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2015-10-31 06:36 | カテゴリ:クリムトの歴史

(前回の「アデーレ騒動とその後」記事の続きです)

 

クリムトの名画「アデーレ」を含む5枚の絵画は、2006年2月にウィーンからロサンゼルスへ運ばれました。そこで数週間展示された後、6月にアデーレは、世界最高額で大金持ちに買い取られました。(ちなみに、それまでの最高額はピカソ)

 

購入したのは、化粧品会社エスティ・ローダーのローダー社長で購入金額は1億3500万ドル(約150億円)。

 

Adele Bloch-Bauer I (Gustav Klimt)

Adele Bloch-Bauer I, 1907

 

当時の最高金額で新聞をにぎわせ、オーストリア人は裏切られたような気分でニュースを聞きました。個人的には、大切な叔母の思い出だから返却してほしかったんじゃないの??金目当て?と思わずツッコんでしまいました。できれば、アデーレの親戚に絵を持っていてほしかったという気持ちは、オーストリア人なら持っていると思います。

 

このローダー氏は、元駐墺国米国大使だった頃にこの「アデーレ」に絵を見て惚れ込んだそうです。彼は、ナチスに略奪されたアメリカ在住ユダヤ人の美術品を取り返す活動を熱心にやっていて、ニューヨークのノイエ・ガレリエ(なぜか独語)に取り返した美術品をコレクションとして展示しています。もちろん「アデーレ」は彼のコレクションの最高額の絵画です。

 

記事によると、ローダー氏はこの絵画を自分のコレクションに加えた時「これは我々のモナリザだ」と言った後急いで「これは皆のモナリザだ」と言い換えたそうです。更に、化粧品会社ということで、黄金のアデーレはイメージにピッタリではないですか。

 

ちょっとローダー氏の事を調べるだけで、相当な人物であることがわかります。東欧系ユダヤ人なのは別にいいんですが、世界的なユダヤ人系の組織の長を務め、元外交官であり活動家であり実業家。ちょっと調べただけもいろんな国の政治に横やりを入れているようです。オーストリアにも結構ちょっかいを出していて、相当嫌われている模様。んー、思ったより黒かったw

 

Gustav Klimt and Adele Bloch-Bauer: The Woman in Gold | www.neuegalerie.org

Neue Galerie New York Agrees to Acquire Spectacular Klimt Painting, "Adele Bloch-Bauer I" | www.neuegalerie.org

The Story Of The ‘Viennese Mona Lisa’ And Its Recovery From Nazi Hands | Observer(←この記事英語なのに、なかなかローダー氏に批判的で面白い視点)

 

 

もちろん、マリア・アルトマンが返還請求を起こしてから、ローダー氏が買い取るまで一連の動きは計画されていたんでしょうが、それにしても、叔母の絵だからというより金になるから取り戻したという印象はぬぐえない気がするのは私だけ?かろうじて一般公開されているというところが救いでしょうか。

 

ちなみに、アデーレIIは2006年11月に史上5番目の高価格8800万ドルで落札され(落札主は不明。電話での落札)、2014年秋からNYのMOMAに長期貸し出しとして展示されています。

 

MoMA | Now in the Galleries: Gustav Klimt’s Adele Bloch-Bauer II

 

  • Adele Bloch-Bauer II, 1912

 

更に、残りの三枚の絵は、「リンゴの木」は403万ドル、「ブナの木」は330万ドル、「アッター湖の家」は314万ドルにてそれぞれ落札されました。どの落札者も匿名です。

 

     

    • Birkenwald, 1903

    • Apfelbaum I, 1912

    • Häuser in Unterach am Attersee, 1916

    •  

    マリア・アルトマンの「5枚の絵画は一般公開されるよう希望する」という意思は、今のところアデーレの2枚だけ実行され、後は個人所有として地下に潜りました。

     

    ちなみに、5枚の絵画の金額を足すと、3億2600万ドルとなり、オーストリアギャラリーに売るより少し儲かったこととなります。マリア・アルトマンは、このお金で財団を作り、ロサンゼルスホロコースト博物館などの活動を支援しました。

     

    マリア・アルトマンは2011年に95歳で亡くなり、2015年秋には、ヘレン・ミレン主演で、彼女を主人公とした「黄金のアデーレ」という映画が公開されます。

     

    (ひとこと)

     

    別に、オーストリアのきらびやかなセレブ一家に生まれたマリア・アルトマンが、ナチスに国を追われ、アメリカに逃げたドラマチックな人生を映画にすることは全然否定しません。けど、この名画返還騒ぎでオーストリアが悪者に描かれるような気がして、ちょっとそれはどうなの?と思った次第です。

     

    記事によると、この絵を買い取ったローダー氏は、この映画のマーケティングに関わっているそうですし、何となく名画返却を美談に仕立て上げたような嫌な予感がします。オーストリア人はこのアデーレ騒ぎで結構傷ついたので、今更映画にしてさらに古傷をえぐらなくたっていいじゃないか。。という気がするのは私だけでしょうか。

     

    まあ、映画を見ていませんので、ちゃんと中立の立場から描かれた映画かもしれませんが。。

     

    あと、今回調べてて気になったのは、同じアデーレやマリア・アルトマンの項目でも、英語版とドイツ語版で主張が微妙に異なること。英語版は「返却が正義!」みたいな説明だし、ドイツ語版は「返却はちょっと無理があるんじゃない?」と思わせる事実が書いてある。

     

    どちらも事実の記述には間違いないけど、読む言語によって感じ方がずいぶん違う。この記事は、両方の記事を参考にしましたが、ウィーン人の気持ちもかなり入れて書いたので、もちろんオーストリア寄りの記述になっています。

     

    しかし、英語ソースの情報でこの映画を作ったのだったら、何となくやっぱりオーストリアが悪者になりそうな気がする。。

     

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    2015-10-29 07:36 | カテゴリ:クリムトの歴史

    「黄金のアデーレ」という映画があると聞いたので、どんな視点で作られた映画なのかと気になって、ウィーンから「アデーレ」が去ったあの時のことを思い出して、その後についても調べてみました。

     

    Adele Bloch-Bauer I (Gustav Klimt)

    Adele Bloch-Bauer I, 1907

     

    映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』プロダクションノート

     

    ベルヴェデーレのオーストリア・ギャラリーに「キス」などと共に展示されていたクリムトの「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像I」と他4枚の絵(アデーレII、リンゴの木、ブナの木、アッター湖のウンターアッハの家々)が、2006年にウィーンからアメリカに渡りました。

     

    この「アデーレ」を含む5枚の絵は、アメリカ在住の女性マリア・アルトマンに「返却」されました。彼女は絵のモデルとなったアデーレの姪でユダヤ人。ナチスに没収された財産は元の持ち主に返す、という法律に従って、絵画の返却が2006年に決定されました。

     

    そもそも絵のモデルになったアデーレさんは、当時のウィーンの上流階級で、苗字からわかる通りユダヤ人。クリムトはユダヤ人女性との交流も多く、アデーレは彼のモデルの一人でした。1925年に43歳の若さで亡くなったのは幸か不幸か。

     

    彼女は遺言に、夫が死んだらこの絵をベルヴェデーレのオーストリア・ギャラリーに寄贈するよう、遺言に書いていました。(この遺書の効力が大きな争点の一つとなります。)夫が死ぬ前、妻の死の13年後の1938年にこの絵はナチスに没収され、彼は国外追放の末亡くなります。

     

    このアデーレの夫の遺言は、妻の遺言を無視して、「クリムトの絵画と没収された財産は姪と甥のもの」とあり、返還請求を起こしたマリア・アルトマンはこの「姪」に当たります。オーストリアはアデーレ本人の遺言の従い、絵画をベルヴェデーレに飾っていましたが、アデーレの遺言を守るべきか、遺言を無視した夫の遺言を守るべきか、争点が分かれるところです。

     

    結局、オーストリアの裁判所は、この絵画が「ナチスによって没収されたもの」と判決を下し、マリア・アルトマンに返還されることが決まりました。「アデーレがオーストリア・ギャラリーに寄贈するという遺言を残しているんだから返却する必要はない」と思うオーストリア人がいても不思議ではありません。

     

    返却騒ぎの時には、オーストリアも交渉を頑張りました。マリア・アルトマンにまずは「長期貸与」を依頼しました。そうすれば、所有者は彼女のままで、ベルヴェデーレに置いておけるからです。

     

    しかし、彼女はそれを拒否し、5枚まとめて3億ドルで買い取るよう要求しました。ベルヴェデーレ側は出資者を募って購入を検討しましたが、資金不足で諦めることとなり、2006年2月にアデーレはウィーンからロサンゼルスへ向かいました。

     

    当時の騒ぎは連日新聞をにぎわせていましたし、アデーレの最後の姿を一目見ようと多くの人がベルヴェデーレに行きました。いたるところで「チャオ・アデーレ」というポスターが貼られていて、ウィーン中がやるせない気分に沈んでいたのを覚えています。

     

     

    それでも、アデーレの姪が、叔母の絵画を取り返したかったという気持ちもわかるし、異国の地でアデーレ達が一般公開され、美術館で見ることができれば、それがオーストリアではなくてもいいではないか。名画は世界の財産だ、と考えて、納得していたところはあります。それなのに。。

     

    (次回は、「アデーレ」と5枚の絵のその後に迫ってみます)

     

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