2016-12-13 16:45 | カテゴリ:エリザベート(シシィ)の歴史

表題のニュースが新聞の日曜版の雑誌に載ったのは、10月半ばのこと。見つけて大興奮でツイートしたんですが、その後ブログ記事にしていなかったので、遅ればせながら記録のために記事にしておきますねー。

 

===10月16日のツイートまとめ===

 

本日のシシィスクープ。未発見のシシィの写真がイタリアで見つかり、ファンの手でウィーンのシシィ博物館に送られてきた。写真に撮られることを嫌ったシシィの数少ない写真。水兵さんと一緒に写ってるという事実も衝撃的。右端で横向いてるのがシシィ(拡大有り)

 

 

シシィの左でしゃがんでる女性が、姉のヘレネであることから、彼女がシシィをコルフ島に訪れた1861年と特定された。シシィ博物館の手にかかれば、撮影された場所と年を特定するのはカンタン!。この時期のシシィに関する記録が少ないことからも貴重な資料。

 

家族写真すら撮られることを嫌ったシシィが、水兵と写真に写っているという事実がスキャンダラスとも言われている。色々な意味でシシィの知られざる側面を切り取った貴重な資料だ。

 

===

 

これをまとめてみて気がついたけど、シシィってギリシャで肩にイカリのタトゥー入れたんだよね。これって水兵さんと何か関係あるのかな?

 

ちなみにシシィが1861年にコルフに行ったのは、シシィ24歳、ルドルフが3歳の時。咳の発作が止まらず、転地療法でその一年前にマデイラで6ヶ月過ごしたが、ウィーンに戻ると同時にまた発症。すぐにまたコルフへ出発し、4ヶ月過ごした。

 

ヘレネは故郷バイエルンで1859年に娘を出産して、子供が2歳のときにコルフまで妹を訪ねて行き、帰りにウィーンに立ち寄って皇帝に病状を報告している。その1年後に息子を出産。

 

なんだか二人共、子供が小さいのに長距離の旅行ってすごいタフだな。。一応転地療法なわけだけど、当時の旅行なんだから、移動だけでもヘトヘトになりそう。。

 

この1861年は、ウィーンを離れていたこともあり、シシィの記録が少なく、空白の年と言われている。しかし、このコルフ滞在のあとでウィーンに戻ったシシィは、急に自信に溢れた女性に生まれ変わっていた。可愛らしく幼稚なイメージから、才色兼備な女性へとイメチェンしたのも、このコルフ滞在を契機にしている。

 

例えば、当時の宮廷ではあり得なかったことだが、夫婦の寝室を分けるよう要求したのもこの時期。そして1865年にはあの有名な「最後通牒」を皇帝に突きつけ、その次の年からはハンガリーを好み、政治にも感心を示すようになった。

 

というわけで、このコルフ滞在は、シシィの人生にとって何らかの大きな転機になった時期かもしれない。そんな重要な資料になりうる写真が、今回発見されたということになる。

 


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2013-05-10 22:11 | カテゴリ:エリザベート(シシィ)の歴史
ミュージカル「エリザベート」のウィーン版DVDをご覧になった方は、なぜシシィはバートイシュルのシーンで、皇帝フランツヨーゼフのお見合いに黒い服を着ているんだろう?もっとかわいい服を着ればいいのに?って思いませんでしたか?

あまり鮮明な画像が見つからなかったんですが、このシーンです。

0.jpg
バートイシュルのお見合いのシーン。

5184506_orig.jpg
「嵐も怖くはない」のシーンも同じ衣装で続きます。

流れから行って、2人はこの後結婚式まで舞台上なので、アウグスティーナ教会のシーンも、この黒い衣装の上にヴェールだけ羽織っていたことになります。

これ、どこかで「シシィ一家は葬式に出席してからお見合いに来たから」と読んだことがあったのですが、どこで読んだのかずーっと失念していました。ブログにコメントをいただいていた方に聞かれて以来、このお見合いの黒い衣装のソースの再発見に努めていたんですが、やっと見つけました!

ミュージカル「エリザベート」の原作となったBrigitte Hanmann作のElisabeth Kaiserin wider Willenにかなり詳しく書いてあります。

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分からないことがあったらこの本に聞け!エリザベートファン必携の一冊。

・お見合いは1853年8月16日バートイシュルにて(この辺りは当ブログのバートイシュルのお見合い会場の話題でかなり詳しく触れています。暑かったのも、この時期ですからねー)

・到着が遅れたのは、ルドヴィカが偏頭痛もちで、旅行中に何度も休憩しないといけなかったから。この遅刻のせいで、一日目の予定はかなり狂ってしまった

・娘二人を連れては来たが、荷物も侍女もなし。

・三人とも喪服を着ていたのは、叔母(名前などは記載がありません)が亡くなったから。馬車には喪服以外の服がなかったので、着替えることもできなかった。

・ゾフィーは彼らのホテルに自前の侍女を遣わしたので、ヘレネの方は衣装は埃だらけの旅行用喪服だったが、何とか髪型はきちんと調えることができた。

・シシィは自分で髪型を整え、シンプルな長い三つ編みにした。ゾフィーがヘレネだけではなく、自分にも目を向けていたとは知らなかった。

・後のゾフィーは妹のマリー・フォン・ザクセンにこう書き送っている「(シシィは)優美さに満ちていて、彼女が意識しなければしないほど、心地よい印象を与えた。お葬式があったというのに(OR 喪中にも関わらず)、シシィはシンプルで上品で黒い衣装を着て、輝くようでした」(←これが一次ソース)

・自由気ままな妹に対して、ヘレネはとても厳しそうに見えた。黒い衣装は、もしかしてシシィの一生を本当に決定することになったのかもしれない。

*一応Trauerとあるんですが、葬式の帰りに寄ったのか、単に地元で最近叔母の葬式があって、喪中だったから旅行中も黒い喪服で旅をしていたのかは、文脈からわかりません。どちらにしても、荷物が遅れてできなかっただけで、お見合いでは喪中でも着替える予定にはしていたんですね(笑)。

と言うわけで、ゾフィの手紙まで引用し、かなりこだわってこの黒い服のことが書いてありました。再演時の衣装が黒だったのは、ここのこだわりがあって、原作どおり(史実通り)にしたわけですね。これをあんな派手なお姫様衣装にしてしまった新衣装がちょっと悲しいです。。


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2013-01-24 09:48 | カテゴリ:エリザベート(シシィ)の歴史
前回夏にバートイシュルに行った時に行きそびれてた、シシィとFJの婚約が公になった最初の場である教会井に潜入して来ました。とはいっても、バートイシュルの町のど真ん中にある境界なので、それとは知らずに入ってる人も多いかも。

シシィ婚約に詳しい経緯については、以下の記事を参照↓

バードイシュルのカイザーヴィラ⑥シシィトFJ婚約の真実

IMG_1355.jpg
教会外観。ちょっと狭い高台に立っているので、全体像が捕らえにくいけど。

IMG_1360.jpg

教会の内部。夜だったし、誰もいなかったので怖かった。けど、中身は普通の教会で、皇帝が来るからといって特にすごい豪華絢爛と言うわけでもない。バートイシュルの町自体は、周辺の街と比べても豪華な感じがするんだけど、教会はその割りに普通。

IMG_1366.jpg

説教台。


知らなかったんだけど、ここってブルックナーが演奏してたんだって!っていうか、ブルックナーってオーバーエーストライヒ人だから、オーバーエーストライヒを旅したら、そこここに彼が演奏した教会っていっぱいあるんだよねー。

IMG_1359.jpg

「皇帝一家のお祝い事があるときなどは、御用達オルガニストとして、この教会でオルガンを弾いていました」と書いてあります。もしかして、婚約発表の場に居合わせたのかも?!

そして、そのパイプオルガン。

IMG_1365.jpg

この教会に、婚約のことは全く触れてなかったけど(ここで初めて婚約が公に場に知られたので、かなり歴史的だとは思うんだけどさ。。)、ブルックナーのことも分かって、なんか、世界は狭いなあ、というか、こんな狭い地域に色々詰ってて、歴史的にはほんと面白いところです。

2012-08-04 08:49 | カテゴリ:エリザベート(シシィ)の歴史
ウィーンにも、それ以外の世界各地にも、エリザベートの像がたくさんあります。いつか全制覇しようと思いつつ、行き先で偶然あれば挨拶に回っているところです。いつになったらギリシャやスイス、イタリアの像まで制覇できることやら。。(ジュネーブとトリエステはクリアしましたが。。)

手始めに、ウィーンの像を制覇!と思ったんですが、ブルク公演のシシィ像の次にメジャーな西駅のシシィ像がなかなか見つからず、苦労していたところだったんです(しばらくホームに立っていたそうですが、その後行方不明になっていたそうで)。

そのシシィ像。西駅の改修工事が終わったら、とても分かりやすいところに立っていました!

IMG_3600.jpg

ショッピングモールのど真ん中なので、背景が非常に今風ですが、とても目立つところです。

IMG_3602.jpg
横顔。賑やかなところで、多少嬉しそう?シシィ的にはじろじろ見られるのは嫌かもしれませんが。。

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台座のプレートには以下のように書いてあります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
皇后エリザベート
1837年12月24日生、1989年9月10日命

この皇后エリザベートの像は、ウィーン西駅に、「皇后エリザベート西鉄道」の命名の際に立てられました。
1860年、Hans Gasser作。
1945年にひどく損傷を受けたが、1984年にニーダーエーストライヒ州の展覧会のために修復された。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


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後ろはTratto Viaというイタリアンファーストフード店。

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ちょっとアップで全身を撮ってみましたが、どのアングルを取っても、背景にイタリアンレストランの看板が入ってしまいます(爆)

IMG_3604.jpg
最後にちょっと別の角度から。

ちょっとショッピングモールで像の撮影をするのは(それも一眼レフで)目立って変な気分でしたが、とりあえず長らく探していた像にめぐり合えてほっとしました。

そのうち、この間行ったトリエステで見たシシィ像や、4年ほど前にジュネーブで見たシシィ像もご紹介しますねー。


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2012-07-23 06:59 | カテゴリ:エリザベート(シシィ)の歴史
バードイシュルのカイザーヴィラレポ、シシィとFJのお見合いと婚約に解する通説を覆します!

●シシィとフランツヨーゼフのお見合い会場の真実

カイザーヴィラがシシィとフランツヨーゼフのお見合い会場で、ここでヘレネと婚約するはずのFJがシシィの手をとったんだと、ずーーーーっと思い込んでた!!思い込んでただけじゃなくて、エリザベートのリブレット見てみても、そう書いてある!歌ではルキーニが「バードイシュルの夏は暑い♪」と歌うけど、リブレットにはVilla Eltz in Bad Ischl(Villa Eltzはカイザーヴィラの元の名前)って書いてあるし!!!

カイザーヴィラのガイドツアーで「このカイザーヴィラはシシィとFJの結婚のお祝いに贈られたもの」というフレーズを何度か聞いたので、「それじゃ、二人のお見合い会場はここじゃなかったんですか?」って軽く聞いてみたら「結婚祝いで贈られる前は、カイザーヴィラは二人とは無関係でした。実際お見合いが行われ、婚約式があったのは、ここではなくて、バードイシュルの街のホテルです。」とのこと。一瞬耳を疑う。ホテルですか?

ホテルでお見合い&婚約式って日本じゃあるまいしw、って一瞬思ったけど、これは場所を聞かないわけには行かない!ガイドさんは「今はそのホテルは、バードイシュル市立博物館になっています。Esplanade沿いですよ」と教えてくれた。これは是非現地調査だ!

とりあえず、現地調査結果を発表する前に、まずはお見合い&婚約を時系列で追ってみましょう。

1853年8月16日、シシィ、ヘレネ、ルドヴィカ(母)はバードイシュル到着。シシィ15歳。ヘレネ18歳、フランツヨーゼフ23才の誕生日の二日前で、即位して5年。(余談だが、お葬式の帰りか何かで、喪服のまま遅れて到着。ゾフィーに服のことを怒られ、「着替えます」と言ったが、既に遅刻していたため皇帝陛下を待たすことができず、そのままでお見合いした。ミュージカルで「変な服」「着替えます」のくだりと、シシィがウィーン版で黒い服なのは史実に基づいている)

8月17日 ゾフィー主催の舞踏会でフランツヨーゼフはシシィとcotillionを踊った

8月18日 フランツヨーゼフの23歳の誕生日(FJは1歳から80回の誕生日をバードイシュルで祝っている)。家族の昼食でシシィを隣に座らせた。誕生日のお祝いのあと、母親ゾフィーに、ルドヴィカからシシィの婚約申し込みに対する反応を聞き出すように頼んだ。シシィは大喜びで承諾し、ルドヴィカは書面で承諾の旨をゾフィーに知らせる。皇帝一家はこの返事にとても喜んだというゾフィーの記録がある。

8月19日 両家は11時に聖ニコラス教会まで徒歩で行き、ミサに臨んだ。ゾフィーは教会の入り口でシシィに道を譲り、先に教会に入らせた。この行動で、次の皇后が誰になるかが周りのものにははっきり分かった。ミサの最後にハイドンの皇帝賛歌Gott erhalte...が歌われると、フランツヨーゼフはシシィの手をとり、神父の元へ行き、「祝福してください、神父様。彼女が私の妻です」Ich bitte, Hochwurden, segnen Sie uns, das ist meine Brautと言った。同じ日に、婚約式が執り行われた。

翌年4月24日、二人はウィーンで結婚式を上げた。

上の5つの出来事(お見合い、舞踏会、誕生日の昼食会、ミサ、婚約式)の会場は、カイザーヴィラ(当時のSchloss Eltz)ではありません。ミサは聖ニコラス教会とあるからいいとして、そのほかの四つの出来事のうち、お見合いと婚約式は、例の「ホテル」で行われました。(舞踏会と昼食会もその可能性が高いですが、ソースがありませんでした。舞踏会は当時のKurhaus、現在の会議場&レアーフェスティバルの劇場が会場だったかもしれません。)

また、この4日間のどこかの時点で、当時のTallachini’s Grand Hotel、後のHotel Kaiserin Elisabeth、現在のResidenz Elisabethにて、エリザベートがフランツヨーゼフのプロポーズを受けました(おそらくこれは、18日のルドヴィカから打診されたときのことかと思われます)

●プロポーズの地の現地調査

それでは、このお見合いと婚約式が行われた、例の「ホテル」に行って見ましょう。現バードイシュル市立博物館と言うことで調べてみると、言われたとおり川沿いのEsplanade散歩道沿いにありました。

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入り口にはStadtmuseumとありますが、上には大きくHotel Austriaと書いてあり、シシィ関連の展示をしているようです。

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そして壁に書いてある来歴を読んで更に納得!

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以下は、もう少し詳しい、博物館ウェブサイトの建物の来歴と合わせて要約したもの。

===

ここはトラウン側の塩の積み下ろしをしていた船の船着場だったこともあり、この建物は、元々塩精製業者Seeauer家のものでした。ここから精製された塩はトラウン側を下って運ばれました。

1834年にここが温泉地となってから、この建物はフランツカール大公とのその妻ゾフィーの所有となりました。

1853年には皇帝フランツヨーゼフとエリザベートの婚約式が行われました。

この建物は1878年から1982年までHotel Austriaとして営業されました。その後1989年には、バードイシュル市立博物館となりました。

(博物館のウェブサイトの説明による。建物前のプレートは年代がそれぞれ2,3年ずれているが、内容は同じ)

===

つまり、お見合いがあったときは、この建物はホテルではなくて、ゾフィーの持ち家だったのねー。普通に自分の家で自分の息子と従妹の顔合わせをやったってことで、かなり自然な流れになってきた。

と言うわけで、カイザーヴィラでやったと思い込んでたお見合いと婚約式、ホテルかと思いきや、実は皇帝のお母さんの別荘で、従妹を招いてっていう、妙に内輪なお見合いだったことが判明。そんな家族内の婚約も、外に出てみたら世界を揺るがす大ニュースなんだもんね。大変だなあ。。

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あと、シシィとの婚約が公になった聖ニコラス教会はこんな感じ。街のどこからでもかわいらしい尖塔が見えます

というわけで、色々調べてみたら、やっぱりお見合い&婚約が行われたのは、カイザーヴィラではなく、ゾフィー夫婦の持ち家(その後ホテル・オーストリア→現バードイシュル市立博物館)でした!ミュージカルの脚本に間違いがあるとは信じたくないけど、現地で通説を崩すことができてちょっと楽しかった♪

参考サイト
http://www.kaiservilla.at/de/eine-heirat-wird-geplant.html
http://www.kaiservilla.at/de/kaiserliches-ischl-heute.html
http://www.stadtmuseum.at/hg_seeauerhaus.php

●まとめ

というわけで、カイザーヴィラにいてものすごい勉強になった!二つも思い込んでいた誤解が解けたよ!やっぱり、ガイドツアーで色々聞いてみるもんだねえ。しかし、コピーかオリジナルか聞きまくる変な人だと思われただろうなあ。。いいけどw

カイザーヴィラ内部は、シシィファンじゃなかったらそれほど豪華でもないし、どちらかと言うと質素な方だと思うので、絶対中を見ないといけない!って訳じゃないですが、逆にシシィファンはここじゃないと見れないレアものが沢山!ドイツ語が分かって色々質問したい人には、現地にいる強みで、色々知らなかったことを教えてくれるので価値ありです!


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2012-07-22 06:38 | カテゴリ:エリザベート(シシィ)の歴史
バードイシュルのカイザーヴィラレポがどんどんシシィの飼い犬の細かい話になってまいりました。。(笑)

●シシィの犬の写真と実物大の像

シシィの犬の写真のオリジナルがここにあると聞いて、もう何年も実物を見たかったの!あと、シシィの犬の実物大の像まであるんだとか!

で、お目当ての有名なシシィが犬を連れた写真を発見。

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もう一枚あります。(同じ衣装で同じ犬で撮った写真は10枚くらいあるようですが、カイザーヴィラにあるのはこの2枚)

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普通の写真サイズで思ったより小さい。それも、さっきの加工写真と同じショーケースに入ってるので、この写真が捜し求めたオリジナルなのか、またコピーなのかちょっと見分けが付かない。

ガイドのお姉さんに聞いてみても「これもコピーだと思うけど。。。」って。「いや、オリジナルの写真がここにあるって聞いてわざわざ来たんです!」って言うと、「ちょっと詳しい同僚に聞いてくるわ」って言って、もう一人連れてきてくれた。

で、その詳しい人がちゃんと「この写真はオリジナルよ!」って言ってくれたので、その場でガッツポーズ(笑)。おまけに、部屋の奥にある犬の置物が「これがこの犬の実物大よ」って。結構大きな犬だったのねー。

で、この犬はシシィの一番のお気に入りのシャドウだと知ってたんだけど、一応名前を聞いてみたら「ホースガードよ!」って。

いや、シャドウのはずだけど。。ともう一度聞いてみても、この詳しい人は絶対的に確かに(そして、今まで何度も聞き返されてきたけど、私は本当のことを知っているのよ的な反応で)「ホースガードよ!」って。もう、あなたが間違っているとか言えないくらい自信満々だったので、もしかしたらシャドウ情報の方が間違ってた?と思って帰って調べてみた。


●シシィの犬検証。一体誰がシャドウなの?

そしたら!ほんとにこの白い犬、シャドウじゃないよ!っていうか、この白い犬がシャドウといわれているのはデマだよ!もうこの5年くらい信じてたし、そう信じてる人のほうが多いと思う。日本語ソースのシシィの犬情報ではどれもシャドウって書いてあるからそう思ってた。。

結論から言うと、このシシィと写ってる有名な白い犬はウォルフスハウンド(アイルランドの犬種)で名前は「ホースガード」でキマリ。カイザーヴィラのお姉さんが正しかったんだわー。ちゃんと調べてよかった。

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一番皆さんが混乱してしまった理由は、Wikipediaの写真()の説明のせい。これに間違ってシャドウって書いてあるから、みんなつられて間違うんだよ。。


けど単純に考えたら、シャドウって名前ってことは黒い犬ってことでしょ?ここで昔ちょっと疑問に思ったんだった。

シシィお抱えの画家が全ての犬の絵を描いたんだけど、その中にちゃんとシャドウがいる。それもちゃんと黒い犬。犬種はグレートデーン(Dogge)で、こちらが「シシィ一番お気に入りのシャドウ」のホンモノ。

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「シャドウ、皇后の一番お気に入りの犬」、とタイトルが書いてある。

シシィとシャドウの写った写真
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何匹も犬を飼っていたシシィですが、シャドウが一番のお気に入りって言うのは確か。ゲデレにお墓まで作ってもらった唯一の犬です。

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シャドウのお墓。没年は1875年。

他にも黒プードルのPlutoとかもいたし、もっともっと犬を飼ってた。

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黒プードルのPlutoとシシィ

ただ、写真としては白い犬ホースガードと写ったものの方がずっと有名なので(1866年に一連の写真が撮影され、実物大の像が作られた)、名前が有名なシャドウと写真が有名なホースガードがごっちゃになっちゃったのねー。

というわけで、日本でもドイツ/オーストリアでもシシィファンはずいぶん混乱して誤解してる人も多いみたいだけど、カイザーヴィラのお姉さんが正しかった!

白い犬はホースガード、黒い犬がシャドウが正解でした!

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これがホースガード

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これがシャドウ

●おまけ

余談ですが、犬の専門家がのしシィファンの人が、犬種、写真について詳しく論じたシシィフォーラムのやりとりが一番参考になりました。このやり取り自体はドイツ語なんだけど、リンクとして貼ってあったシシィの犬検証サイトはチェコ語とハンガリー語で、ものすごい情報量!全部読めたらもっと他の犬のことも分かったかも。。しかし、ドイツ語でこのことをちゃんと調べたサイトがなぜないんだ。。

参考サイト
http://www.sissi.de/forum/viewtopic.php?p=17763
http://erzsebet-kiralyne.blog.cz/0905/psi-cisarovny-alzbety
http://erzsebet-kiralyne.blog.cz/0809/sissi-i-vii-dil

(次は、シシィとFJの婚約の真実にせまります!またもや通説覆る!)


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2012-07-19 08:23 | カテゴリ:エリザベート(シシィ)の歴史
●ガイドツアー

ツアーの時間ピッタリにお城の中央入り口に行くと、ガイドツアーのお姉さんが民族衣装で待っててくれた。ツアーは合計5人。ドイツ語ができるのは私たちだけらしい。一応日本語の解説のシートも貸してもらう。

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エントランスホール

内部は写真撮影禁止なので、内部の写真は私がオフィシャルサイトとかから借りてきたものです。撮影禁止で残念だったけど、おかげで説明に集中できたよー。

カイザーヴィラは中央部分が最初に建てられ、その後に両翼が作られた。左側(だったかな?)は今でも持ち主(シシィの末娘マリーヴァレリーの息子の息子、サルヴァトーレ公)が住んでるんだとか。

入り口を入ると、まずは上に登る階段から。階段の上り口は、手すりの付いた椅子と手すりの付いた電話ボックスくらいの箱が。これは男性用と女性用の移動用御輿。フランツヨーゼフの前の代くらいで使ってたもの。

階段を上がって左が灰色の間、右が赤の間。まずは灰色の間から。灰色の間の左奥には人一人は入れるくらいの小さいチャペルが。中には、エリザベートがジュネーヴで暗殺された時に最後に頭を休めた枕が展示してある。白地に赤い刺繍でかわいい感じ。

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チャペル内部

その上には、婚礼のハンカチもあると説明書きに書いてあったんだけど、実物がなかったので聞いてみたら、今は日本に行ってるんだと(笑)。

その向かいの小さい部屋は、シシィの勉強部屋。この部屋以外のシシィの部屋は公開されてないので、結構貴重。ここでシシィは詩を作ったりギリシャ語やハンガリー語を勉強してたとのこと。

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シシィの勉強部屋。縦長で結構狭い。

赤の間に入ると、ここは謁見用の控えの間。赤の間から続く5つほどの部屋は全部控えのまで、一番奥にはフランツヨーゼフの執務室と寝室がある。

赤の間は男性用の控えの間だけど、使っていない時はシシィの運動ルームとしても使われた。特に両側に鏡のある窓側(今はシシィの像が置いてあるところ)がお気に入りだったとか。

次の部屋が女性用の控えの間。エリザベス女王から贈られたソファーがある。

次の小さい部屋が馬の間。シシィが乗った28頭(だったかな?)の馬の絵が飾られている。

その次の間が大臣の控えの間。大臣は謁見に優先権があったので、一般人の控えの間を飛び越えて、隠し扉からこの控えの間に入って待っていたんだとか。

最初の赤の間とこの大臣控え室にはシシィの超美人な真っ白な石膏像が置いてあります。どちらもシシィ40歳との時のもの。特に赤の間の像は真正面から見えるようになってるんだけど、超美人で、こうしてみたらロミ・シュナイダーにそっくり!あまり今まで似てると思ったことないけど、すごい似ててびっくりした。

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横から見るとそれほど似てないけど。。

控え室の像は台座に乗っていて、台座と合わすとシシィの実際の身長が分かるようになってますが、身長172センチって相当高いよねー。で、体重が50キロ。腰周り45-50センチ。人間離れしてるよ。。

一般用だろうが大臣用だろうが、控えの間は結構普通。今でもちょっと古風なウィーンの街医者の待合室ってこんな感じ?っていうイメージ。皇帝の謁見の待合室がこんなに地味だったのねー。

(歴史的な皇帝執務室へ続きます)


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2012-07-18 08:04 | カテゴリ:エリザベート(シシィ)の歴史
バードイシュルに来るのはもう7回目くらいなんですが、今回はエリザベートとフランツヨーゼフの夏の離宮、カイザーヴィラの割引券が手に入ったので(笑)、初めて内部を見学してきました。

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いやあ、カイザーヴィラ高いよ。。庭が3.5ユーロで庭と内部見学セットで13ユーロ。2人で1枚チケットの割引権がなかったら永遠に行かないくらい高いよ。。

大昔にバードイシュルに来たときは、内部がこんなに色々あるとは知らず、庭だけ散策したことはあったんだった。それでも、ここをシシィが散歩した!ってだけで結構興奮したのを思い出したわ。

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庭園の地図

実は、カイザーヴィラには、かなり貴重なシシィ関係のオリジナルの品(絵、像、写真)があるんです。調べれば調べるほど、ここの内部は宝の山ということがわかったので、中を是非見てみたくなってきたの!しかし、ガイドツアーでシシィ関連の彫像や絵や写真ほとんど全部「これ、オリジナルですか?コピーですか?」って聞きまくってたので、よっぽど変な観光客だと思われたよ。。。(苦笑)

あと、このカイザーヴィラ、シシィと(ヘレネと)フランツヨーゼフのあの有名なお見合い(思い通りにうまく運ぶわけがない♪)の会場になったと信じ込んでたけど、実は違ったの!このことについても後でちゃんと検証しますのでお楽しみに。

更に、シシィが犬と写ってるあの有名な写真のオリジナルがここにあるんですが、犬の名前がシャドウと言うのは間違い!こちらも通説がくつがえった!

●なぜかAmbrosとWatzmann

今回は最後のツアーのタイミングに合わせて、その10分くらい前に到着。普段と違うのは、カイザーヴィラの目の前に巨大な野外ステージが組んであって、なんだか大きな音で歌ったり音楽が鳴ったりしてる。そのくせ客席には2,3人しかいないので、集客ミスったお祭りか?と思ってた。こんなに静かな庭園でこんなにうるさくしてるので、ちょっと変な気分。

庭園を散歩してると、同行者が急に「この声、Ambrosじゃないかなあ」って言い出す。え?オーストリアで三人の有名おじさん歌手の一人、Wolfgang Ambrosが何でこんな田舎で空っぽの客席を前に歌ってるの?けど、特徴的な声だから、そんな気もしてきた。

で、どうやらAmbros主演のWatzmannというミュージカルが、ちょうど今晩ここで上演されるらしい。で、ちょうどリハ中だったんだったと!同行者は見たいなあ、と思って一応チェックしてたんだってさ!見たいなら見たいって前もって行ってくれてたらチケット取ったのに!Ambrosのミュージカルだったら、かなり見てみたい!

まあ、とりあえずリハーサルでAmbrosの声聞けたので超ラッキー。もう一人有名な歌手もその辺を歩き回ってたし、結構すごいことだったみたい。

IMG_6709.jpg
庭園を歩くとこんな感じ。これはシシィのティーハウスへ向かう階段。ってことは、ここを普通にシシィが歩いてたんだよねー。


●シシィのティーハウス「大理石の城」

とりあえずツアー開始まで10分あるので、急いでシシィのティーハウス「大理石のお城」Marmorschlossへ。庭園の丘を上がっていくと(急げば5分くらい)、大理石でできたミニお城があります。ここがシシィのために作られた「ティーハウス」。今は写真博物館となっています(シシィが写真収集が趣味だったため。そういえば、ミュージカルの宝塚版でも、シシィが色んな美人の写真を集めてたってエピソードあったよね)

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まあ、写真博物館の内部までは見なかったけど、このお城、ツタに覆われて結構どんよりした雰囲気。。当時の写真を見たらツタがなくてかわいらしい感じだけど、今行ったらちょっと一人じゃ入りたくない感じ。。

(内部のガイドツアー編に続きます)


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