーにて展示。

     

    では、次の記事で、それぞれの絵画がどのような運命をたどったのかを見てみましょう。

     

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    2015-12-17 16:04 | カテゴリ:クリムトの歴史

    映画「黄金のアデーレ」の内容の信ぴょう性に疑問を呈す記事をたくさん書いてきましたが、今日は、争点となっているアデーレとその夫Ferdinandの遺言をご紹介します。

     

    アデーレ関連の記事は「クリムトの歴史」カテゴリをどうぞ。

     

    <アデーレの遺言>

    アデーレの遺言の正しい内容は以下の通り。

    „Mein letzter Wille.

    Bei klarem Bewusstsein und unbeeinflusst verfüge ich für den Fall meines Todes wie folgt:

    I. Zum Universalerben meines gesamten Vermögens setze ich meinen Ehegatten, Ferdinand Bloch Bauer ein.

    Meine 2 Porträts und die 4 Landschaften von Gustav Klimt, bitte ich meinen Ehegatten nach seinem Tode der österreichischen Staats-Gallerie in Wien, die mir gehörende Wiener und Jungfer. Brezaner Bibliothek, der Wiener Volks u. Arbeiter Bibliothek zu hinterlassen.

    Dieses Testament habe ich eigenhändig geschrieben und unterschrieben.

    Adele Bloch Bauer

    Wien, 19. Jänner 1923

    http://www.vol.at/2006/01/Rueckgabe_der_Klimt-Bilder.pdf

     

    訳します。

     

    ===

    私の遺言。完全に意識した状態かつ誰にも影響されない状態で、私が死んだときには以下のようになることを希望する。

     

    1.私の遺品については、夫のFerdinand Bloch Bauerに遺す。

    グスタフ・クリムトによる私の2枚のポートレート画と4枚の風景画については、夫の死後にオーストリアのウィーン国立ギャラリーに寄贈するよう夫にお願いする。また、私所有のウィーンとJungfer. Berzanerの書庫については、ウィーンの民衆と労働者のための図書館に寄贈してください。

     

    この遺言を自署にしてしたため、署名する。

    アデーレ・ブロッホ・バウワー

    ウィーンにて1923年1月19日

    ===

     

    もちろん「グスタフ・クリムトによる私の2枚のポートレート画」は、アデーレIとアデーレIIの絵の事です。また「4枚の風景画」とは、ブナの林、リンゴの木、ウンターアッハの家々、カンマー城IIIの4枚の事です。カンマー城IIIの絵は別の経緯を辿り、アルトマンには引き渡されませんでした。

     

    また、寄贈を希望された「オーストリアのウィーン国立ギャラリー」とは現ベルヴェデーレ宮殿内オーストリアギャラリーのことです。

     

    この文章のポイントは、「自分の死後アデーレIとIIは夫に、夫の死後はオーストリアギャラリーに寄贈してくれるよう『お願いする』(Bitte)とされている事。また、のちに大きな争点となるのが、アデーレが遺言で言及している絵画の所有者が一体だれなのかということ。

     

    アデーレは1925年にウィーンで亡くなりますが、遺言には上記の様に「夫Ferdinandの死後、絵画をオーストリア・ギャラリーに寄贈してくれることを希望する」と記載していました。夫Ferdinadもその一年後、この遺言を「忠実に」守ると遺産管理宣言の中で宣言したと記録が残っています(ソース:Offener Brief an die terreichische Bildungsministerin

     

    アデーレの死後1925年から1938年の間、この絵画はElisabethstrasse 18にある自宅の「思い出の部屋Gedenkzimmer」に飾られていました。

     

    しかし、時代はアンシュルス。ドイツのオーストリア併合が近づき、夫はスイスへ逃亡。夫が不在のまま、1938年に絵はナチスに没収されました。

     

     

    次は、夫Ferdinandの遺言です。

     

    夫Ferdinandは、大金持ちの実業家でしたが、オーストリアのドイツ併合時に絵画や砂糖工場を含む財産を没収され、逃亡先のスイスで1945年にで亡くなりました。

     

    事実上死亡時にFerdinandはほぼ一文無しでした。遺言には絵の寄贈の事は直接触れられず、財産が戻ったとして、甥と姪二人に財産を1/4か1/2ずつ分けると書かれていました。

     

    こちらが本文。

     

    WS000001

    出典:http://www.bslaw.com/altmann/Klimt/Summary.pdf

     

    ==

    我が遺言

     

    精神力が完全にある中で、誰にも強制されず、私は以下を確認する。

     

    私の動産不動産の半分は姪Louise Gutmann男爵夫人、旧姓Bloch-Bauer、住所ザグレブに遺す。

    私の動産不動産の1/4は姪マリア・アルトマン、旧姓Bloch-Bauer、住所ハリウッド、カリフォルニアに遺す。

    私の動産不動産の1/4は甥Robert Bentley、旧姓Bloch-Bauer、住所バンクーバー、カナダに遺す。

     

    火葬を希望する。私の遺骨は、可能であれば妻と同じ場所に置かれることを希望する。

     

    この遺言を自署にしてしたため、署名する。

    Ferdinand Block-Bauer

    チューリヒにて1945年10月22日

    ===

     

    Ferdinandは複数の遺書を残していて、この最後の遺書を書いたときに、以前の遺書の内容は破棄されると記しています。


    この二枚の遺書は、1998年にウィーンのアーカイブが解放され、ジャーナリスト、チェルニンにより発見されました。

    今回はあまり主観を入れず、両者の遺言を淡々と訳してみました。

     

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    2015-12-13 02:11 | カテゴリ:クリムトの歴史

    日本で上映中の「黄金のアデーレ」について深く追及した記事をいくつも書いてきましたが、今回は二つ目のドキュメンタリー映像のご紹介です。

     

    映画「黄金のアデーレ」に関する記事はクリムトの歴史カテゴリへどうぞ。

     

    この訴訟を元に作られた1時間のドキュメンタリー。マリア・アルトマンや弁護士ランディ・シェーンベルクもインタビューに答えている映像です。

     

    ビデオのタイトルをここに入力します

     

    前回ご紹介した、一つ目のドキュメンタリー映像は、これらの絵画がオークションにかけられる前に作られたものでしたので、絵画がアルトマンの手に取り戻されたところで終わっていましたが、こちらの映像はオークションで売却される場面が出てきます。

     

    一つ目のドキュメンタリーに含まれていなかった内容をまずご紹介します。

     

    ・2枚の絵の芸術的価値

     

    この映像で最も興味深いと思ったのは、アデーレIとアデーレIIの絵を並べて飾る重要性です。

     

    Adele Bloch-Bauer I (Gustav Klimt)

    Adele Bloch-Bauer I, 1907

     

    • Gustav Klimt 047.jpg

      Adele Bloch-Bauer II, 1912

     

    クリムトが同じ人物を二度モデルにしたのは、アデーレだけでした。それだけでもこの二枚はセットで価値があるのですが、更に大きな芸術的秘密が隠されています。

     

    この2枚は5年の間を置いて描かれていますが、その間にクリムトの作風は大きく変わりました。

     

    アデーレIはいかにもクリムト風の金ぴかな絵ですが、2枚目は背景に明らかに日本の影響が見られ、抽象性が増しています。

     

    このように、同じ人物をモデルとして描かれ、おまけに作風が大きく変わった変化を見ることができるという点でも、この二枚の絵は並べて鑑賞されると更に価値を増すと言えます。

     

    それなのに、アルトマンはオーストリアからこれらの絵画を返却された後、半年後にオークションでバラバラに売却しています。

     

    正確にいうと、アデーレIはオークション前に個人的にエスティ・ローダー社長に売却、オークションではアデーレIIと3枚の風景画をバラバラに個人収集家に落札されています。

     

    ・また悪者が一人。。

     

    もう一つこの映像で感じることは、この絵画を担当している教育芸術省の大臣を一方的に悪者にしています。もちろんオーストリアの役所は官僚的で感じが悪いところはありますが、それは彼女がユダヤ人だからというわけではなく、だれに対しても感じが悪いのです(苦笑)。

     

    オーストリアの役所仕事っていうものはそういうもので、外国人が何かしようとするといつもこんな感じなんです。それに大臣だけが悪者になっていますが、彼女の個人的な意見でも、保守党の考えでもなく、専門家が「アデーレはオーストリアに属する」と考えた理由や証拠があったはずです(アデーレの遺書とか)。そもそもオーストリアの保守党って別に外国人嫌いじゃないよ?

     

    ・アルトマンの英語

     

    28分辺りとか、マリア・アルトマンが話しているのを聞くと、相当強いオーストリアのドイツ語のアクセントのあるドイツ語です。ヘレン・ミレンの英語の方がずーっとアクセントは少ない感じ。

     

    ・アデーレ売却の理由

     

    アデーレIIと3枚の風景画は、返却の半年後、NYのクリスティーズでオークションにかけられました。

     

    オークションに先立ち、ランディ弁護士が売却理由を「セキュリティ」だと答えています。これらの絵を取り返したものの、「われわれはこれらの絵画を持っておく能力を持たない do not have ability to keep them」ので売却すると言っています。(←いや、普通こういう絵画を持っている人で、セキュリティが心配な人は、美術館に寄贈したり長期貸与したりするものなのでは?)

     

    更に、「これらの絵画を、他に良い目的のために遣えるもの(つまりお金w)に変換することにした。このお金で色んなことができる(目が泳いでるw)」「その結果個人所有になってしまっても仕方ない。元々アデーレという個人の持ち物だったのを、オーストリアが勝手に一般に展示してただけだ。持ち主が好きにしていいはずだ。」と言っています。

     

    映画を見た方、この発言どう思います?私はブチ切れました。前のドキュメンタリー映像では「5枚の絵画をベルヴェデーレに」とか「すべての絵画は一般に展示されることを希望する」とか言ってませんでしたっけ?映画でもそうでしょ?

     

    こんな素晴らしい芸術作品を「個人所有になってしまっても仕方ない」って、それがどれだけの世界の損失かわかってるの?オーストリアが勝手に一般に展示していたって、それが一番芸術作品の価値を理解し、尊重した扱いだし、持ち主が好きにしていいレベルを超えた芸術作品ですけど!

     

    更に、ベルヴェデーレとの間では、寄付、5枚セットで売却、長期貸与と交渉があったわけですが、「寄付は考えていなかった。68年ベルヴェデーレが持っていたのだし、その後で寄付する意味はなかった」と言っています。

     

    ・オークション映像

     

    そして最後の50分で、オークションで落札されていく映像があります。正直、結構見ていてキツイものがあります。。

     

    実際映像見ながら書いていたら、こんな感じになってしまいました。

     

    「ブナの木」は電話で落札。(泣ける。。。)
    「アッター湖」は会場で落札。(泣ける。。ひどーーー。)
    「リンゴの木」は電話で落札。(あああだめーーー!!!)
    「アデーレ2」 緊張の中、電話で落札が完了しかけた時に、もう一声新しい落札者が割り込み、会場に笑いが。(笑うな!!!!本気でムカついてきた。。)

     

    オークション直後にインタビューされたランディ弁護士は、興奮した面持ちで「クリムトの絵画が会場に出された時、空気のエネルギーを感じた。」と言っています。思い出の品が売れていくのが寂しいとか、価値の分かる人に所有されたいとかではなく、勝ち誇ったような印象をうけましょた。これが彼らが絵画に対して持っていた本心なんでしょうね。。

    この4枚の絵画は、どこにあるのかはミステリー。買い手は秘密とのことです(のちアデーレ2は一般公開されます)。

     

    アデーレIを世界最高価格で購入した、エスティ・ローダー社長は、14歳の頃、ウィーンで初めてこの絵を見て、自分の成長の象徴と思っていたんだとか。そりゃ、思い入れはないよりある方がいいでしょうが、この絵に特別な思いを抱いている人は他にも沢山いるでしょうし、彼だけが特別この絵が好きってわけでもないよね。。

     

     

    というわけで、この事件を追っているものとしては相当見るのが辛くなる、オークション映像をご覧いただきました。

     

    アデーレ記事まだまだ続きますので、引き続き当カテゴリチェックしていてくださいね。

     

     

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    2015-12-11 16:37 | カテゴリ:クリムトの歴史

    ウィーン好きな方やクリムト好きな方ならもしかしたら見に行かれたかもしれない映画「黄金のアデーレ」ですが、ウィーン視点から見るとおかしなところが沢山あります。

     

    そんな記事をクリムトの歴史カテゴリにまとめていますので、関連記事に興味のある方読んでみてください。

     

    Adele Bloch-Bauer I (Gustav Klimt)

    Adele Bloch-Bauer I, 1907

     

    映画「黄金のアデーレ」が作られる前に、二つのドキュメンタリー映像が作られていたことをご存知ですか?

     

    どちらもマリア・アルトマンやランディ・シェーンベルクなどの実在の人物がインタビューに答え、実物や実際の土地が映像として登場しますので、映画より実話に近い作りになっています。

     

    こういう映像を2本も作ってしまうんですから、映画以前にも自己正当化する気満々だったんですね。けど、ドキュメンタリーではうさん臭さを隠し切れなかったので、女優を使い再現映像で美化した映画を作ることで、この捏造美談の嘘くささを消そうとしたんではないかと勘ぐってしまいます。

     

    この2本のドキュメンタリー映像のうち、今日ご紹介するのは最初に作られたもの。2006年の映像ですので、絵画の所有権が彼女に移った後、オークションで売却される前という時期です。売却前ですので、見方によっては説得力のある内容です。(やはりこの美談は売却することで一気にひっくり返ってしまいますからね。。)

     

    ビデオのタイトルをここに入力します

     

    英語ですが、結構長いので内容を解説します。インタビューされるのは、マリア・アルトマンとランディ・シェーンベルク以外に、ベルヴェデーレ側の弁護士、オーストリア人学芸員、オーストリア人芸術史の専門家、アメリカ人ホロコースト歴史学者、オーストリア人教授等。

     

    最初の3分でGottfried Tomanというベルヴェデーレ側の弁護士が話します。「この絵画はオーストリアの物です。この絵画はナチに盗難されたと主張していますが、遺言や契約があれば、後でそのどのような形でそこに来ることになったかは重要ではないのです。」(←一見冷たいことを言っているようだが、全く普通の主張)

     

    その後も彼の発言が挿入されますが、先にまとめておきます。

     

    「この絵画はアデーレのものと認める証拠があります。」

     

    「アルトマンの主張は、Personal History Life(個人的な人生史)に偏っている。彼女はホロコーストの犠牲者だが、その事実はアデーレの絵画の所有権とは直接関係がない。」

     

    上記の彼の発言は、至極まともで常識的なことを言っているが、妙に編集され、最も感じ悪く聞こえるタイミングで挿入されているという印象を受けました。例えば、延々とナチスの酷さを訴える映像を流した後で「ホロコーストの酷さとこの絵画の所有権とは関係ある?」みたいな感じで、悪意の感じられる編集の犠牲になっている様に見えます。

     

     

    シェーンベルク弁護士(ランディ)とマリア・アルトマンのインタビュー映像もあります。ランディ弁護士は、アデーレの遺言によってオーストリアが所有しているということは「事実正しくない」と主張(←わざとぼかして表現して、まるで正しいように映像化していますが、実際は1998年までは、アデーレの遺言以外の文書が発見されていなかったわけですから、オーストリアはしっかりと一般に展示していただけなんですよね。。)

     

    アデーレの住居は18 Elisabethstrasse。ウィーン造形美術アカデミーの近所。ヒトラーがウィーンの造形美術アカデミーの試験を落ちて画家になれなかったと言及されます。(←それは今回のアデーレ騒動は関係ないだろう。。無理やりナチスネタを混ぜてきてる感が。。)

     

    アデーレの住居も没収(売却)され、ドイツ鉄道の本部となった。その場所はオーストリア鉄道に引き継がれ、今はOeBB(オーストリア国鉄)が入っている。

     

    アデーレの夫、Ferdinand Bloch-Bauerについて。砂糖工場の社長で金持ち。住居の写真も写ります。

     

    Ferdinandは金持ちのユダヤ人で、ナチに不当に多額の脱税を指摘され、財産を現金化する必要があった。その際現金化担当者(Ferdinandの代理人だがナチス側の人物)はErik Fuerher。

     

    この担当者ははアデーレIとIIをベルヴェデーレに持ち込み、その後アデーレIを持ち出してクリムトの非嫡出子に売った。アデーレIIはベルヴェデーレに。他の絵画もバラバラになった。

     

    1941年にこの代理人からベルヴェデーレの美術館に対して、「アデーレ」と「リンゴの木」の二枚の絵画を取りに来るようにとの手紙が残っているが、これがFerdinandが絵の所有者だったという証拠として提出されている。

     

    実際は絵画はナチスに没収されたという単純な話ではなく、代理人が売ろうとして不当に安い値段で買い取られ、また買い戻そうとして、結局別の絵と交換させられた、といった複雑な背景。(←没収というと感じが悪いので、その辺りはナチスも抜け目ない。しかしこの映像の最後の方で、シェーンベルク弁護士は「盗まれた」とはっきり言っている。正確には「不当に買いたたかれた」のに「盗まれた」という表現は正確さに欠ける。)

     

    おまけに、当のFerdinandはスイスに亡命中で、代理人のこの動きをコントロールできたわけではなく、代理人に裏切られたと怒り、絵を取り戻したいと言っていた。(←そもそも代理人はナチス側の人間だから、裏切るも何もないと思うんだが。。)

     

    Ferdinandは売られた絵画を追跡しようとした。アデーレが夫Ferdinandに残した、オーストリアの美術館に寄贈するというお願いは、この時点で無効になった(とアルトマン側は主張する)。その後すぐ、1945年にFerdinandは亡くなった。その際の遺言には、「過去の遺言はすべて無効に。1/4ずつは二人の姪に、半分は甥に遺す、という内容だった。

     

    マリア・アルトマンの兄Robert Bentleyが依頼した弁護士が一度Ferndinandの絵を取り返そうとした。あまり細かい取り決めをオーストリアと結ばなかったが、実際クリムトを除く多くの絵画は取り戻された。その後、Ferdinandの遺言を詳細に見てみて、このやり方が間違っていた(すべての絵画を取り戻す根拠があった)と気が付いた。

     

    ナチスによるクリムトの展示の映像。アデーレ・ブロッホバウアーと本名を書くと、名前でユダヤ人であることがバレるので、Woman in Goldというタイトルでユダヤ性を隠された。(←だからって、ナチスの真似してこの映画のタイトルも同じにすることないじゃん。)

     

    絵画発見の経緯。1997年2枚のエゴン・シーレの絵画がNYで展示中、この絵画がウィーンでユダヤ人から没収されたことが判明。ウィーンのアーカイブが開かれ、他の絵画も合わせて調査が行われた。1998年調査が始まり、ロスチャイルド家所蔵を含む絵画が返還された。マリア・アルトマンにも16枚の絵画が返却されている(←つまり、オーストリアがアルトマンをだましていたわけではない。返却の際、アデーレ本人の遺言に基づいて、5枚の絵画はベルヴェデーレに残った)

     

    歴史美術史専門家:この時に絵画を取り返そうとしていた人達は、家族の名誉や歴史の為で、お金や売却目的の人はいなかった(←アルトマンは速攻売り払ったけどねw)

     

    この映像の最後で、アルトマンは「子供が7人、孫も生まれた。オーストリアにアデーレの絵が残れるようと言った」と言っている。(←正直、その後のバラバラ売却の事を知ってこれを聞くと、はあ?って感じだよね。)

     

     

    結構内容にかっこでツッコみ入れさせてもらったけど、冷静に見て気が付いた点

     

    ・ナチスの酷さ、ユダヤ人のかわいそうさが盛りだくさんでエモーショナルに訴えて来る構成

    ・「証拠がある!」「盗まれた!」「騙された!」という割に、せっかくのドキュメンタリー映像なのに、その証拠の映像も内容も出てこないのはなんで?

    ・ランディ弁護士が「盗まれた!」って言ってるのに、他の専門家が正確な事実を言うもんだから、内容が矛盾してたり、正確さに欠けてたりする。ドキュメンタリーなら真実を正確に映像化する物なんじゃないの?

    ・ベルヴェデーレ側弁護士がすごい悪者に聞こえるように編集されてる。かわいそうなユダヤ人に同情できない冷血漢みたいな。この弁護士、よく敵側のドキュメンタリーなんて出る決断をしたもんだ。それだけでも感謝すべきなのに、こんなひどい編集されて本当にかわいそう。これだけ見たらこの弁護士、悪者に見える。。映画と同じで、現代のナチスの残党の悪いオーストリア人的なイメージになってる。。

    ・オーストリア人でインタビューに答えている人(学芸員のおじちゃん、教授のおじいさん、歴史家の女性)は真摯に答えているという印象。言葉を選んで、どちらのサイドにも撮られないよう、慎重に専門的な意見を述べていて、非常に内容は参考になる。オーストリア側の気持ちも代弁しているし、ユダヤ人にも同情的で、この三人はとてもうまく答えていると思う。

     

    この映像で、唯一素晴らしいと思ったのは、6分くらいでウィーンのベルエポック時代の映像が出て来ること。超初期の市電や馬車バスが動いているのはちょっと感動します。

     

     

    というわけで、英語ですし長いので、別に見る必要はないかもしれませんが、映画を見て本人たちに興味がある方々、映画よりまだ真実に近い(けど編集されてゆがめられた)バージョンを見たい方はぜひどうぞ。私は内容的にかなり参考になったので、一気に見てしまいましたよ。

     

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    2015-12-07 07:39 | カテゴリ:クリムトの歴史

    日本で上映中の「黄金のアデーレ」ですが、かなり私が当時聞いた話と違う内容の映画なので、色々と調べて記事を書いたところ、多くの反響を頂いています。

     

    クリムトとアデーレ関連の記事は、クリムトの歴史カテゴリからまとめてご覧いただけます。

     

    Adele Bloch-Bauer I (Gustav Klimt)

    Adele Bloch-Bauer I, 1907

     

     

    オーストリアでこの映画が放映されると、各メディアが非難轟々のレビュー記事を出しました。それを細かく見ていくと、映画自体の批判よりも、この映画の詳細の嘘の指摘が多く見られます。

     

    Der Fall "Goldene Adele", tendenziös erzählt - KURIER.at

    この映画の批判記事。特に事実に反した部分の説明。

     

    "Die Frau in Gold": Faktentreue ist eine schlechte Dramaturgin - Restitutionsfragen - derStandard.at › Kultur

    こちらも映画の批評と事実に反した部分の説明。それも映画でチェルニンが記者として紹介されている(本当は違う)Standard誌の記事。

     

    事実に反した部分は、上記の記事をソースとして、独語版Wikipediaにも箇条書きにしてあります。

    Woman in Gold - Wikipedia, the free encyclopedia

    Die Frau in Gold – Wikipedia 

     

    オーストリアのメディアは、この映画自体に(私がブログで怒っているように)ものすごく憤っているのですが、「なんとなくこの映画好きじゃない」というのではなく「この部分が事実と違うけど、もしかして映画の信ぴょう性疑わしいんじゃない?ストーリーありきで色々事実を捻じ曲げてませんか?」という論調で疑問を呈しているわけです。

     

    そして、その「事実に反する箇所」の殆どは、オーストリア人ジャーナリストチェルニンに関する部分。それも結構決定的に間違っています。

     

    ・映画では、チェルニンはアルトマン側の唯一のオーストリア人として描かれてはいるが、作品中で鍵となる文書を発見するのは、アルトマンと弁護士。(一人は老人でもう一人はドイツ語できないのにどうやって発見するんだ。。映画見た人この辺りの経緯教えてください。。)

     

    実際は1998年にチェルニン自身がベルヴェデーレのアーカイブを詳細に調査し、6枚の絵の所有権についてアルトマンに通知した。それを受けてアルトマンは訴訟を起こすことを決め、すべてが始まった。

     

    ・チェルニンがアルトマンたちを助けた動機として映画では、チェルニンの父とナチスとの関わりを上げているが、実際はチェルニンが父とナチスの関わりを知ったのは2006年の死の直前。アデーレ事件の時は知らなかったので、動機になりようがない。

     

    ・チェルニンはStandard誌の記者として紹介されているが、事実はProfil誌の記者。どちらも超有名な会社だが、Standardは新聞でProfilは雑誌。オーストリア人ならこの違いは明白。おまけにチェルニンはProfilの編集長で、世界中を驚かせたスクープを三発も出した実力派(一つ目は高位聖職者の性犯罪、二つめはヴァルトハイム事件。アデーレは三つ目)。彼自身に関する報道も多く、かなり社会をにぎわしたので、彼の名を知らないオーストリア人はいないくらい。

     

    ・映画では「Investigation Journalist(捜査ジャーナリスト)」とされているが、「捜査ジャーナリスト」という肩書は本人は使ったことはなく、本人はジャーナリストで出版人(Profil誌編集長辞任後は、自分で出版社を作った)という肩書を使っています。

    ・実際の判決は、当事者のみに行われ、観衆や大臣などの前で大広間で行われたわけではない。

     

    ・映画でマリア・アルトマンと夫のフリッツは、死にかけているマリアの父を置いてウィーンを脱出しますが、実際は死を看取ってから脱出しています。

     

     

    ここまで明らかに事実に反することを映画にしちゃっていいの?特にチェルニンがいなかったら、取り戻せることすら知らなかったはずなのに、オーストリア人が嫌いなんだか何だか知らないけど、唯一の仲間のチェルニンまでそんな扱い。。

     

    もう、なんでそんなにオーストリアが嫌いなのか知りませんが、せめて嘘だけはつかずに映画にしてほしいものです。ここまでウソばっかりだと、やはりこの映画の信ぴょう性がどんどん怪しくなってくることに、制作者側は気が付いていないんでしょうかね。。

     

     

     

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    2015-12-03 07:05 | カテゴリ:クリムトの歴史

    映画「黄金のアデーレ」ががどこまで真実なのか、オーストリア視点で追及した記事をいくつか書いてきました。調べれば調べるほど、この映画の「いやらしい」ところが発掘されて、記事がどんどん増えて行ってしまうのですが、特にこの映画レビューがあまりに私の気持ちを代弁していたので、ご紹介します。

     

    Varietyによるこの映画のレビュー。相当酷い書きよう。いや、このレビュー読んでちょっとスカッとしたよw

     

    それも、オーストリア人が書いたレビューじゃないのに、とてもオーストリアに好意的(というか、映画の美談に懐疑的)な内容。やっぱり見る人た見たら変だと思うよね。。

     

    「『黄金のアデーレ』は傑作映画なんかじゃ全然ない」ってタイトル。内容も相当皮肉が利いていて、それでいて的確。

     

    ‘Woman in Gold’ Review: No Masterpiece for Helen Mirren | Variety

     

    まず、このレビューでは、映画の概要を説明してます。見ていない人でもこの映画の方向性がよくわかるようになっています。

     

    この映画において、現代のオーストリア人は、「法律に縛られ、芸術を盗んでばかりのモンスターのように、悪意を持って風刺されている(noxious caricature of modern Austrians as law-bending, art-thieving monsters.」とのこと。おまけに、「オーストリア人はみんな、残忍で欲深く意地悪な、典型的な悪者として描いている(presenting all Austrians as cardboard villains — cruel, greedy and staunchly unhelpful)」とのこと。

     

    映画見てないけど、そんな感じだろうと思った。ナチス時代のオーストリア人を悪者にするのは仕方ないにしても、だからってなんで現代のオーストリア人が悪者なわけ?

     

    更に、この批評を引用しつつ訳していきます。頷くことばっかりだったので、訳すのもすかっとした!

     

    「クリムトは映画の最後で、アルトマンの訴訟の結果を受けて微笑みを浮かべて登場する。しかしながら事実は、オーストリア政府はアデーレの遺志をしっかり称え、誇らしく「アデーレ」を60年もベルヴェデーレ宮殿に展示していたのだ」

     

      • He (Klimt) will resurface at the end to smile approvingly upon the outcome of Altmann’s case, despite the fact that the Austrian government had effectively honored the wording of Adele’s will, proudly displaying “Portrait of Adele Bloch-Bauer I” for some 60 years in Vienna’s Belvedere Palace.

     

    つまり、オーストリア政府が悪いことをしたわけではなく、普通にアデーレの遺志を継いで展示していたにすぎないのに、何をクリムトを引き合いに出してまで、寄ってたかって悪者にするのか、という意味。

     

    まけに、オーストリア政府的にはアデーレの遺言を無効にする他の文書も事実も見つからなかったわけだから、別にマリア・アルトマンをだましていたわけでもない。あとから色々理由付けて、アルトマン側が屁理屈こねれば取り返せそうな文書を引っ張り出してきたのは、1998年になってからです。

     

    次の引用。

     

    「この映画が全く触れない、とても重要な問題がある。『芸術は誰かに所有されるものなのか?』音楽や映画が自らの所有権のコントロールを失った現代において、世界で最も価値のある絵画たちが、個人所有である意味があるのだろうか?」

     

    there’s a monumental issue at stake here that the film scarcely acknowledges: Does (or should) anyone really own art? At a moment when the music and movie industries have all but lost control of their own product and the public feels more entitled than ever to access such media for free, what does it mean for the world’s most valuable paintings to remain in private hands?

     

    これ、とっても重要!!!!芸術は芸術として生まれた時から、誰かの所有物なのか?って、芸術を題材にした映画では永遠の命題じゃないですか!!!それを「この名画は私の物!返して!!!」って必死で戦うおばちゃん(後で売っちゃうしw)を美談にしちゃうなんて。。芸術論議完全に間違ってるよ。。

     

    おまけに、このアデーレの2枚の絵は、クリムトが同じ人をモデルに2枚描いた唯一の絵で、たった5年の間に大きな絵画スタイルの変化が見られるという点でも非常に貴重。つまり、バラバラに所有されてバラバラに展示されるより、同じところで展示される方が、比較しやすく、芸術的価値も高いとされるということ。

     

    なのに、せっかく勝ち取ったのにバラバラにして売っちゃうとか、芸術的価値観0、作品知識0、芸術への敬意0、おまけに自分の叔母さんへの思慕の気持ち0!!!!!(←相当怒ってます!)

     

     

    次の引用行きます。

     

    「この映画では、この訴訟はお金が問題なのではないと言っている。アルトマンは、洗濯機を買うのもいいわね、と発言も。しかし一方、映画製作者がこの映画を作ったのは、あの意地悪なオーストリア人の顔を見てやるためである。かつてベルヴェデーレに『黄金のレディ』が展示されていた場所が映る場面を思い描くがいい。それこそプライスレス。」

     

    The film goes out of its way to stress that her fight was not about the money. It would be nice to buy a new washer machine, she admits at one point. As for the filmmakers, they’re doing it to see the looks on the faces of all those nasty Austrians. Picture a screengrab of that moment, displayed in the Belvedere where “The Lady in Gold” once hung. Priceless.

     

    そうなんだよ。もうこのレベルの大金持ち(おばちゃん、弁護士、買い取った社長)になると、どう考えてもお金の問題じゃなくて、誰に赤っ恥をかかせるか、誰に思い知らせるか、っていうのが問題なんだよ。

     

    だから、「アデーレ」を取られて悲しい思いをしている、おばちゃんに何も悪い事なんてしていない、現代の一般のオーストリア人を見て、名画奪還チームは「ざまーみろ」と勝利感に酔ってるわけだよ。

     

    丸でオーストリア政府がおばちゃんをだまして不当に絵を所有していたみたいに取られるじゃないか。実際は「解釈によっては所有権がおばちゃんにあるかもしれない」と思される文書が発見されたのは1998年で、それまではオーストリア政府は何の問題も疑問もなく、普通に展示してただけだったのに。

     

    そもそもこの人たちにとって、芸術品なんて、自分たちがいい気分になるための戦利品でしかないし、芸術の真の価値(公の場に展示され、沢山の人の心を感動させること)なんてどうでもいいんだよね。

     

    自分たちの私利私欲で買い取って、5枚のうち3枚は美術館に飾られることもなく個人所有になって地下に潜ってしまうという悲劇を招いた。「5枚とも一般に展示されることを希望する」なんて言ってたくせに、おばちゃん自身がバラバラにオークションにかけ、匿名の人に売っちゃったせいで、貴重な絵画3枚ももう生で見れなくなっちゃったんだよ!!世界にとってものすごい損失じゃないですか!!!!

     

    そのうち一枚は、私も生で見て大好きな「リンゴの木」だし、もう一枚も思い出深い「アッター湖」の絵。私が生きているうちに世界のどこかの美術館で見ることができる可能性は、ないかもしれない。

     

    そう思うと、やっぱりこの訴訟について憤りを感じるし、いくら映画が美談にしようとも、その訴訟で嫌な思いをしている人たちがいることを完全になかったことにしたうえ、その人たちを悪者扱いして世界中に言いふらすなんて、とっても卑怯だと思う!!!!

     

    と、めっちゃアツくなっちゃいましたが、やっぱり納得いかないこの映画。お金払ってまで見たくもない。あー、私みたいにぷりぷり怒ってる人が、アメリカのレビューアーに一人でもいてよかったよ。

     

     

     

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    2015-12-01 06:58 | カテゴリ:クリムトの歴史

    オーストリアのベルヴェデーレ宮殿のオーストリア・ギャラリー所蔵され、アメリカ人の訴訟によりバラバラにして売られたクリムトの名画「アデーレ」と他4枚の絵について書いて来ましたが、この話を元にした映画「黄金のアデーレ」のトレイラーを見てしまいました。

     

    英語タイトルはWoman in Gold、独語タイトルはDie Frau in Gold.

     

    うわー。これ。。

     

    ビデオのタイトルをここに入力します

     

    どう見てもオーストリア悪者。。過去のナチス時代のオーストリアが悪者ならいいけど、現代のオーストリア人が悪者過ぎるww 

     

    This is not legally buinding!と言う弁護士の台詞があるけど、そもそもアデーレの遺言ではベルヴェデーレに寄贈するはずだったんだし、オーストリアが所蔵してるのは、この話し合いの時点では少なくとも違法ではないでしょー。偏り過ぎている。。

     

    どちらかというと、ナチスが奪い取ったものを、戦後のオーストリア政府が敬意をもって保管&展示していたわけで、その辺でホコリ被ってたわけでもあるまいし。

     

    おまけに、「皆さんにとってはクリムトの名画でも、私のとっては家族のの形見です」ってwww 返却されたら速攻売却してるしww形見なら手元に置いておきたいんじゃないんですかね?

     

    こちらがドイツ語版トレイラー

     

    ビデオのタイトルをここに入力します

     

    英語版トレイラー。どれも微妙に違います。

     

    ビデオのタイトルをここに入力します

     

    ヘレン・ミレン、ドイツ語訛りの英語で話してますねー。確か、新婚当時にオーストリアからアメリカに逃げたはずなので、アメリカにおばあさんになるまで住んでいても、ドイツ語訛りが残っていると。

     

    明らかにウィーン2区(ユダヤ人地区)っぽい街角が出てくるのが、見てて懐かしい感じ。

     

    感動的なスピーチ的なシーンの台詞、日本語版では「皆さんにとってはクリムトの名画でも、私のとっては家族のの形見です」ってセリフ、英語ではこう言ってます。

     

    People see a masterpiesce by one of Austria’s finest artists, but I see a picture of my aunt. A woman who used to talk to me about life. We should be reunited with what is rightfully ours.

     

    「人々にとっては、この絵はオーストリアの最も素晴らしい芸術家の一人の傑作なのかもしれませんが。しかし、私にとっては、叔母の絵画に過ぎません。私に人生について語ってくれた叔母の。私たちが所有する権利のあるこの絵を、手に入れなければならないのです」

     

    日本語版トレイラーで省略されてる台詞も含めて訳してみたけど、Reunitedの下りが難しい。ニュアンス伝わったかな?

     

    この台詞、どのトレイラーでも最後の決め台詞になってる。。ここだけ聞けば、いい台詞なんだけどね。。さっきもつっこんだけど、Reunitedされたかったら、売却するのはやっぱり美談としての説得力に欠けるよ。。

     

     

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    2015-11-05 06:50 | カテゴリ:クリムトの歴史

    さて、クリムトの名画「アデーレ」を巡る映画「黄金のアデーレ」で話題になっていますが、(たぶん)映画になっていない、オーストリア側のお話を記事にしています。

     

    今回は、ウィーンからアメリカに渡った「アデーレ」他5枚の絵が、その後バラバラに売却されるニュースを聞いてショックを受けた時に書いた日記です。

     

    まあ、日記なので相当私の個人的な思い入れも入ってますが(特に「リンゴの木」好きだったのに。。)、当時の心境ってことで一応記録にしておきます。

     

    ===

    2006年08月16日

    売られていくクリムト(涙)

     

    ああ。。。ついこないだまでベルヴェデーレにあったクリムトがばらばらに。。。


    アメリカに運ばれた後、ロサンジェルスの美術館でしばらくまとめて展示されてたんだけど、6月にアデーレIが絵画史上最高額155億円で落札。米国の富豪ロナルド・ローダーが所有する美術館「ノイエ・ギャラリー」(ニューヨーク市)のために購入しました。


    個人的には、クリムトはさすがにいいとは思うけど、アデーレってクリムトで一番有名な絵じゃない上、クリムトって言っても現代絵画だし、なんか、クリムトが史上最高額って言うのがなんか納得いかないんですが。


    それまでの最高額はピカソの「パイプを持つ少年」だったらしく、ピカソなら何となく納得。別に優劣を言ってるわけじゃないけど、クリムトにそこまで払うって言うのが納得いかないというか、金に物を言わせて話題作を買い取ったって感じで好きじゃないなあ。


    ま、個人的にはオーストリアに難癖つけて裁判で絵を持っていったユダヤ人女性(アデーレの姪で70歳くらいのおばあさん)自体が気に食わないわけですが。

     

    だって、クリムトから直接絵をもらったモデルのアデーレさんは自分の死後オーストリアに絵を譲渡するように言ってたわけで、それをナチスに取り上げられたと今更言い出す親族が非常にいやな感じ。

     

    それに、ニュースのヘッドラインは「ナチスがユダヤ人実業家から没収したクリムト」という言い方をするので、事実を反映しているとは言いがたいね。。


    で、今回のニュースがこう出ました。


    ■クリムトの絵、ばらばらにオークションに…高額なため(読売新聞 - 08月16日 19:41)


    (ニュース引用)


    ウィーン世紀末美術を代表するオーストリアの画家グスタフ・クリムト(1862~1918年)の「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像2」など4点が11月に米ニューヨークで競売にかけられる見通しになった。

    ナチスがユダヤ人実業家から没収した5点のうちの4点で、ウィーンの美術館に展示されてきたが、今年3月ロサンゼルス在住の実業家の親族に返還された。

     

    当初、親族側は5点をまとめて美術館に売却する予定だったが、高額なため買い手がつかず断念。

     

    「ウィーンの至宝」と呼ばれた5点の絵画は、ちりぢりになる可能性が高い。専門家は4点の価値を計1億ドル(116億円)以上と推定している。
    (引用終わり)

     

    そう来るか。つまり、まとめて売りたかったのに高すぎたのでばらばらに売ると。なんか、更に金の匂いがして非常にいやな感じ。「親族側」は自分の家族に属する大事な絵だから返して欲しかったわけではなく、どっちにしても売り払って金にしたかったわけですね。で、言い値が高すぎてアメリカの美術館ですら買ってくれない、と。

     

    最初に裁判に勝った時は、マリアさんは「人に見てもらえる美術館に売却したい」と言っていたけど、ばらばらになるんだったら、個人所有とか分けわからんことになる可能性も。もう、ほんとむかつくーーー!!


    でも、まだまだすばらしいクリムトの作品はたくさんウィーンにあります。ベルヴェデーレにいちばん有名な「キス」があるし、所有権を主張されても持っていかれない壁画がブルグ劇場や美術史美術館などにあります。5枚くらいもっていかれても別に悔しくないよーだ、と言ってみる。。

     

     

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    2015-11-02 07:00 | カテゴリ:クリムトの歴史

    映画「黄金のアデーレ」公開を機に、クリムトの名画「アデーレ」がアメリカに行ってしまった経緯とその後について、二回に渡って記事にしましたが、そういえば・・と思い返し、当時書いた日記を掘り返してみました。

     

    アデーレの返却が決まった時、オーストリアから運び出された時、売却された時と、2006年に三回の関連日記を書いています。前の二つの記事のように、きっちり調べて事実を書いたわけではないですが、当時の私やオーストリア人の感情は、このままの文章の方が伝わるのではないかなー、と思い、引用しておきます。

     

    ====

     

    2006年03月13日「チャオ・アデーレ」

     

     

    なんと、オーストリア所有のクリムトの絵が5枚、どっかにいっちゃいます!!!


    このニュース、12月から2月ごろまでウィーン中大騒ぎだったんだけど、日記を書きそびれてたのです。


    実は、去年末、仲介裁判所(って何か聞かないでねw)の決定によると、戦争中にユダヤ人からナチスが取り上げ、そのままオーストリアのものになっていたクリムト5枚を持ち主のユダヤ人(マリア何とかという70歳くらいのおばあさん)に返却する命令が出たそう。(余計なことせんでいいのに!とちょっと思った)


    1月ごろには、オーストリアがこの5枚を買い戻すならオーストリアの所有になるという話だったんだけど、オーストリアはお金を出さなかったので(何十億もしたらしい)、そのまま持ち主のおばあさんが好きなときにオークションかけれるようになってしまったらしい。


    ちなみに、持ち主のユダヤ人はクリムトの元モデルだったらしい。(クリムトの愛人にはユダヤ人が多かった)あと、この直接の持ち主は遺言にオーストリアに寄贈するように明記してたらしいが、相続人がごねて仲介裁判所につめより、裁判を起こして5年も戦った末に絵を手に入れる判決をゲットしたのだとか。めちゃくちゃな話やね。。


    この5枚の絵は今のところまだウィーンのベルヴェデーレで見ることが出来ますが、今にもオークションにかけられようかという状態らしい。どうしても見たい人は今のうちにベルヴェデーレにダッシュだ!ちなみに、いちばん有名な「接吻」はいなくならないのでご安心を。

     
    今にもなくなる5枚の絵は以下のとおり
    Adele Bloch-Bauer I, 1907(アデーレ)
    Adele Bloch-Bauer II, 1912(アデーレ2)
    Der Apfelbaum, 1912頃(りんごの木)
    Häuser in Unterach am Attersee, 1916頃(アタセーの風景画)
    Birkenwald/Buchenwald, 1907(森の絵)


    ウィーンでは各地で「チャオ・アデーレ」と書いたポスターが並び、最後をしのんでいる模様。もう去年2回見に行ったから、とりあえずいいけど、それにしてもひどい話だね。。

     

    ====

    2006年03月16日

    「アデーレ、ウィーンを去る」
     

    今日、地下鉄でタダで配ってる新聞をざーっと読んでたら、なんとも目にしたくなかったニュースが。。


    ベルヴェデーレにあるクリムトの5枚の絵がユダヤ人女性への返還されることがが決定したと言う日記をこないだ書いたけど、とうとう昨日その5枚の絵がベルヴェデーレから輸送業者の手によって外されたそうです。


    この5枚の絵はアメリカへ輸送され、4月4日からロサンジェルスの美術館„County Museum Of Art“で展示される予定。


    ちょっと希望が持てるのは、絵の旅立ちにもかかわらず、ウィーンの画廊オーナーの一人が未だ買い戻すべくがんばって銀行などに声をかけているってこと。まあ。こんなに無情に持ち去られてしまったんだったら、そう簡単に買い戻せないとは思うけど、やっぱり帰ってきてほしいなあ。。ベルヴェデーレが寂しくなりそう。。(泣)

     

     

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