舞台はウィーン!
日本で上映中の「黄金のアデーレ」について深く追及した記事をいくつも書いてきましたが、今回は二つ目のドキュメンタリー映像のご紹介です。
映画「黄金のアデーレ」に関する記事はクリムトの歴史カテゴリへどうぞ。
この訴訟を元に作られた1時間のドキュメンタリー。マリア・アルトマンや弁護士ランディ・シェーンベルクもインタビューに答えている映像です。
前回ご紹介した、一つ目のドキュメンタリー映像は、これらの絵画がオークションにかけられる前に作られたものでしたので、絵画がアルトマンの手に取り戻されたところで終わっていましたが、こちらの映像はオークションで売却される場面が出てきます。
一つ目のドキュメンタリーに含まれていなかった内容をまずご紹介します。
・2枚の絵の芸術的価値
この映像で最も興味深いと思ったのは、アデーレIとアデーレIIの絵を並べて飾る重要性です。
Adele Bloch-Bauer I, 1907
クリムトが同じ人物を二度モデルにしたのは、アデーレだけでした。それだけでもこの二枚はセットで価値があるのですが、更に大きな芸術的秘密が隠されています。
この2枚は5年の間を置いて描かれていますが、その間にクリムトの作風は大きく変わりました。
アデーレIはいかにもクリムト風の金ぴかな絵ですが、2枚目は背景に明らかに日本の影響が見られ、抽象性が増しています。
このように、同じ人物をモデルとして描かれ、おまけに作風が大きく変わった変化を見ることができるという点でも、この二枚の絵は並べて鑑賞されると更に価値を増すと言えます。
それなのに、アルトマンはオーストリアからこれらの絵画を返却された後、半年後にオークションでバラバラに売却しています。
正確にいうと、アデーレIはオークション前に個人的にエスティ・ローダー社長に売却、オークションではアデーレIIと3枚の風景画をバラバラに個人収集家に落札されています。
・また悪者が一人。。
もう一つこの映像で感じることは、この絵画を担当している教育芸術省の大臣を一方的に悪者にしています。もちろんオーストリアの役所は官僚的で感じが悪いところはありますが、それは彼女がユダヤ人だからというわけではなく、だれに対しても感じが悪いのです(苦笑)。
オーストリアの役所仕事っていうものはそういうもので、外国人が何かしようとするといつもこんな感じなんです。それに大臣だけが悪者になっていますが、彼女の個人的な意見でも、保守党の考えでもなく、専門家が「アデーレはオーストリアに属する」と考えた理由や証拠があったはずです(アデーレの遺書とか)。そもそもオーストリアの保守党って別に外国人嫌いじゃないよ?
・アルトマンの英語
28分辺りとか、マリア・アルトマンが話しているのを聞くと、相当強いオーストリアのドイツ語のアクセントのあるドイツ語です。ヘレン・ミレンの英語の方がずーっとアクセントは少ない感じ。
・アデーレ売却の理由
アデーレIIと3枚の風景画は、返却の半年後、NYのクリスティーズでオークションにかけられました。
オークションに先立ち、ランディ弁護士が売却理由を「セキュリティ」だと答えています。これらの絵を取り返したものの、「われわれはこれらの絵画を持っておく能力を持たない do not have ability to keep them」ので売却すると言っています。(←いや、普通こういう絵画を持っている人で、セキュリティが心配な人は、美術館に寄贈したり長期貸与したりするものなのでは?)
更に、「これらの絵画を、他に良い目的のために遣えるもの(つまりお金w)に変換することにした。このお金で色んなことができる(目が泳いでるw)」「その結果個人所有になってしまっても仕方ない。元々アデーレという個人の持ち物だったのを、オーストリアが勝手に一般に展示してただけだ。持ち主が好きにしていいはずだ。」と言っています。
映画を見た方、この発言どう思います?私はブチ切れました。前のドキュメンタリー映像では「5枚の絵画をベルヴェデーレに」とか「すべての絵画は一般に展示されることを希望する」とか言ってませんでしたっけ?映画でもそうでしょ?
こんな素晴らしい芸術作品を「個人所有になってしまっても仕方ない」って、それがどれだけの世界の損失かわかってるの?オーストリアが勝手に一般に展示していたって、それが一番芸術作品の価値を理解し、尊重した扱いだし、持ち主が好きにしていいレベルを超えた芸術作品ですけど!
更に、ベルヴェデーレとの間では、寄付、5枚セットで売却、長期貸与と交渉があったわけですが、「寄付は考えていなかった。68年ベルヴェデーレが持っていたのだし、その後で寄付する意味はなかった」と言っています。
・オークション映像
そして最後の50分で、オークションで落札されていく映像があります。正直、結構見ていてキツイものがあります。。
実際映像見ながら書いていたら、こんな感じになってしまいました。
「ブナの木」は電話で落札。(泣ける。。。)
「アッター湖」は会場で落札。(泣ける。。ひどーーー。)
「リンゴの木」は電話で落札。(あああだめーーー!!!)
「アデーレ2」 緊張の中、電話で落札が完了しかけた時に、もう一声新しい落札者が割り込み、会場に笑いが。(笑うな!!!!本気でムカついてきた。。)
オークション直後にインタビューされたランディ弁護士は、興奮した面持ちで「クリムトの絵画が会場に出された時、空気のエネルギーを感じた。」と言っています。思い出の品が売れていくのが寂しいとか、価値の分かる人に所有されたいとかではなく、勝ち誇ったような印象をうけましょた。これが彼らが絵画に対して持っていた本心なんでしょうね。。
この4枚の絵画は、どこにあるのかはミステリー。買い手は秘密とのことです(のちアデーレ2は一般公開されます)。
アデーレIを世界最高価格で購入した、エスティ・ローダー社長は、14歳の頃、ウィーンで初めてこの絵を見て、自分の成長の象徴と思っていたんだとか。そりゃ、思い入れはないよりある方がいいでしょうが、この絵に特別な思いを抱いている人は他にも沢山いるでしょうし、彼だけが特別この絵が好きってわけでもないよね。。
というわけで、この事件を追っているものとしては相当見るのが辛くなる、オークション映像をご覧いただきました。
アデーレ記事まだまだ続きますので、引き続き当カテゴリチェックしていてくださいね。
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元あるべき持ち主の元に戻ったら、その持ち主は普通どうするんでしょうかね?お金のために売るか?美術館に寄贈するか?それとも自分で小さなギャラリーを作って公開するか。その選択は持ち主の気持ち次第なんじゃないでしょうか。
美術館に行くと様々な画家の作品を見られるのは良いのですが、全てを見ようとすると世界各国を回らなきゃいけなくなりますよね。特別展があったとしても、全て見られるわけではない。クリムトの作品は比較的一箇所に集まっていて見易いと思います。アデーレの肖像画はⅠもⅡもウィーンの美術館に飾られたままのほうが良かったのではないかと思いますが、自分がクリムトを好きになったきっかけがMoMAで初めてみたアデーレ=ブロッホバウアーⅡなんですよね。もちろんどこの場所にどの絵画をおくのかって重要なことだと思いますが、公開されてる限りはどこにあってもその作品が魅力的である限りいいんじゃないかなと思ってしまいます。(ただその当時Ⅰもニューヨークにあるのを知らず見て回れなかったのが非常に残念です。全部オーストリアにあればいいのに!)