2018-07-21 06:12 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

モーツァルトのトレードマークとも言える赤いコートの史実について検証していくシリーズ第二段です。

 

目次(記事が公開されたらリンクがつながります):

モーツァルトの赤いコートの謎に迫る①赤いコートは実在した?

モーツァルトの赤いコートの謎に迫る②大人サイズの赤いコート

モーツァルトの赤いコートの謎に迫る③男爵夫人におねだりした赤いコート

モーツァルトの赤いコートの謎に迫る④ミュージカル「モーツァルト!」の赤いコートの史実に迫る

 

●14歳ごろのモーツァルト

 

こちらの、14歳で描かれた以下の絵では、モーツァルトは赤いコートを着ていますが、服のデザインは上のものとずいぶん異なります。上の12歳のモーツァルトの上着より、こちらの方が数段豪華です。この絵は1770年にイタリアのヴェローナで描かれたものです。

 

MozartVeronadallaRosa_thumb[1]

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:MozartVeronadallaRosa.jpg

Saverio Dalla Rosa January 1770(14歳)

 

これは、上の12歳の時の絵よりずっと有名ですし、本人の絵であることが確定していますが、このコートの贈り主はわかっていません。

 

既にこのころには、赤いコートがトレードマークになっていたのかもしれませんね。これを、当記事では「第二の赤いコート」とします。

 

●大人になったモーツァルトの赤いコート

 

こちらはモーツァルトの最も有名な絵で、赤いコートを着ています!モーツァルト=赤いコートの印象を植え付けた張本人の絵と言えそうです。

 

408px-Wolfgang-amadeus-mozart_1_thumb[2]

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Wolfgang-amadeus-mozart_1.jpg

1819: Barbara Kraft commissioned by Joseph Sonnleithner


しかしこの絵は、モーツァルトの死後28年もたった後、モーツァルトの収集家Joseph SonnleithnerによってBarbara Kraftが依頼されて描いたもので、生前の絵ではありません。

 

この絵を描くときに、Kraftはモーツァルトの姉ナンネールから資料としていくつかの絵のコピーを受け取っていますが、その中でナンネールが一番高く評価していたのが、この絵です。

 

800px-Croce_MozartFamilyPortrait_thumb

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Croce_MozartFamilyPortrait.jpg

circa 1780 Johann Nepomuk della Croce


この絵は、モーツァルトが22歳だった1780年頃に、故郷のザルツブルクで描かれたものです。母親はすでに亡くなっているので、肖像画として登場しています。

 

こちらの絵のモーツァルトを拡大した物がこちら。

 

800px-Croce_MozartFamilyPortrait - crop_thumb[2]

 

Kraftのものと表情や背筋の伸ばし方は少し異なりますが、赤いコートや髪型など、細部を参考にしたことは見て取れますね。

 

こちらのコートが最も有名なもので、「第三の赤いコート」とします。但し、モーツァルトが実際にこの赤いコートを所有していたのか、画家の想像かはわかっていません。

 

(次は、ヴァルトシュテッテン男爵夫人におねだりして買ったもらった赤いコートが登場します)

 


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2018-07-18 16:12 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

「モーツァルトといえば赤いコート」というのは、モーツァルトを知る人ならだれでも思い浮かべる、トレードマークです。

 

408px-Wolfgang-amadeus-mozart_1_thumb[5]

 

しかし、モーツァルトはどのような経緯で赤いコートを手に入れたのでしょうか?また、赤いコートはどんな見た目で、実際何枚あったのでしょうか?

 

調べていくうちに、モーツァルトの赤いコートへのこだわりと愛着が見えてきました。

 

●マリア・テレジアにもらったコート?

 

以前記事でも書きましたが、6歳のモーツァルトがマリア・テレジアの御前演奏の時にもらったのは、ミュージカルに出てくるように赤いコートではなく、藤色(ドイツ語でlila)のコートです。

 

この時に4歳半年上のナンネールもピンクのドレスをもらっています。モーツァルトがもらったのは、マリア・テレジアの息子マキシミリアンのお下がりだったと言われています(当時皇室から一般人へ、お下がりが下賜される習慣があった)

 

その時の父親、レオポルトの手紙には、こう書かれています。

 

„schickte die Kayserin durch den geheimen Zahlmeister [Johann Adam Mayr], der in galla [Gala] vor unsere Hauß gefahren kam, 2 Kleid: eins für den buben und eins fürs Mädl“

 

「皇后さまが、ガラコンサートの日に馬車でやってきた見知らぬ会計係(Johann Adam Mayr)を通じて、一つは男の子用、もう一つは女の子用の二つの衣装を贈ってくださった」

 

„Wollen Sie wissen wie des Woferl Kleid aussieht? – Es ist solches vom feinsten Tuch liloa=Farb ... Es war für den Prinz Maximilian gemacht ..(1762年10月19日の手紙)

 

「ヴォルフェル(モーツァルトの愛称)の衣装はどんな風だか知りたいですか?最も高級な藤色の布で、マキシミリアン王子のために作られたものだったのです」

 

こちらが、その翌年にザルツブルクで描かれた、モーツァルトとナンネールの姿です。

 

957px-Wolfgang-amadeus-mozart_2_thumb[1] 440px-Maria_Anna_Mozart_(Lorenzoni)_thumb[3]

Datei:Wolfgang-amadeus-mozart 2.jpg – Wikipedia

File:Maria Anna Mozart (Lorenzoni).jpg - Wikimedia Commons

 

また、モーツァルト7歳の時にパリで描かたこちらの有名な絵も、同じ衣装を着ていますね。

 

763px-Mozart_family_crop_thumb[1]

File:Mozart family crop.jpg - Wikipedia

というわけで、6歳のころにモーツァルトはまだ赤いコートは持っていず、一張羅はこのマリア・テレジアに下賜された藤色のコートだったと言えます。

 

●12歳ごろのモーツァルト

 

こちらの絵は、現在確認されている中でモーツァルトが赤い上着を着ている最初のものです。この絵は2005年3月にスイスで発見された絵で、1768年12歳ごろのモーツァルトをウィーンで描いたものではないかと言われています。

 

portraet-vermutlich-von-1768_thumb

Bilderstrecke zu: 250. Geburtstag: Eindeutig Mozart - Bild 7 von 31 - FAZ

 

比較的最近発見されたもので、当時は大きなニュースになりました。2006年のモーツァルトイヤーでは、ウィーンで展示されていた実物を、私も見に行ったことがあります。

 

この時に着ていたコートを、「第一の赤いコート」としますが、これは他のものと比べてあまり豪華でもなく、ただの「上着」だったかもしれませんね。また、この絵が本当にモーツァルトであるかは、他の絵と比べてまだ100%とは言えず、色々と疑問点が残るコートです。

 

(次の記事は、大人サイズの赤いコートが登場します)

 


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2018-04-24 16:39 | カテゴリ:電車・乗り物

前回に引き続き、ウィーン市電150周年記念パレードの様子を、写真と共にお届けしています。

 

ウィーン市電150周年記念パレード①馬車トラム

ウィーン市電150周年記念パレード②蒸気機関トラム

ウィーン市電150周年記念パレード③ハプスブルク時代のトラム

ウィーン市電150周年記念パレード④皇室専用列車

ウィーン市電150周年記念パレード⑤戦中戦後のトラム

ウィーン市電150周年記念パレード⑥50年代のかわいいトラム

ウィーン市電150周年記念パレード⑦70,80年代の車両

 

今回の記事に登場する市電は、ほとんどが現役車両です。しかし、現役とは言っても、道を走らない乗り物も出てきます。

 

●2000年のバス

 

さて、この辺りからもう現役のバスと市電のみになりますので、パレードと言っても珍しさが落ちてきます。

 

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今でも普通に乗っているバスですね。

 

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●1995年の市電

 

E型の引退で、ウィーンで走っている市電の中では一番古いタイプの市電がこれです。初めての床が低い市電で、バリアフリー対応です。ちょっとでも床が高いように見せようと、ちょっと前から見たら下駄を履かせたデザインになっていますね。

 

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●2012年のCitybus

 

旧市街用のミニバスCitybusです。2012年にできた当時は結構話題になりました。

 

 

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ElectriCITYBUSと書いてあるのが見えますか?電気自動車のバスなんです。街角で電気を充電している姿をよく見かけますよ。

 

●2013年の新型市電

 

今普通にウィーンで走っている市電です。これもできた当時はおお!!!と思いましたが、もう普通に見慣れてしまいました(笑)

 

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●2015年のバス

 

これも見慣れてしまいましたが、このパレードの時点では最新のバスでした。

 

IMG_6432_thumb[1]_thumb

 

側面にsicher-sauber-ökologisch(安全で清潔でエコ)と書かれています。

 

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●2014年のバス

 

これも普通に走っているバスですが、初めてのハイブリッドバスです。

 

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救急隊が、セグウェイでのんびり見回りしていました。

 

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●リングトラム

 

颯爽とリングトラムがやってきました。観光用にリングを一周するトラムです。

 

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参考記事:座ったままでウィーンのリンク大通りを一気に楽しむ!ウィーン・リングトラム | たびこふれ

 

●U6

 

さて、見慣れた車体が続き、もうパレードっぽさもあまりなくなってきました。そろそろ帰ろうかな・・と思った頃。。

 

私の三回目のハイライトがやってきました!!!

 

これ!!!!

これは鳥肌モノです!!!!

 

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U6です!!!!!地下鉄が道路を走ってる!!!!

 

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上でも一度ご紹介しましたが、昔Stadtbahnと呼ばれたU6は、今は地下鉄ですが、軌道は市電のものを使っているので、市電の線路を走ることができると、知識として知っていました。

 

しかし、普段地下鉄U6の駅でしか見かけない、地下鉄の車体だと脳に刷り込まれていたものが、普通に公道を走っていることに、鳥肌が立ちました。

 

知識として知っていたものが、突然目の前に現れたので、とてもビックリしました。理論上だけじゃなくて、実際にも可能なんだ!って。

 

とにかく、このU6登場は、私の中では馬車トラム、蒸気機関トラムに次ぐ衝撃でした。

 

●工事車両まとめて

 

このあとは、工事車両が何台か続いて、パレードはおしまいです。

 

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●まとめ

 

というわけで、手元の公式資料を見ながら、ウィーン市電150周年記念パレードを写真で追いかけてみました。いかがだったでしょうか?

 

私にとっては、ウィーン人のウィーンへの愛、歴史的パレードに立ち会う交通機関関係者の輝いた顔、歴史を重んじながら時代に適応していく交通機関の姿など、色々と考えさせられたパレードでした。

 

特に、初期トラムは、実際に走らせてみるまでの準備や苦労が忍ばれます。ハプスブルク時代の電気で動くトラムは、それこそ当時は革命的なテクノロジーだったはずで、緊張の面持ちでハンドルを握る運転手さんたちは、当時の運転の職人技を復活させたのでしょう。

 

こうやって写真でまとめてみると、時代によってデザインも色々ですし、最近ではエネルギーやバリアフリーにも考慮している点がよくわかりますね。

 

こうやって、150年の市電の歴史を巡り、歴史の中で変わっていくこと、変わらないこと、色々と感じました。ウィーン人の足となって街を支えてきた交通機関。今まで以上に感謝して行こうと思った一日でした。

 

最後にもう一度、ウィーン市電150周年記念パレードの記事を目次にしておきますね。

 

ウィーン市電150周年記念パレード①馬車トラム

ウィーン市電150周年記念パレード②蒸気機関トラム

ウィーン市電150周年記念パレード③ハプスブルク時代のトラム

ウィーン市電150周年記念パレード④皇室専用列車

ウィーン市電150周年記念パレード⑤戦中戦後のトラム

ウィーン市電150周年記念パレード⑥50年代のかわいいトラム

ウィーン市電150周年記念パレード⑦70,80年代の車両

ウィーン市電150周年記念パレード⑧現役車両続々登場&U6(当記事)

 

 

 


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2018-04-19 16:25 | カテゴリ:電車・乗り物

前回に引き続き、ウィーン市電150周年記念パレードの様子を、写真と共にお届けしています。

 

ウィーン市電150周年記念パレード①馬車トラム

ウィーン市電150周年記念パレード②蒸気機関トラム

ウィーン市電150周年記念パレード③ハプスブルク時代のトラム

ウィーン市電150周年記念パレード④皇室専用列車

ウィーン市電150周年記念パレード⑤戦中戦後のトラム

ウィーン市電150周年記念パレード⑥50年代のかわいいトラム

 

ウィーン市電150周年記念パレード⑥50年代のかわいいトラム

 

今回は、70,80年代のトラムやバスのご紹介です。このくらいの車体なら、実物を見たことがある人も多いかもしれませんね。

 

●旧型車両E1(1976年)

 

あら?なんだか普通っぽいのがやってきましたね。これが2017年に引退したE1型車両です。このパレードの時点では現役でしたし、今この記事を書いている時点でも、さっきまで乗っていたトラム、という感じです。

 

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ちゃんといつもの優先座席のステッカーも貼ってあります。パレードに現役の普段見ている乗り物が出てくると、なんだか変な感じですね。

 

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当時は画期的な車両だったとは思いますが、木製の椅子で、エアコンがなく、急な階段を三段登って乗ります。これは、バリアフリー的にはとても使いづらく、ベビーカー利用者のママさんの間ではとても不評でした。デザインはかわいいですが、実用面ではそろそろ新型車両の時代です。

 

●ダブルデッカーバス(1977年)

 

新型車両の話をしたのに、今度はまた珍しいダブルデッカーバスが来ました。ウィーン最後のダブルデッカーです。

 

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●バス(1975年)

 

このバスも、見たことはないけれど、もうかなり新しいので、親世代の人にはおなじみでしょう。初めての連結バスで、二台がじゃばらのようなものでつながっています。

 

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●Citybus(1987)

 

これは小さめのバスですが、Citybusとあることから、おそらく旧市街専用バスだと思われます。今でも旧市街は、上のような蛇腹の大型バスは通れないので、専用の小型バスが使われています。

 

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●引退したばかりの旧型車両(1986)

 

2017年で引退したEシリーズの車両について上でご紹介しましたが、こちらがその二つ目のE2の車両です。お客さんも普段モードです(笑)

 

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連結部分はこんな感じ。立ち入り禁止のサインがありますね。

 

IMG_6401_thumb[1]

 

 

●1989年のバス

 

この車体で、現役でない車両は最後です。80年代って感じですねー。

 

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(次からは、現役車両のご紹介です)

 

 


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2018-04-03 16:49 | カテゴリ:電車・乗り物

前回に引き続き、ウィーン市電150周年記念パレードの様子を、写真と共にお届けしています。

 

ウィーン市電150周年記念パレード①馬車トラム

ウィーン市電150周年記念パレード②蒸気機関トラム

ウィーン市電150周年記念パレード③ハプスブルク時代のトラム

ウィーン市電150周年記念パレード④皇室専用列車

ウィーン市電150周年記念パレード⑤戦中戦後のトラム

 

前回は二つの大戦期をまたがる時期に作られたトラムが登場しましたが、今回は戦後の50年代に作られた、まるっこくてかわいい車体のご紹介です。

 

●1957年の車体

 

なんだかピカピカでカッコいい車体がやってきました。スマートな感じで素敵ですね。50年代なので、ちょっと古い映画やドラマに出てきたのを見たことがある気がします。

 

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連結部分も機能美があります。

 

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後ろ姿もスマート。ルックス的にはかなり好みな車体です。

 

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●1956年の車体

 

順番からすると、上のスマートな車体より一世代前のがこれです。確かにライトの上のとんがりは似ていますが、スマートさでは1957年の方に軍配があがりますね。

 

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●1925 Stadtbahnzug

 

時代が、第一次と第二次世界大戦の間の時期に戻ります。Stadtbahnzugですので、これは市電ではなく、当時ウィーンを走っていたStadtbahnの車両です。

 

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今のウィーンの交通機関は、地下鉄、市電、バスの三つですが、当時はその他に、4つ目の交通機関、Stadtbahnがありました。

 

現在は地下鉄の路線に統合され、元StadtbahnはU6として運行しています。乗ったことがある方は気が付いたかもしれませんが、U6は他の地下鉄とは異なる車両を使っています。実は、Stadtbahnと市電は同じ軌道で作られたので、U6の車両は市電のレールを走ることができますが、他の地下鉄の線路は走れないんです。

 

だから、このパレードの様に、現U6であるStadtbahnの車両が、市電の線路を走ることができるんですね。(この話はあとでも登場しますので、覚えておいて下さいね)

 

●1907年の車両

 

また時代が戻って恐縮ですが、ハプスブルク時代の車両がお口直しに走ってきました。こうやって戦後の車両に混じってみると、レトロ感がよくわかりますね。

 

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●1957年の市電

 

さて、戦後に戻って、こちらは1957年の車体です。先ほど私が気に入った、シュッとした車体と同じ年のものですが、こちらのほうが四角い感じですね。行き先がSchottentorと、普通にこの近くなのがまた、今でも道を走ってそうな感じです。

 

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●1913年の市電

 

と思ったらまた、ハプスブルク時代の車体です。1913年の車体。

 

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これで26台目なので、ほぼ半分の乗り物を見たことになります。

 

●1949年のバス

 

さて、バスがやってきましたが、ここで右折するためにちょっとうまく撮れませんでした。。

 

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●1921年の市電

 

また時代が飛びますが、第一次と第二次世界大戦の間の時期、ハプスブルク家が崩壊して、オーストリアが共和国になった、大混乱の時期の市電です。ちょっとカクカクしてよそよそしい雰囲気なのも、時代を反映しているのかもしれません。

 

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●1959年のバス

 

めちゃくちゃ丸っこくてかわいいバスが来ました。ネコバスみたいですね!!50年代のデザイン、かわいすぎです。。

 

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●1959年の市電

 

ん?めちゃくちゃ見たことあるような市電が来ましたね。。遠くから見たら、今は知ってる旧型とそっくりです。

 

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こうやって近づいてきて細かく見ると、ディテールが今の旧型と違うことがわかってきます。実はこのE型の市電は、現在の旧型(E1とE2,2017年で引退)の原型となった車体なんです。

 

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何と運転手の兄ちゃんは、グラサンにピアスでした(笑)

 

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●ダブルデッカーバス(1961)

 

次にやってきたのは、ダブルデッカーバスです。それもちゃんと赤白の車体で!しかし、こんなの見たことないからびっくりです(笑)

 

ウィーンで2種類しか作られなかったダブルデッカーバスの初代のものです。

 

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後ろの丸い感じがとても素敵です。

 

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●1961年の市電

 

せっかく59年に、現在の旧型に近いE系統の市電ができたのに、また違うデザインになりました。前の窓が三つに分かれていて、窓枠のシルバーがアクセントになっていますね。これもちょっと昔のドラマとかに出てくる感じです。

 

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●1963年の市電

 

こちらも窓枠協調系デザインですが、ランプのところがとんがっています。50年代60年代のデザインいいですよね。。

 

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車内が蛍光灯です。

 

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●工事車両(1964)

 

超カッコいい工事車両がやってきました。乗っているお二人もおちゃめ♪

 

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●1929年の車両

 

また遡って、第一次と第二次世界大戦の間の時期の車両です。行き先表示はKAI-RINGとなっていますので、リンクを一周していたのでしょう。

 

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(次は、70-80年代の車両です。そろそろ現役車両も登場して来ますよ)

 

 


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2018-03-31 16:07 | カテゴリ:電車・乗り物

前回に引き続き、ウィーン市電150周年記念パレードの様子を、写真と共にお届けしています。

 

ウィーン市電150周年記念パレード①馬車トラム

ウィーン市電150周年記念パレード②蒸気機関トラム

ウィーン市電150周年記念パレード③ハプスブルク時代のトラム

ウィーン市電150周年記念パレード④皇室専用列車

 

今回は、第一次世界大戦、第二次世界大戦と戦後のトラムをご紹介します。

 

●1940年のピンクの車体

 

ピンクの車体がやってきましたが、なぜピンクなのかはわかりませんでした。。元々は普通の赤白で作られていたのですが、修復の際に塗り直したことはわかっています。オーストリアが混乱していた、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期に作られた車両です。

 

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後ろに引いているのは、普通の赤白の車体です。

 

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中を見てみたら、天井から下がっているベルトのようなものがありますね。

 

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以前はウィーンの市電は、降りたい停留所の前に来るとこのベルトを引っ張って、運転手に知らせました。BIM!!という音がするので、ウィーンのトラムはBimという愛称で呼ばれることがおおいのですね。

 

私がウィーンに来た頃は、まだこのベルトの付いた車体が走っていましたが、現在の旧型車両(E型)は押しボタン、現在の床の低い新型車両はタッチ式になっています。当時のBIM!!!という音には及びませんが、ビーーー!!という音がします。

 

●戦後の車両(1949)

 

第二次世界大戦で大打撃を被ったオーストリアですが、こちらの車体は戦後初めて作られたものです。

 

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●戦前の車両 Amerikaner(1939)

 

パレード順で紹介しているので、ちょっと順番が前後してしまうのですが、こちらが、ピンクの車両と同じ、戦争と戦争の間に作られた車両です。

 

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ちょっとずんぐりむっくりな車体がかわいらしく、Amerikaner(アメリカ風?)という愛称がついていました。

 

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「乗り口は後ろ」と車体に書いてあります。

 

●バス(1949)

 

ここで初めてのウィーンのバスが登場します。50年代のウィーンを走った、何ともレトロでカッコいいデザインですね。ちょっと「しょうぼうじどうしゃじぷた」に出てきそうです。

 

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このパレードでは、市電は私の立っている国会議事堂前を通ってリンク大通りをまっすぐ進みますが、バスはここで左に折れて、市庁舎と国会議事堂の間の道へ向かいます。そのため、私の目の前でバスがカーブするという素敵なスポットでした。

 

●1951年の市電

 

戦後の車両としては二つ目がこちらです。

 

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扉の開け方は、今の地下鉄の旧型車両と似ていますね。下向きのノブを外向きに回す感じです。

 

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●1954年の市電

 

さて、戦後3種類目の市電は、もうかなりモダンになってきましたね。行き先はSt Marx(モーツァルトのお墓がある墓地)になっています。

 

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連結部分はこんな感じです。

 

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(次の記事は、50年代のレトロ感満載なかわいい車両をご紹介します)

 

 


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2018-03-29 16:16 | カテゴリ:電車・乗り物

前回に引き続き、ウィーン市電150周年記念パレードの様子を、写真と共にお届けしています。

 

ウィーン市電150周年記念パレード①馬車トラム

ウィーン市電150周年記念パレード②蒸気機関トラム

ウィーン市電150周年記念パレード③ハプスブルク時代のトラム

 

今回ご紹介するトラムもほとんどがハプスブルク時代のものですが、豪華内装の皇室専用列車も登場します。

 

●1901年の車両

 

こちらはラッキーナンバー777の車両。なぜか時代が遡り、1901年の車両ですので、上でご紹介した「最初に赤白になった」車両と同じ時代のものです。確かにデザインもずんぐりむっくりしていますが、運転席はちゃんとガラス張りです。

 

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車両のつなぎ目はこんな感じ。

 

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行き先表示板。こういう知っている地名が出てくると、急に親近感がわきます。

 

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●1930年の車体

 

お次はこちら。今でもイベント貸し切り市電などに使われてそうなデザインですね。

 

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行き先はシェーンブルン方面です。

 

車体に書かれた文字があまりにかわいくて、写真撮ってしまいました。

 

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「運転中の乗降者禁止」

 

●バーデン線の皇室用市電(1900)

 

いきなり水色の市電がやってきました。これは、もしや・・。

 

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WBLのロゴです!Wiener Lokarbahnの略で、Badnerbahnと呼ばれているバーデンイ期の市電ですね。

 

そして、これはHofsalonwagonと呼ばれる、皇室専用市電でした。皇室専用とは言っても、皇室で働く人も乗ることができたそうです。内部はオットー・ワーグナーによる豪華な内装とのこと。

 

ウィーン―バーデン間は、現在の市電でも1時間ほどかかります。ハプスブルク家が皇位を失う1918年まで、皇室関係者を乗せてウィーンとバーデンの間を走っていたわけですが、特に第一次世界大戦の指揮をバーデンで取った最後の皇帝カール1世にとっては、命綱のような存在だったかもしれませんね。

 

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●工事用車両(1912)

 

次にやってきたのは、工事用車両です。真ん中にRechts Fahren(右へ寄れ)と書いた大きな看板を乗せて、周りの通行人や車や馬車に通知しています。

 

 

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●1910年の車両

 

次の市電は正面から撮りそびれたようですので、後ろ姿。

 

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連結部分はこんな感じ。

 

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(次の記事は、WW1-WW2、戦後にかけての車体です)

 



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2018-03-26 08:59 | カテゴリ:電車・乗り物

前回に引き続き、ウィーン市電150周年記念パレードの様子を、写真と共にお届けしています。

 

ウィーン市電150周年記念パレード①馬車トラム

ウィーン市電150周年記念パレード②蒸気機関トラム

 

今回の記事に登場する車体からは、電気が動力になります。

 

●ここからは電気で動くトラム(1896)

 

次にやってきたのは、こんなトラム。電気で動くトラムの中では一番古いもので、1896年建造です。実は蒸気機関トラムより古いんですね。

 

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見えますか、この運転手さんの、誇りと緊張に満ちた満面の笑顔w

 

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120年前の市電を、実際に路面で走らせているわけですから、考えたら奇跡に近いことかもしれません。人が線路すれすれまで見に来る中を、緊張の面持ちで操作します。

 

この運転手さんの表情を見ていると、この車体を動かすために、どれだけの整備と運転技術が必要なのか、ひしひしと感じ獲れます。この操作レバーも、ウィーン式の市電は特別だったと、交通博物館で読みました。

 

●初の赤い市電(1901)

 

次にやってきたのは、こちら。初めての赤い市電ですね。1901年建造

 

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やはり運転手さんの表情にも注目してしまいます。

 

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本当にこのレバー、独特ですね。

 

●Excursionswagen(1912)

 

お次はこちらの市電です。1912年建造のお出かけ(遠足?)用車両。

 

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見てくださいこの運転手さんの表情!もう、この日に歴史的な車両を運転で来て、うれしくて仕方がない、プロでファンの顔です!!運転する方も、沿道の私たちと同じくらい興奮しているですね!!!

 

 

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そして、お出かけ用の車体ということで、ピカピカしてとてもかっこいいです。運転手さんの出入りの扉のところの行き先看板には、Rundum Wien(ウィーン一回り)と書いてあるのもニヤッとします。

 

●1910年の市電

 

この辺りから、今の形(というか今の旧型の形)に近くなってきます。白と赤のデザイン、ちょっと丸っこい感じ。レトロですが、確実に今の市電の祖先たとわかりますね。

 

この車体から、運転席がガラス張りになったので、表情がよく見えません。。行き先はSonderwagon(特別車両)

 

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後ろにちょこんと乗っているお兄さんが手を振ってくれました。

 

 

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●1912年の車両

 

さてこちらはもう、今ウィーンの町では知っていてもあまり違和感がありませんね。

 

47番の番号札に、Steinhof(オットー・ワーグナー建築の精神病院と教会がある)行きとあります。

 

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当時は、喫煙車両があったのですね。この車体にはRaucher(喫煙者)とあります。

 

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(次の記事には、皇室専用列車も登場します)

 

 

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2018-03-24 16:39 | カテゴリ:電車・乗り物

前回に引き続き、ウィーン市電150周年記念パレードの様子を、写真と共にお届けしています。

 

前回はウィーン初の馬車が引くトラムをご紹介しました。今回はもっとびっくりする乗り物の登場です。

 

●蒸気機関トラム(1902)

 

馬車トラムの興奮も冷めやらぬ中、向こうから何かとてつもないものがやってきました。

 

ちょっと動画で見てみてください。

 

もう鳥肌どころではありません。もう、一体自分がどんな時代にいるのか、どこにいるのか、完全にわからなくなってしまった興奮です。

 

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蒸気機関車です!!!いや、蒸気機関トラムです!!!!煙がすごい!!!!

 

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ここからは、私の目の前を通過する様子を、動画でお楽しみください。

 

 

この蒸気機関トラムは、1902年建造。実はこっそり、この車両の後ろに、パレードの一環として消防車が走っていましたが、もちろんもしもの時に備えてのラインナップですね。

 

(次からは、電動トラムの歴史をご紹介)

 

 

 

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2018-03-22 16:39 | カテゴリ:電車・乗り物

2015年に、ウィーンで市電が走り始めて150周年の記念パレードがありました。

 

そのパレードの概要は、こちらの阪急交通社の記事でご紹介しましたが、もっと車両を見たい!というリクエストがありましたので、ブログ記事で詳細をご紹介しますね。

 

本当はパレードの直後に全部書きたかったのですが、当日その場で配布されたトラム全カタログをもらえないかウィーン交通局に問い合わせ、手に入るまでにしばらく時間が掛かったので、その時に書けなかったという経緯があります。

 

しかも、ウィーン交通局はそのカタログを、私を含む何人かの鉄道ファンの問い合わせを受けて、一時的に公式サイトにアップしていてくれました。対応が親切すぎて感動しました。全体的に、ウィーンの鉄道絡みの博物館で働いている人は、サービス精神旺盛な気がします(笑)

 

さて、そんなわけで、準備が整い、やる気が起きるまでに、あのパレードから2年半も経ってしまったわけですが、記録として重要なので、やっぱりちゃんとまとめておきますね。

 

ちなみに、この日に登場したトラムは全て、ウィーン交通博物館Remiseで展示してあります。博物館に置いてある車体が現役で動かせるなんて、夢のような話ですよね。

 

それでは、このパレードに登場したほぼ全車両を、ブログ記事で紹介していきますね。紹介する順番は、パレードの順番です。ほぼ年代順ですが、時々前後が入れ替わっているものがあります。

 

●パレードについて

 

150 Jahre Wiener Tramwayと題して開催されたこの市電パレードは、ウィーンのリンク大通りを締め切って行われました。もうこの機会を逃したら、一生動いている姿を見ることはできないかもしれない、貴重な市電のパレード。電車好き、歴史好きが一堂に会した大イベントとなりました。

 

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こちらがそのポスター。右から、旧型トラム、昔のトラム、馬車トラム、バスです。

 

このパレードは、ウィーン交通博物館Remiseにあるウィーンの交通機関を走らせるイベントですので、トラムの他、バスや工事車両なども登場します。

 

ウィーンを取り囲んでいた市壁が取り外され、リンク大通りが開通し、最初は馬車に引かれた市電が走っていた150年前は、ちょうどシシィやルドルフが生きていた時代です。

 

私はふとした機会から、「馬車トラム」に心惹かれてしまい、ぜひ一度動いている姿を見たい!!と思い、パレードに参加しました。

 

私がいたのは、国会議事堂前。ものすごい人でです。ウィーンでこれほど沢山の人が集まっているのを見たのは、初めてかもしれません。

 

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●馬車トラム(1868)

 

まず一台目はこちら。

 

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整備用の車両Arbeitstriebwagenです。これは後で活躍します。

 

ウィーンに馬車トラムが走っていたことがあると聞いたのは、5年ほど前でしょうか。トラムを馬に引かせていた?っていうか、そんな昔からトラムがあった?と驚いたのを覚えています。

 

馬車トラムがウィーンを走っていた写真は、こんな感じで確認することができますので、本当のことです。レールの上を走る方が、道を走るよりも馬の労力が少なかったとのことです。

 

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次にやってきたのが、念願の馬車トラムです。1868年に作られた車両で、交通博物館に普段は置いてあるものです。かなりの人に取り囲まれています。。

 

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人混みをかき分け、なかなかうまくシャッターが切れない中、まあこんな感じで撮ることができました。ボケボケですが、馬と馬車が一緒に写った貴重な写真です。。

 

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他のトラムはリンク大通りを一周しますが、馬車トラムは馬の疲労を考慮に入れ、国会議事堂前で馬をトラムから切り離します。

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これで、馬がトラムから外されました。

 

馬は国会議事堂と市庁舎の間の道にある、馬用の運搬車に入れられました。

 

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残ったトラムには、皇帝フランツ・ヨーゼフと皇后エリザベートのコスプレをしたパレードの人が乗っていて、周辺の人に挨拶しています。(そういえば、各車両には当時の人の格好をしたコスプレさんたちが乗っていて、メイン会場の市庁舎前広場でダンスを披露したりしていました)

 

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そして、このトラム本体はこんな風に一番最初に登場した整備車両に引かれて行きました。

 

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この、馬をトラムから外す場面は、人も多く、馬が暴れ出す危険などもあり、緊張感が漂いましたが、こんな貴重な場面を見ることができてラッキーでした。

 

この日のために毎晩馬にトラムを引かせる予行演習をしたと、公式サイトにありましたが、それでも多くの人が作業をして、やっと走ることができた、夢の馬車トラムでした。

 

馬車トラムを実際に動かしてみることは、私のような歴史好きだけではなく、ウィーン交通局の悲願だったような印象を受けました。とにかく、貴重な貴重な機会でした!感動もひとしおです。

 

(次は煙をもくもく出すトラム?)


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2018-02-27 16:11 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

以下の記事は、2017年4月にシカネーダーを見た帰りに、懐かしいレストランでディナーして、帰宅途中に見た景色です。

 

これを記事に残しておきたかったのは、この日の夜の散歩がきっかけて、モーツァルトゆかりの地の調査熱に火が付いたから。フラフラ街を歩くだけで、こんなに歴史に出会えるんだ!って感動した夜の記録です。

 

===

 

魔法にかけられたような不思議な出会いのある夜。気まぐれにいつもと違う道でウィーン旧市街を歩いてたら、モーツァルトゆかりの建物に二つも遭遇。片方は前から知ってた建物だったけど、もう一つは全くの偶然。ウィーンの夜の魔法。

 

この小道を通ったら、魔法にかかった。アムホーフからアムホーフ教会の裏に通じる道。この小道の脇に、モーツァルトが演奏した現存の建物があることは、フィアカーの御者のおじさんから聞いてい知ってた。

 

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夜のウィーンでこんな小路に迷い込んでみる。 

 

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ちょっと女性一人で歩くのは危険な感じ。誰かと一緒に歩いた方がよさそう。

 

これも同じ一角。アムホーフ教会はファサードが堂々としてるのに、裏に回ると細い石畳のクネクネ道。教会の裏にこんな掘っ立て小屋みたいなの(昼間はレトロな雑貨屋かなにか)がくっついてて、なんの時代にいるのか本当にわからなくなる。 

 

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夜のペーター教会。 この左側の建物を歩いていたら、一緒にいた人が「ここにもモーツァルトって書いてあるけど?」と言い出した。史跡パネルを読むと、「ここにモーツァルトが住んでいた」って書いてある!さっきモーツァルトのパネル一個見たところなのに?モーツァルト神出鬼没じゃない?

 

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一時期毎週のようにここにある溜まり場に通ってた。グラーベンから続きの細い小道Naglergasseは思い出たっぷり。 

 

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Naglergasseからエステルハージーケラーを覗いて。

 

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グラーベンとペスト記念塔。

この時は知らなかったけど、グラーベンにもモーツァルトは二か所に済んだことがある。

 

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日本のテレビでもよく紹介される、チョコレート屋さんレシャンツの閉店後のショーウィンドウ。ボタン屋だった店をチョコレート屋さんとして使っている内装はとってもカワイイ。イースターの飾り付けも華やか。

 

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●まとめ

 

というわけで、何気ない10分ほどの夜の散歩でしたが、私にとっては驚きの発見の連続でした。普段から劇場以外のところを夜フラフラすることもあまりないので、10年住んだ町でもかなり新鮮な体験でした。

 

この夜がきっかけで始まった調査も、ほぼ1年越しでほぼ終わりに近づいてきました。これから少しずつ、このブログでもウィーンのモーツァルトゆかりの地をご紹介していけたらと思います。

 


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2018-02-21 16:19 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

シュロス・ホーフ宮殿についての記事を書いたんですがが、いつ見てもため息もののこのSala terrena。庭に出る手前の部屋です。元々は奥の扉のところの様に、金の装飾だったのですが、修復の際に元々金だった部分は灰色に置き換えられています。

 

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この内装を担当したのが、Alberto Camesinaというイタリア人。この名前どこかで聞いたぞ?と思ったら、モーツァルトが住んでた現モーツァルトハウス博物館に、モーツァルの前に住んでた人だ! 

 

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モーツァルトハウス

 

Alberto Camesinaは、有名な内装家で、バロック時代の建築家Johann Bernhard Fischer von ErlachやJohann Lukas von Hildebrandtの内装の仕事をしていたので、作品はたくさん残っています。

 

この人はイタリア出身で、ザルツブルクでミラベル宮殿やレジデンツの仕事をした後ウィーンへやってきました。モーツァルトと似たパターンですね。

 

ウィーンでは、ホーフブルク、ベルヴェデーレ、ペーター教会、カールス教会の主祭壇、プルンクサール等の歴史に名を残す建物の内装を手掛けました。モーツァルトがコロレドの部下として滞在していたドイツ騎士団の館の教会の内装(ほぼゴシックに見えますが、バロック時代)も彼が手掛けたので、やはり同時代の芸術家同士、色々な接点がありますね。

 

そして、このCamesinaがモーツァルトハウスに住んでた時に、シュロス・ホーフの内装も仕上げていて、上記の美しい部屋を完成させています。

 

●モーツァルトハウスの謎の豪華な小部屋

 

また当時、自宅をショールームの様に使っていたので、部屋の一部を超豪華な大理石にリフォームしました。一般人の部屋なのに、ここだけやたら豪華なのは、そういうわけなのですね。

 

このCamesinaの後にここに入居したモーツァルトは、この部屋を寝室して使っていたと言われています。

 

800px-Secretary_Kerry_Toured_the_Mozarthaus_Museum_in_Vienna

Kurs:Welterbe, Kulturgüterschutz und Kommunikation (Sommeruniversität 2016)/Arbeiten/Musikerwohnungen in Wien: Mozarthaus Wien – Wikiversity

 

モーツァルトハウスの他の部屋は、下の写真みたいにシンプルなので、このショールーム部屋だけやたら豪華で、びっくりします。モーツァルトも一部屋の小部屋とは言え、貴族級の内装に囲まれ、貴族気分を味わったのかもしれませんね。

 

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Mozarthaus Vienna

 

しかし、ホーフブルクやシュロス・ホーフ、ベルヴェデーレ宮殿を飾った内装家の作品を見上げながら眠るなんて、最高の贅沢ですね、モーツァルト。。

 

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Mozarthaus Vienna

 


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2018-02-19 16:13 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

ミュージカル「モーツァルト!」では、モーツァルト作曲のオペラやコンサート曲が多く挿入されていて、元の曲を知っていたらさらに楽しいですね。

 

有名どころでは、オペラ「魔笛」の引用も沢山ありますし、他にもBGM的にモーツァルト本人の作曲した曲が使われています。

 

モーツァルト!の新しい全曲楽譜には、原曲の曲名とその楽譜まで入っているので、ミュージカルファン兼モーツァルトファンの人は見逃せません!私も、挿入曲の出典知りたかったので助かります! しょっちゅう全曲楽譜のページをめくっては、新しい発見に声を上げています(笑)

 

モーツァルト!全曲楽譜

 

この楽譜に関する詳しい記事はこちら

舞台はウィーン! WMW:「モーツァルト!」全曲楽譜入荷しました!

 

●御前演奏の曲は?

 

試しに、一番最初のマリア・テレジア御前コンサートの出典を見てみたところ、KV24との記載が!何度も何度も聞いた曲なのに、やっとなんの曲かわかった!

 

Youtubeで曲も聞けます。→https://youtu.be/iN5N4oN2QbY 聞き流してたら、3分辺りからあの聞き慣れたフレーズが流れてきた時の、おー来た来た来た感スゴイよ!この感動体験は全曲楽譜おかげ!

 

この曲弾きたい!ってピアノの先生に見せたら、音符が多すぎて私にはまだ無理と言われました(笑)いつか上達してこれをスラスラ弾いて見せるぞ!

 

●史実との関係

 

しかし、KV24は1766年の作品なのでモーツァルト9歳。マリア・テレジア御前演奏は6歳なのでズレはある。

 

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6歳の時のモーツァルト(ウィーンでマリア・テレジアの御前演奏の直後にもらった水色のコートを着て)

 

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6-7歳の時のモーツァルト(パリ)

 

 

一応言っておくと、ミュージカル「モーツァルト!」と史実のズレはいくつかあって、私はそれを発見しても、別にあげつらうつもりはありません。クンツェ氏とリーヴァイ氏は絶対史実知ってて改変してるわけだから、改変箇所を見つけて、その理由を推測するのが楽しい!

 

あともう一つ出典がわかって狂喜乱舞したのが、「神よなぜ愛される」の前で、コロレドがが楽譜読みながら酔いしれるあの曲!「皇帝ティトーの慈悲」だった!!ティトー好きだから嬉しい!!(そのくせフレーズ覚えてないw)そして、ティトーとコロレドを微妙に重ねてるのに愛を感じるわ。。

 

しかし、年代を見ると、ティトーはKV621で1791年(モーツァルトが死んだ年の夏)。「神よなぜ愛される」は1784-5年と推測される(参照記事:舞台はウィーン! モーツァルトとメスマー博士⑧まとめ)から、また時間軸にズレがある。それでも、コロレドにティトーをぶつけてきたのは改変の妙! 変に史実を守るより、こんな風に引用でキャラのイメージを強調する方が好きだなー。

 

ちなみに、2幕最初のヨーゼフ2世御前オペラは、旧ブルク劇場の「後宮からの誘拐」初演で、これは史実通り。ただ、タイミング的には結婚の後で初演だったから、次のシーンでコンスタンツェとまだ付き合ってるのは時間軸がズレてる。盛り上がりを一幕最初に持ってきたかったから改変したのね。

 

●まとめ

 

というわけで、こうやって、どの場面でどのモーツァルトの曲が使われているかがわかると、更に作品の奥深さが楽しめます!

 

史実を改変している意味、物語のために時系列をどのくらいいじっているのかなど、史実のズレを発見すると、リーヴァイ氏がその改変にどのような意味を持たせたかったのかが、見えてくる気がします。

 

というわけで、この全曲楽譜、とってもとってもお勧めです!!原曲が知りたい人、全ての謎の答えがここにありますよー。

 

モーツァルト!全曲楽譜

 


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2018-02-17 16:52 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

子供時代に完全に挫折したピアノですが、長男がレッスンを始めたのをきっかけに、私も超初心者から脱するべく、去年の秋ごろからピアノレッスンを始めてみました。

 

歌とフルートはやっていたので、ト音記号は読めるレベル。どちらもメロディだけの楽器なので、和音とかハモりとかへ音記号とかからきし。そんなレベルが、半年ほどで童謡や子供向けアニメの曲なら耳コピして左手を付けられるようになりました!!

 

理論の方も一緒に学んでいるのですが、ピアノの世界って奥深い!視野が一気に広がった感じです。

 

私のモーツァルト調査ブームの中、課題曲がモーツァルトのパパ→モーツァルト本人という、モチベーション爆上げの選曲。しかし、初心者にはハードル高すぎる!!

 

●モーツァルトの練習曲

 

2017年10月ごろのモーツァルトのメヌエットが課題曲で、短いのに四苦八苦して練習してたんですが、KV.6と知ってビックリ!!6だよ6!めっちゃ初期だよ!6歳の時の作品!今の長男の年だよ!1週間かけても私、半分も楽譜読めなかったよ!(笑)

 

 

モーツァルトがウィーンのどの建物でどの曲を作曲したかを調べてる途中なんだけど、このKV6のメヌエット1(私の練習曲)は、1763年ブリュッセルでレオポルトの手により記録されている。モーツァルト7歳。練習始めた時点では、今の私には、引きこなすのにまだ3週間はかかりそうと思ったら、結局先生から合格もらえるのに2ヶ月かかりました(苦笑)

 

しかし、7歳で既に、こんなに一発で聴いてモーツァルトとわかる曲を作ってたんだ。。特徴って面白いなー。

 

●何の楽器を使った?

 

しかし、結構両手ともオクターブ移動するし、大人の私の指でもきっちり鍵盤動かすのが難しい幅の広さ。6,7歳の子供の指でちゃんと弾けるのかな?と思ったら、ツイッターで「モーツァルトの初期はハープシコード(=チェンバロ)だったかも」と教えていただいた。

 

モーツァルトは実際なんの楽器を使ってたのかな?って調べたら、また私好みの面白い事実が。。モーツァルトの時代は、ハープシコードからピアノへの過渡期で、どちらもKlavierと呼ばれていたので、どの曲がどれとは言いがたいものもある。

 

曲名に「クラヴィーアのための」って書いてあるのは、そういうことだったのかー。Klavierの直訳はピアノだけど、当時の感覚でKlavierって言われても、ハープシコードかピアノなのか判別できないから、クラヴィーア(=ハープシコードORピアノ)という表記しかできないんだね。

 

一応、子供時代から10代半ばまではハープシコードだったとされてるので、初期のKV6なんかはハープシコードだろうな。その後はピアノだったかも。それにピアノだとしても、今のピアノとかなり違ったらしい。

 

●ハープシコードモードで弾いてみる

 

早速モーツァルトの練習曲を、電子ピアノのハープシコードで弾いてみたら、なんか感動!何このタイムトリップ感!ウィーンでモーツァルトをハープシコードで弾いてるよ私!(笑)

 

ピアノは鍵盤を叩く早さで強弱がつくけど、ハープシコードは音の強弱は一定。ピアノは打弦楽器(ハンマーで弦を叩く)けど、ハープシコードは弦を弾くので弦楽器。音の強弱はつけられない。

 

だから、子供の指で弾いても、強弱的に大人に劣ることはなかったと思われる。けど、鍵盤を叩く強さで曲の盛り上がりを表現できないので、代わりに盛り上げたいところでは、音符を多くして(四分音符が多い曲なのに、盛り上がりだけ八分音符多め)、豪華さを出したんだとか。

 

当時の楽器で弾くっていうのも、音楽の魅力の一つだなぁ。

 

●当時のピアノはどこにある?

 

ベートーヴェンのピアノはパスクヴァラティハウスでこないだ見た。モーツァルトのピアノはザルツブルクの生家に行かないとないのかな(晩年のピアノがある)。とりあえずウィーンの楽器博物館か、産業技術博物館の上の楽器ルームに行けば、昔のピアノに触れられそうだな。

 

以前こんな記事を書いたのを思い出した。

舞台はウィーン! モーツァルトが弾いた当時のチェンバロの音色が聞けるCD①お問い合わせ編

舞台はウィーン! モーツァルトが弾いた当時のチェンバロの音色が聞けるCD②謎解き編

 

この記事の特に謎解き編、久々に読んだらやばいね。。私の歴史ほじくり趣味全開w 特にロンドンからドイツ、更にポーランドからチェコに渡って隠されたチェンバロにロマンを感じるわ。。

 

あとチェンバロといえば、ミュージカルのシカネーダーで、ことある事にチェンバロちゃららんからのレチタティーヴォが入るんだが、シカネーダーもまた、チェンバロからピアノへの過渡期の人物なんだな。とは言っても、モーツァルト晩年の魔笛前後は、既にピアノ優勢なんだろうけどね。

 

●おまけ、我が家の電子ピアノ

 

息子が2017年の春先にピアノレッスンを始めたので、夏ごろにヤマハのクラヴィノーヴァを、清水の舞台から飛び降りるつもりで買いました。モデルチェンジで2300ユーロが1750ユーロになってた♪

 

このピアノの元を取るために、私もピアノレッスン始めたようなものですwイヤホンついてるから子供たち寝たあとで練習できるし、音めっちゃキレイで大満足。我が家の生活スタイルからすると、本物のピアノ買ってもここまで使うことはなかったな。

 

我が家の電子ピアノ、今年買ったものの中ではダントツ一番高くてびっくりしたんだが、使う頻度でいうとかなり元取ってる気がしてきた。長男は毎日15-20分、私も週5回20-30分は練習する。夫も2日に一回はストレス発散のために30分弾いてて、ピアノが取り合いになることも。

 

ピアノが楽しいという気持ちがやっとわかるようになってきたし、モーツァルトの調査のモチベーションも上がるので、なんとか時間を見つけて、練習がんばろうと思います。 

 


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2018-02-15 16:20 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

本日のモーツァルト謎解き宝探し。ほぼすべてのウィーンにあるモーツァルト関連の史跡パネルを調査し尽くしたわけですが(ブログには順次書いていきます)、気になるパネルが一つあった。10年前と20年前の本にしか書いてなくて、ネットには全く上がってないパネル。この2冊の本には載ってて、今は撤去されたものもあるので、半信半疑。

 

モーツァルトが「朝のコンサート」を行ってた場所で、ベートーヴェンもシューベルトも弾いてる。2冊とも写真が載ってなく、場所も謎かけみたいに分かりにくい。8割方現存しないと思われた。広大なアウガルテン公園のどこかにある、くらいのザックリ感。ネットで探しても、違うパネルしか出てこない。

 

なぞかけみたいな本によると、「当時1階建てだった建物の左側」らしい。少年合唱団の寄宿舎か陶器工房のどちらかだが、少年合唱団の方は普段は入れない。陶器工房はいくら手持ちの写真を拡大しても、記念パネルは見えない。行き当たりばったりで現地で探すしかない。

 

●現地調査

 

ちょうど歯医者の近くだったので、アウガルテンの調査に行ってきた。庭園の裏口から入り、木立を抜けて陶器工房の裏手に出る。建物の右側(正面から見た左)に回り込むと、カフェの裏口があり、その横に史跡パネルあった!!写真でも見たことなかったから感動!まさに宝物見つけた気分!

 

これがその、アウガルテンにあるモーツァルトとベートーヴェンとシューベルトの史跡パネル!ネットに上がるのは初かもしれない。それぞれ「朝のコンサート」のプログラムで、この建物で演奏したことが書かれている。モーツァルトのは、会場のこけら落とし的なコンサートだった。

 

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「この建物で、1782年からアウガルテンコンサートが開かれ、以下の人物たちの出演により記念すべきものとなった。

 

モーツァルト 1782年5月26日 

交響曲 KV338, 二大のピアノのための協奏曲 KV365

ベートーヴェン 1803年5月24日

クロイツァーソナタ OP47(初演)

シューベルト 1824年5月1日

夜うぐいす(Die Nachtigall)四重唱 D724

 

モーツァルト協会、ベートーヴェン友の会、シューベルト団体 ウィーン1973」

 

(設置団体名は仮訳です)

 

 

この史跡パネルの見つけ方は、アウガルテン陶器工房正面から見て左のカフェ側の壁に、小さな長方形の穴(?)があるので、そこを潜って右。高射砲塔に気を取られやすいので、塔に背を向ける感じ。

 

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正門から見たアウガルテン陶器工房。いつも水平に撮ったつもりでも傾いてるw この建物で、モーツァルトとベートーヴェンとシューベルトが演奏した。主催者のIgnaz Jahn氏には、その後Cafe Fuarenhuberのコンサートでもお世話になってる。 

 

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しかし、かなりトリッキーな所にあるとはいえ、なんでここの史跡パネルだけ、どのデータベースにも載ってないんだろう。アパートの共有スペースで、住民じゃないと見れないとか、もっと見つけにくいパネルもたくさんあるのに。二冊の本のおかげで見つけられたよ。。著者の方ありがとう!

 

ちなみにこの2冊の本、1996年と2006年に出版されてるんだけど、どちらも廃版で、中古で入手した。今の私のバイブルw これで、ウィーン市内のモーツァルトの史跡パネルの調査、撮影は完了!しかしまだ調べたいことは結構たくさんあるw

 


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