2018-02-17 16:52 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

子供時代に完全に挫折したピアノですが、長男がレッスンを始めたのをきっかけに、私も超初心者から脱するべく、去年の秋ごろからピアノレッスンを始めてみました。

 

歌とフルートはやっていたので、ト音記号は読めるレベル。どちらもメロディだけの楽器なので、和音とかハモりとかへ音記号とかからきし。そんなレベルが、半年ほどで童謡や子供向けアニメの曲なら耳コピして左手を付けられるようになりました!!

 

理論の方も一緒に学んでいるのですが、ピアノの世界って奥深い!視野が一気に広がった感じです。

 

私のモーツァルト調査ブームの中、課題曲がモーツァルトのパパ→モーツァルト本人という、モチベーション爆上げの選曲。しかし、初心者にはハードル高すぎる!!

 

●モーツァルトの練習曲

 

2017年10月ごろのモーツァルトのメヌエットが課題曲で、短いのに四苦八苦して練習してたんですが、KV.6と知ってビックリ!!6だよ6!めっちゃ初期だよ!6歳の時の作品!今の長男の年だよ!1週間かけても私、半分も楽譜読めなかったよ!(笑)

 

 

モーツァルトがウィーンのどの建物でどの曲を作曲したかを調べてる途中なんだけど、このKV6のメヌエット1(私の練習曲)は、1763年ブリュッセルでレオポルトの手により記録されている。モーツァルト7歳。練習始めた時点では、今の私には、引きこなすのにまだ3週間はかかりそうと思ったら、結局先生から合格もらえるのに2ヶ月かかりました(苦笑)

 

しかし、7歳で既に、こんなに一発で聴いてモーツァルトとわかる曲を作ってたんだ。。特徴って面白いなー。

 

●何の楽器を使った?

 

しかし、結構両手ともオクターブ移動するし、大人の私の指でもきっちり鍵盤動かすのが難しい幅の広さ。6,7歳の子供の指でちゃんと弾けるのかな?と思ったら、ツイッターで「モーツァルトの初期はハープシコード(=チェンバロ)だったかも」と教えていただいた。

 

モーツァルトは実際なんの楽器を使ってたのかな?って調べたら、また私好みの面白い事実が。。モーツァルトの時代は、ハープシコードからピアノへの過渡期で、どちらもKlavierと呼ばれていたので、どの曲がどれとは言いがたいものもある。

 

曲名に「クラヴィーアのための」って書いてあるのは、そういうことだったのかー。Klavierの直訳はピアノだけど、当時の感覚でKlavierって言われても、ハープシコードかピアノなのか判別できないから、クラヴィーア(=ハープシコードORピアノ)という表記しかできないんだね。

 

一応、子供時代から10代半ばまではハープシコードだったとされてるので、初期のKV6なんかはハープシコードだろうな。その後はピアノだったかも。それにピアノだとしても、今のピアノとかなり違ったらしい。

 

●ハープシコードモードで弾いてみる

 

早速モーツァルトの練習曲を、電子ピアノのハープシコードで弾いてみたら、なんか感動!何このタイムトリップ感!ウィーンでモーツァルトをハープシコードで弾いてるよ私!(笑)

 

ピアノは鍵盤を叩く早さで強弱がつくけど、ハープシコードは音の強弱は一定。ピアノは打弦楽器(ハンマーで弦を叩く)けど、ハープシコードは弦を弾くので弦楽器。音の強弱はつけられない。

 

だから、子供の指で弾いても、強弱的に大人に劣ることはなかったと思われる。けど、鍵盤を叩く強さで曲の盛り上がりを表現できないので、代わりに盛り上げたいところでは、音符を多くして(四分音符が多い曲なのに、盛り上がりだけ八分音符多め)、豪華さを出したんだとか。

 

当時の楽器で弾くっていうのも、音楽の魅力の一つだなぁ。

 

●当時のピアノはどこにある?

 

ベートーヴェンのピアノはパスクヴァラティハウスでこないだ見た。モーツァルトのピアノはザルツブルクの生家に行かないとないのかな(晩年のピアノがある)。とりあえずウィーンの楽器博物館か、産業技術博物館の上の楽器ルームに行けば、昔のピアノに触れられそうだな。

 

以前こんな記事を書いたのを思い出した。

舞台はウィーン! モーツァルトが弾いた当時のチェンバロの音色が聞けるCD①お問い合わせ編

舞台はウィーン! モーツァルトが弾いた当時のチェンバロの音色が聞けるCD②謎解き編

 

この記事の特に謎解き編、久々に読んだらやばいね。。私の歴史ほじくり趣味全開w 特にロンドンからドイツ、更にポーランドからチェコに渡って隠されたチェンバロにロマンを感じるわ。。

 

あとチェンバロといえば、ミュージカルのシカネーダーで、ことある事にチェンバロちゃららんからのレチタティーヴォが入るんだが、シカネーダーもまた、チェンバロからピアノへの過渡期の人物なんだな。とは言っても、モーツァルト晩年の魔笛前後は、既にピアノ優勢なんだろうけどね。

 

●おまけ、我が家の電子ピアノ

 

息子が2017年の春先にピアノレッスンを始めたので、夏ごろにヤマハのクラヴィノーヴァを、清水の舞台から飛び降りるつもりで買いました。モデルチェンジで2300ユーロが1750ユーロになってた♪

 

このピアノの元を取るために、私もピアノレッスン始めたようなものですwイヤホンついてるから子供たち寝たあとで練習できるし、音めっちゃキレイで大満足。我が家の生活スタイルからすると、本物のピアノ買ってもここまで使うことはなかったな。

 

我が家の電子ピアノ、今年買ったものの中ではダントツ一番高くてびっくりしたんだが、使う頻度でいうとかなり元取ってる気がしてきた。長男は毎日15-20分、私も週5回20-30分は練習する。夫も2日に一回はストレス発散のために30分弾いてて、ピアノが取り合いになることも。

 

ピアノが楽しいという気持ちがやっとわかるようになってきたし、モーツァルトの調査のモチベーションも上がるので、なんとか時間を見つけて、練習がんばろうと思います。 

 


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2018-02-15 16:20 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

本日のモーツァルト謎解き宝探し。ほぼすべてのウィーンにあるモーツァルト関連の史跡パネルを調査し尽くしたわけですが(ブログには順次書いていきます)、気になるパネルが一つあった。10年前と20年前の本にしか書いてなくて、ネットには全く上がってないパネル。この2冊の本には載ってて、今は撤去されたものもあるので、半信半疑。

 

モーツァルトが「朝のコンサート」を行ってた場所で、ベートーヴェンもシューベルトも弾いてる。2冊とも写真が載ってなく、場所も謎かけみたいに分かりにくい。8割方現存しないと思われた。広大なアウガルテン公園のどこかにある、くらいのザックリ感。ネットで探しても、違うパネルしか出てこない。

 

なぞかけみたいな本によると、「当時1階建てだった建物の左側」らしい。少年合唱団の寄宿舎か陶器工房のどちらかだが、少年合唱団の方は普段は入れない。陶器工房はいくら手持ちの写真を拡大しても、記念パネルは見えない。行き当たりばったりで現地で探すしかない。

 

●現地調査

 

ちょうど歯医者の近くだったので、アウガルテンの調査に行ってきた。庭園の裏口から入り、木立を抜けて陶器工房の裏手に出る。建物の右側(正面から見た左)に回り込むと、カフェの裏口があり、その横に史跡パネルあった!!写真でも見たことなかったから感動!まさに宝物見つけた気分!

 

これがその、アウガルテンにあるモーツァルトとベートーヴェンとシューベルトの史跡パネル!ネットに上がるのは初かもしれない。それぞれ「朝のコンサート」のプログラムで、この建物で演奏したことが書かれている。モーツァルトのは、会場のこけら落とし的なコンサートだった。

 

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「この建物で、1782年からアウガルテンコンサートが開かれ、以下の人物たちの出演により記念すべきものとなった。

 

モーツァルト 1782年5月26日 

交響曲 KV338, 二大のピアノのための協奏曲 KV365

ベートーヴェン 1803年5月24日

クロイツァーソナタ OP47(初演)

シューベルト 1824年5月1日

夜うぐいす(Die Nachtigall)四重唱 D724

 

モーツァルト協会、ベートーヴェン友の会、シューベルト団体 ウィーン1973」

 

(設置団体名は仮訳です)

 

 

この史跡パネルの見つけ方は、アウガルテン陶器工房正面から見て左のカフェ側の壁に、小さな長方形の穴(?)があるので、そこを潜って右。高射砲塔に気を取られやすいので、塔に背を向ける感じ。

 

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正門から見たアウガルテン陶器工房。いつも水平に撮ったつもりでも傾いてるw この建物で、モーツァルトとベートーヴェンとシューベルトが演奏した。主催者のIgnaz Jahn氏には、その後Cafe Fuarenhuberのコンサートでもお世話になってる。 

 

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しかし、かなりトリッキーな所にあるとはいえ、なんでここの史跡パネルだけ、どのデータベースにも載ってないんだろう。アパートの共有スペースで、住民じゃないと見れないとか、もっと見つけにくいパネルもたくさんあるのに。二冊の本のおかげで見つけられたよ。。著者の方ありがとう!

 

ちなみにこの2冊の本、1996年と2006年に出版されてるんだけど、どちらも廃版で、中古で入手した。今の私のバイブルw これで、ウィーン市内のモーツァルトの史跡パネルの調査、撮影は完了!しかしまだ調べたいことは結構たくさんあるw

 


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2018-02-10 16:32 | カテゴリ:未分類

私のハマる調べ物って、ネットで調べるの?って質問されたので、手法を考えてみた。確かに調べる時はネットで調べまくるけど(主に政府系か博物館系のサイトで)、きっかけは現地でってことがほとんど。博物館でふと見つけたフレーズとか、街で見かけた史跡パネルとの出会いがスタート。

 

そもそも現物を見ないと心が動かないから、ネット見てるだけではやる気が起きないw 現物見て感動する→帰宅して気になることを調べる→また現地に足を運んで調べたり、写真撮ったりする→ニュースとかでまた新情報ゲット→また現地に行くって流れかな。

 

いくらネットが便利とはいえ、博物館の説明板やガイドさんの説明の方がずっと貴重な情報だし、新しい発見の種はこういう足で集めた情報の中にある。時代背景や人間関係など大きな枠組みを知りたい時や、ミュージカルネタなど細すぎる情報はネットで補完する。

 

あと私は自分で資料として写真を撮るので、必ず現地に足を運ぶ。そこで、ネットにないものを発見して大興奮することも多い。Googleストリートビューがない国なので、特に建物のディテールは撮りに行くしかないし、それが一番面白いところ。やはりオリジナルの現物こそ、心が動く。

 

全体の労力としては、現地調査とネット調査と執筆で1/3ずつくらいかな。本を買って読んだり、新聞や雑誌などの紙媒体も参照したりする。あと、現地人に概要を話して、知名度とか関連ネタを教えて貰ったりする。現地だからこそできる、ネット以外から得られる独自の視点みたいなのは重視してる。

 

結構昔からマニアックな現地調査は好きで、よくやってたなぁ。ニーベルンゲンの歌第2部のクリームヒルト輿入れ道中ドナウの村調査が一番最初かな。次がドイツのニーベルンゲンゆかりの地巡り。この二つはmixiに上げた。あとは「魔笛初演劇場を探せ」も一旦まとめて、新情報ゲットしたので再執筆予定。

 

あと「シシィの星」調査は、相当掘ったけどわからないことがいくつかあって、情報待ち(現時点でまとめても相当面白いと思うけど)。「シシィゆかりの地」もほぼ調査は終わってる。「高射砲塔」は二つの記事にまとめたし、「マリーヴェッツェラ」「メスマー博士」はブログにまとめた。

 

「モーツァルトゆかりの地」もウィーン編の調査はほぼ完了。相当な量なので、まとめるのが大変だよ。。あとは今やってる「シュテファン広場の歴史」も、モーツァルトの枠内でやってる。調べてるうちに、別のテーマに心惹かれて、「今のが終わったらやろう!」っていうのも山ほどある。

 

あと日本でも現地調査やったわ。実家の周辺の歴史を調べて、現場を歩いて証拠を集めたり(郷土史は資料館の会報のバックナンバーのPDFを参照した)、祖母x2に家系調査のためにインタビューしたり。そこから鬼伝説とか建築様式とか、郷土史に繋がって面白かった。

 

祖母たちから聞いた情報を頼りにネットで調べて、発見したことを伝えたら、めっちゃビックリしてた。祖母がその祖母から聞いた、家に伝わる伝説には裏付けがあって、有名な他の話と繋がってたことには、世代を超えてびっくり。

 

これは同時に義父が家系調査してたのに影響を受けた。義父も教会の記録を探しに遠くまで行ったり、昔の手書きの文字を解読したのを逐一見せてくれた。義父はちゃんとまとめて、本も作った。私もそこまで形にできればいいけど。

 

義父が急に家系調査に燃えたのは、見知らぬアメリカ人からの一通のメールだった。「私の苗字はあなたと同じ。家系調査をしていたら、祖先がオーストリアから来たことがわかった。協力してほしい」みたいなメール。そこから親戚総出で調査していくうちに、本まで出来てしまった。

 

 

てな感じで、ハマった調査について色々と書いてみたけど、やっぱり最初の動機は、現地で実物を見たり、知らなかったことを耳に挟んだりした時だなー。「こう信じてたけど違った!」とか「関連事項とこうつながってるのか!」っていうのが楽しい。

 

そして、私の場合入り口はミュージカルってことが圧倒的に多い。やはり一つのジャンルにハマると、そこから別のジャンルにハマって、芋づる式にアンテナが伸びていくんだなー、と実感してます。

 

 



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2018-02-07 16:33 | カテゴリ:モーツァルトの歴史

ウィーンの町を散策していると、急に見慣れた名前が史跡パネルに書かれていて、目に飛び込んでくることがあります。

 

歴史的な建物に付けられた史跡パネルは、その建物に歴史上の人物が住んでいたり、訪れたりしたことがあることを示しています。

 

全てのゆかりの建物に史跡パネルが付くわけではなく、パネルがなくても重要な建物の事もあれば、パネル自体が間違っていることもあり、注意が必要ですが、街歩きの楽しみの一つとして、宝探し気分で史跡パネルとの出会いを楽しむのも、ウィーンの醍醐味の一つです。

 

ある日の観劇の帰り、ふと見上げたところに、モーツァルトの史跡パネルを見つけたのが、私の史跡パネル宝探しの始まりでした。

 

IMG_6520

それがこちらの史跡パネルです。

 

===

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 1756-1791

1762年の10月第二週に、この建物において、この町で聴衆の前で初めて演奏を行った。彼の故郷となり、また運命となった、この町で。

===

 

と書いてあります。

 

「この建物でモーツァルトがウィーン初演奏?6歳でマリア・テレジアの前で御前演奏してたはずなの、それより前なの?」と思って、そこから調査が始まりました。

 

モーツァルトは、6歳、12歳、16歳と三度ウィーンを演奏旅行で訪れた後、1781年から10年間ウィーンに住みました。

 

1762年の訪問は6歳の時で、10月6日にザルツブルクからウィーンに到着しています。10月第二週に演奏とありますが、おそらく9日の事だったと思われます。シェーンブルンでの御前演奏は13日です。ウィーンに到着して三日後にはコンサートを始めたということになりますね。このコラールト宮でも、シェーンブルンと同じように、ナンネールとモーツァルトが共演したそうです。

 

IMG_6493

コラールト宮外観。建物の右下のアーチは通り抜けでき、時計博物館方面につながっています。フィアカー(馬車)の定番ルートでもあります。

 

 

モーツァルトを招待したのは、この館の名前にもなっているコッラールト侯爵で、コンサートにも在席していたとされています。

 

IMG_6519

こちらが、コラールト宮の歴史に関する史跡パネル。

 

「1671年に建てられ、1715年と1725年にファサードを新しくした」と書かれています。モーツァルトが来る200年も前からここにあった建物なのですね。

 

IMG_6526

 

ウィーンにあるモーツァルト関連の建物で、現存しているものはかなり少ないので、貴重な「当時からある建物」ということになります。

 

通りかかることがありましたら、ぜひ史跡パネルを見て建物を見上げ、250年前の6歳のモーツァルトの演奏の様子を思い浮かべてみてくださいね。


Palais Collalto

Am Hof 14

 


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オーストリアの非公式の国歌と言われる、ラインハルト・フェンドリッヒ作詞作曲、「アイ・アム・フロム・オーストリア」の歌詞を訳してみました。

 

オーストリア人の中では、国家の次に重要な曲が「美しき青きドナウ」で、その次に大事なのがこの曲です。

 

フェンドリッヒの他の曲と同様、この曲も歌詞はウィーン弁で書かれているので、普通のドイツ語を知っているだけでは、読み解くことはできません。だから、この歌詞を翻訳できるようになるまで、記事にするのはずっと待っていたという経緯があります。

 

私は歌詞の意味を知って以来、この曲を聞くと自然に涙が流れてきてしまいます。そんな曲は、Udo JuergensのIch war noch niemals in New Yorkとこの曲だけです。

 

Ich war noch niemals in NYはこちらで以前和訳しましたので、ご覧ください。私の大好きな二曲が、どちらもミュージカル化され、曲名が作品名になっているのも感慨深いものです。

 

●翻訳の種類

 

歌詞は、Fendrichの公式サイトから取ってきました。妙なドイツ語のスペリングに見えるのは、ウィーン弁をそのまま文字にしている歌っているからです。

 

まずは歌詞を見て、日本語のこなれた感を出さず、独語の流れのまま日本語に置き換えてみました。(翻訳A)

 

それから半年ほど置いて、気分が乗った時に、日本語として「詩」らしく聞こえるように書きなおしました。(翻訳B)

 

両方読み直してみると、翻訳Bの方がかっちりとまとまってはいるのですが、文字が少なく漢文っぽい感じで、ちょっとよそよそしい感じになっています。一応こちらを第一の訳としますが、何となくウィーン弁ののんべんだらりとした感じが出ていない気もします。

 

なので、敢えて日本語として未熟な翻訳Aも、その後に載せています。こちらの方が日本語は荒いですが、独語のロジックの流れや、感情の揺れのようなものは感じ取れるかもしれません。

 

というわけで、色々とこだわりはありますが、歌詞を読んで、感じてみてください。

 

●独語歌詞

 

Dei´ hohe Zeit ist lang vorüber
und auch die Höll´ hast hinter dir,
vom Ruhm und Glanz ist wenig über,
sag´ mir wer zieht noch den Hut vor dir,
außer mir.


I kenn´ die Leut´,
i kenn´ die Ratten,
die Dummheit,
die zum Himmel schreit,
i steh´ zu dir bei Licht und Schatten,
jederzeit.


Chorus:
Da kann ma´ machen was ma´ will,
da bin i her, da g´hör´ i hin,
da schmilzt das Eis von meiner Seel´
wie von an Gletscher im April.
Auch wenn wir´s schon vergessen hab´n,
i bin dei Apfel, du mein Stamm.
So wie dein Wasser talwärts rinnt,
unwiderstehlich und so hell,
fast wie die Tränen von an Kind,
wird auch mein Blut auf einmal schnell,
sag´ ich am End´ der Welt voll Stolz
und wenn ihr a wollt´s
auch ganz alla -
I am from Austria
I am from Austria


Es war´n die Störche oft zu beneiden,
heut´ flieg´ ich noch viel weiter fort,
i seh´ di´ meist nur von der Weiten,
wer kann versteh´n
wie weh das manchmal tut.


Chorus:
Da kann ma´ machen was ma´ will,
da bin i her, da g´hör´ i hin,
da schmilzt das Eis von meiner Seel´
wie von an Gletscher im April.
Auch wenn wir´s schon vergessen hab´n,
i bin dei Apfel, du mein Stamm.
So wie dein Wasser talwärts rinnt,
unwiderstehlich und so hell,
fast wie die Tränen von an Kind,
wird auch mein Blut auf einmal schnell,
sag´ ich am End´ der Welt voll Stolz
und wenn ihr a wollt´s
auch ganz alla -
I am from Austria
I am from Austria

 

I - Texte - Musik - Rainhard Fendrich

 

●日本語訳(翻訳B短いバージョン)

 

最高の時は過ぎ去り
地獄の時も既に過去のもの
栄華と輝きはないに等しく
敬意を表す者も他にいない
あなたに帽子を取るのは

私一人だけ

 

私は知っている
その民衆もドブネズミも
天に向かって叫ぶような
耐え難い愚かさも
光でも闇でも
私はあなたの側にいる

いつでも

 

(リフレイン)

動かすことのできない事実
ここは私の故郷。私の属するところ

4月の氷河のように
わが魂の氷が溶ける場所

 

たとえ忘れてしまったとしても
私はリンゴで、あなたはその幹だ


抑えがたく、清く
まるで子供の涙の様に
水が谷に向かって流れるように
そんなふうに一気に早く
私の血は流れるだろう

 

世界の終わるとき、誇りをもって

望むなら
たった一人になったとしても、

私は言う
アイ・アム・フロム・オーストリア

 

 

コウノトリを羨んだこともある
私はもっと遠くまで飛んできた
あなたを遠くから眺めるしかない
誰がわかってくれるだろうか
時折感じるそのつらさ(苦しみ)を

 

(リフレイン)

 

===

 

●日本語訳(翻訳A長いバージョン)

 

最高の時はずっと前に終わってしまった
そして、地獄の時期も過ぎ去った
名声と栄光はほとんど残っていない
誰があなたなんかに帽子を取って敬意を示すのか
私の他に

 

その人たちのことを知っている
そのドブネズミたちのことも知っている
耐えられないような(天に向かって叫びたくなるような)愚かさも。
光でも闇でも、私はお前の味方に付く
いつでも

 

(リフレイン)

もうどうすることもできない
私の故郷。私はそこに属している

私の魂の氷が溶ける
4月に氷河が溶けるように

 

もうみんな忘れてしまったとしても
私はリンゴで、お前はその幹だ


水が谷に向かって流れるように、
いやおうなしに、そして清く(きらきらと、明るく)
まるで子供の涙の様に
そんなふうに私の血は一気に早く流れる


世界の終わりに、誇りをもって
そして、たった一人になったとしても、
私は言う
アイ・アム・フロム・オーストリア

 

 

(遠い外国まで飛んでいく)コウノトリがうらやましいと思ったこともある。
しかし今私はもっと遠くまで飛んできてしまって、
あなたを遠くから眺めるしかない
それがどんなにつらい事か
誰がわかってくれるだろうか

 

(リフレイン)

 

●動画


私がその場にいて実際に聞いて、とても感動した、2007年のドナウインゼルフェストでのI am from Austriaです。



●感想とか

 

どちらの翻訳が好みでしたか?その日の気分によって、好みは変わる気もします。

 

オーストリア人は、コンサートでこの曲がかかると、国歌斉唱と同じように、胸に手を当てて歌うんです。その光景を見た時には感動しました。

 

ちょっと気になった点や、私なりの解釈をまとめておきます。

 

・呼び方

 

オーストリアに対する国の呼びかけとして、翻訳では「あなた」と訳していますが、独語ではDuと親しみを込めた呼び方をしています。「君」と訳してもなんだかしっくりこないので「あなた」にしていますが、敬語ではなくタメ口で、友人のように話している、という口調です。

 

・歴史の比喩

 

オーストリアの歴史を知って、この歌詞を読み解くと、比喩が何の事を示しているのかはすぐにわかります。

 

最高の時は過ぎ去り
地獄の時も既に過去のもの
栄華と輝きはないに等しく
敬意を表す者も他にいない

 

上記の「最高の時」や「栄華と輝き」はハプスブルク時代、地獄は第二次世界大戦のドイツ併合から敗戦、再独立までの年月。「敬意を表す者もいない」とは、アルプスの小国に成り下がって、「オーストリア?それどこ?」と言われるようになってしまった事を指します。

 

欧州随一の帝国が、今では名もなき小国。なのに「私」だけは、帽子を取って敬意を示す。コンサート会場では、この「私」はオーストリア人全員ですので、みんな帽子を取る仕草を無意識にしていました。

 

 

私は知っている
その民衆もドブネズミも
天に向かって叫ぶような
耐え難い愚かさも

 

上記の「ドブネズミ」とは、ズルく汚いヤツ、オーストリアの歴史上の人物事でしょうし(もしかしたら特定の近代史の人物かもしれませんしね)、「耐えがたき愚かさ」も、オーストリアの近代史を思い起こせば、ドイツ併合後に行われた、ホロコーストの類の事を示しているのでは、と想像できます。

 

もちろん比喩からの想像は、聴衆の自由ですので、私が近代史に限って想像を働かせてしまう以外の解釈もあるかもしれませんが、一番オーストリア人の頭に浮かびやすそうな歴史、ということで考えてみました。

 

・自然の比喩

 

抑えがたく、清く
まるで子供の涙の様に
水が谷に向かって流れるように
そんなふうに一気に早く
私の血は流れるだろう

 

また、リフレインで「谷」「川」「氷河」等の比喩が多用されますが、これはもちろんオーストリアのアルプスを意識していて、「リンゴ」はオーストリアの名産品です。

 

川の流れが「血」と重ねられている比喩がありますが、この川を「ドナウ河」と連想するか、アルプスの峰から流れる清流と思い浮かべるかは、その人の住んでいる場所によっても異なるかもしません。

 

氷河→雪解け水→川の連想ですとアルプスですが、「美しき青きドナウ」→Wiener Blut(ウィーン気質)とシュトラウスつながりとも考えることはできそうですね。子供の涙の様に、などの比喩もありますので、雪解け水の方がイメージは合いそうですが。

 

・コウノトリの比喩

 

そして、2番で意外な事実が明らかになります。この歌の「私」は、オーストリアに住んでいるわけではなく、国外在住のオーストリア人という設定だったのです。

 

「コウノトリ」もオーストリアの夏の風物詩で、ルストなどのオーストリア南部に6-8月の間だけ巣を作ります。オーストリア人であれば、コウノトリ=遠方から来た、という連想が働きます。

 

参考:毎年夏にコウノトリが飛来するルストに関する記事

 

そして、そのコウノトリよりも故郷から遠いところにいる「私」。愛する故郷を遠いところから眺めるしかない、故郷を想う気持ちは、海外在住者にとっても心を打つ一節となっています。

 

そして、だからこそ、この歌のタイトルが英語のI am from Austriaなんですね。海外在住(おそらく内容から言ってアメリカ?)のオーストリア人が、「何人ですか?」と聞かれて「アイ・アム・フロム・オーストリア」と答え、その知名度の低さに慣れてしまいつつ、こみ上げる故郷への思慕と尊敬を歌にしたもの、と考えることができるでしょう。

 

●まとめ

 

歴史を示唆する比喩の巧みさ、血と重なる自然の美しさ、故郷を外から見た時の思慕の念、唐突に挟まる英語詞の謎解き。全てが重なりあい、意味を成し、独特のアクセントで歌い上げることで強調される感情の波。

 

どこの国にいても、自分の「幹」になる国があり、その国の歴史も自然も愛し、自分の「ことば」がある。

 

オーストリア人の心にぐっと響く歌というだけでなく、海外在住者が生まれ育った国を思い出す気持ちも重ね合わされ、国境を越えて多くの人の心に訴えるのではないかと感じました。

 

フェンドリッヒには、他にもオーストリア愛、ウィーン愛に満ちた歌が沢山あります。もし興味を持たれたら、他の歌も聞いてみてくださいね。

 

ラインハルト・フェンドリッヒ ベストアルバムCD "So Weit So Gut"

 

アイ・アム・フロム・オーストリア ウィーン版キャストアルバム<2枚組みCD>

 

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2018-01-30 16:54 | カテゴリ:記事紹介

外国人にも見てほしい、日本のいい所の特集にいくつか寄稿しました。12か所4記事にまとめていただいたので、ご紹介しますね。

 

「外国人にお勧めしたい日本の○○」というテーマだったので、なるべく外国人を連れて行ったことがあり、生の反応を見ることができた場所を選んでいます。

 

それも、関西のスポットを沢山ご紹介しているので、なんだか地元のいいところ探しみたいになって、書いていて楽しい記事でした♪

 

外国人だけではなく、関西に旅行で行かれる方、一時帰国に関西の実家に帰省される子連れファミリーにもお勧めのスポットです。

 

発表! 外国人にも勧めたい日本の動物園・水族館ベスト13

 

須磨海浜水族園姫路セントラルパークについて書いてます。スマスイのイルカショーは好きすぎて、歌で涙が。。

 

Sumasui-Iruka

ひょろ撮影、スマスイのイルカショー♪

 

個人的には、王子動物園、どうぶつ王国、京都水族館もお勧めです♪

 

あと、動物園、水族館ではないですが、博物館系として、カワサキワールド、神戸青少年科学館、水の博物館なども、テクノロジー好きの大人や子供は目いっぱい楽しめます。いいところ沢山ありますねー。

 

発表! 外国人にも勧めたい日本の伝統ベスト11

 

灘の酒蔵(灘郷と西宮郷)、甲賀と伊賀の忍者村の四件で寄稿してます。

 

特に、西宮郷と甲賀忍術村は何度行っても大好き!

 

西宮郷は、駅でレンタサイクルして回るのがお勧めです。本当に見所が多くて、お酒好きの方なら絶対喜ばれます。私はどぶろくを自家醸造するので、発酵のプロセスによって泡の出方が変わる様子を見ることができたり、色々学びがありました。

 

Nishinomiya-gou

 

 

甲賀の忍術村は、さびれた村の雰囲気が最高です!伊賀も甲賀も両方行きましたが、個人的には伊賀の方が子連れリピートのしがいがあります。何度言っても思う存分自然の中で走り回って、忍者気分を味わえますよ!地元のお兄ちゃんと戦いごっこさせてもらったのは、一生の思い出です。

 

Kouka-Ninjamura3

 

一応、酒蔵系は大人向け、忍者村は子供と一緒が楽しいですが、外国人なら忍者村に大人だけで行っても、なかなか楽しいです。結構忍者好きの外国人カップルとか来てましたよー。あんな山奥に頑張って来るなあ、と思いました(笑)

 

 

発表! 外国人にも勧めたい日本の城ベスト8

 

関西からは、姫路城、彦根城、明石城、伊賀上野城で寄稿しました。

 

オーストリアの古城はかなり沢山行っているのですが、その影響で日本のお城もどんどん気になってきました。

 

ヨーロッパのお城と似ているところも違うところもあり、文化史として考えてもなかなか興味深いところです。

 

Hikonejo1

彦根城

 

Akashijo3

明石城

 

発表! 外国人にも勧めたい日本の島ベスト8

 

淡路島と竹生島(琵琶湖)について寄稿しました。

 

淡路島は、京阪神の人にとっては言わずと知れた、「子連れで週末旅行するのに最高の島」ですね!自然が多く、食べ物がおいしく、温泉もあって、子供のが遊んで学べる場所が盛りだくさん!帰国するたびに一泊旅行に行ってしまう、大好きな島です。

 

など近隣の都市からのアクセスもよく、週末にはレジャー客で賑わう、人気の旅行先です。

 

Awajishima-Naruto

 

竹生島は、琵琶湖に浮かぶ神秘の島なんですが、国内の知名度はどんな感じなんだろう?外国人を連れて行ったらすごく喜ばれる上、船に乗ったり、かわらけ投げとかのアクティビティ(?)があるので、記憶に残りやすいみたい。

 

 

Chikubujima1

 

竹生島と彦根城は、一泊旅行でセットにすると素敵な思い出になりますよ♪

 

 

というわけで、外国人にも、日本人にも、一時帰国する人にもぜひ見てほしい、京阪神のいい所のご紹介でした♪

 

 



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2018-01-27 16:21 | カテゴリ:ウィーンで育児

小学生の息子の日本語教育に関して、色々と悩んだり考えたりしていた中で、海外でお子さんの日本語教育を頑張っていらっしゃる皆さんに、アンケートを取ってみました。



 

沢山RT拡散していただき、1週間の投票期間で100票近くのご意見が集まり、大変参考になりました。どうもありがとうございました!!

 

結果は、以下の通りになりました。

 

31% 補修校

15% 個人・少人数レッスン

18% 家庭で親が教材を使って

36% 日常会話のみでレッスンはしていない

(98票)

 

補習校がある町とそうでない地域、将来的に日本に帰る予定か現地に残る予定か、両親の使用言語など、家庭によって状況は様々だと思います。

 

ちなみにウィーンは日本語学校付属の週末補修校はないため、補習校資格のある日本語教室、少人数プライベートレッスン、家庭教師等の機会がありますが、選択肢は非常に限られています。

 

「家庭で親が教材を使って」という方が18%もいらっしゃり、心強い限りです。私も試しに冬休みに先生代わりになって、教材を使って教えてみました。「親が先生というのはうまくいかないよ」と方々から言われていたのですが、選択肢が少ない中、自分が先生をやるという選択肢も作っておいた方がいいかな。。と思った次第です。

 

小学校1年生の4月からは、大使館で日本の教科書を受け取ることができます。それに加えて以下のサイトの通信教育の教材を使えば、家でも可能ですよ、とフォロワーさんにも教えていただきましたので、試してみようと思います。

 

海外子女のための通信教育 | 海外子女教育振興財団コーポレートサイト

 

うちはほかにも、しまじろう(進研ゼミ)やポピーなども試してみた上、一時帰国の時に本屋にこもって、市販の教材も買いあさってみました。

 

あまり多すぎても、現地校の勉強との兼ね合いで負担になったりしますし、本人の興味を刺激しつつ、効率的で本人に合った教材を見つけてあげられればと思います。

 

私自身通信教育は溜めてしまうタイプなので、まずちゃんとこなすところからがんばらなくては。。

 

(おまけ)

息子が放課後に作ってきた紙飛行機の中身が、日本とオーストリアの国旗でした。どっちも赤さえあれば描ける共通点w 日本の赤は太陽、オーストリアの赤は血。 バランスよく両方ともうまく飛び立ってくれるよう、親のサポートがんばります。

 

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2018-01-25 16:57 | カテゴリ:ミュージカル・コンサート

引き続き、2016年10月17日に観劇した、Maya Hakvoort 50歳記念コンサートのレポです。

 

前半のレポはこちら

 

●Kevin TarteとTdV

 

エリザ組以外で印象的だったのは、やっぱりKevin Tarteかなー。この10年ウィーンで歌ってないので、なんと私は初見!素晴らしかったー!これは絶賛されるだけある!マヤさんとデュエットでイタリア語で歌ったPrayerはもうこれオペラ歌手でしょって思ったw

 

この歌を選んだ理由が、マヤさんと二人で2泊した高野山で、すごくスピリチュアルで特別な体験をした場所だったって、高野山の話5分くらいしてた。私ももちろん行ったことあるから、激しく頷いてたw 朝5時に起きて祈祷とかやったやった。

 

KevinはあとMarjan(ものすごく痩せた。。)とTotale Finsternisを歌ったんだが、見慣れたトーマスと全然違った!何これ!セクシーすぎる。。色気だだもれ。。

 

トーマスはクールで支配的に寄り添って、当然のように噛み付くけど、Kevinは最初は偉そうなのに、だんだん我慢出来なくなってくるの!もう襲わせてくれ!お願い!俺はもう噛みたくて噛みたくて仕方が無いのだ!ってw 迫り来る色気の塊にクラクラ。。

 

最後はMarjanの方がクールで、Kevinは肩掴んでグルン!と半回転させて、抱きしめて顔をうずめて首をガリガリ噛むww 噛んだ後も「おっしゃ!」みたいな勢いw こんなクロロックいたらセクシーすぎてヤバイわ。。

 

●ドンカミッロ

 

後半はNext2Normalの出演者全員集合して(Robも!)、5曲くらい歌ったり、サンセット3曲歌ったりしたかなー。Don Camilloからも3曲あって、神父の歌が名曲だった。マヤさんは80歳の老婆役とのこと。

 

ドンカミッロは思ったより良くて、ちょっと見に行きたくなった。マヤさんは80歳の老婆役だけど、歌い出したらほんとに老婆に聞こえる声でびっくり!神父役のAndreas LichtenbergerはなんかUweに歌い方や目つきが似てきたw

 

この神父の「私の村」っていう歌が名曲!「50軒の家に100人の住民。そんな小さな平凡な村だけど私は村も村人も好きだああああーー!!」っていう歌なんだけど、まさにクンツェ氏しか書けない素晴らしい歌詞!!この曲聴くためだけにドンカミロ見たいくらい!

 

●マヤさんと13人の男たちの「最後のダンス」

 

ああもう思い出すだけでやばい。色気がすごい。13人の男達がマヤさんを囲んだ「最後のダンス」www シュナップス13杯一気飲みしたくらい興奮した。。熱くて濃くて熱気ムンムン。もう色々激しすぎてww 記憶に焼き付けた!

 

忘れないうちに書いとく。マヤさんを囲んで左に9人。〇〇アンドレ〇ルカス〇RobマヤMate〇KevinRamesh〇〇という順番で、一番左の人から最後のダンスを2行ずつ歌っていく。 Andreがabgewendetのとこw

 

Hochzeit nur der Gastの所をGeburtstagと替え歌したのは最初に歌ったガウディの人。左8人で一番前半歌ったら、Rob飛ばしてMateがサビ。客席騒然ww あーマテ。。やっぱり君がいてこそだよ。。このハチャメチャな祭りにピッタリだよ。。

 

2番は右の端から2行ずつ。若手が多かった。Rameshとかいた。で、二番のサビもマテ。Robマヤさんの横にいるのにまだ歌わないの?けどマテのクネクネダンス見れて嬉しいw Robはマヤさんにマイク差し出してる。

 

かと思ったら!warte ich in dunkelnのとこでRobソロ!!来たーー!めっちゃ高音素敵な所!!あー夢のRobトート!ich gewiiiinnnnとかもう!当時より高音出てるし!好きすぎる。。ほんといいパートだよ。。最高だよ。。

 

その後のサビコーラスは13人の男達で歌いつつ、突然誰か(多分Andreas?)がマヤさんくるくる回して踊り出すし、マテもクネクネしてノリノリだし、なぜかRobが律儀にシャウトしてくれてて私は昇天気味だし、濃すぎる!アツすぎる!

 

でこの辺はリハしてなかったのか、マテじゃなくてずっとRobが超高音で盛り上がって歌ってて、最後のnur mit(しーん)で、急にマイク構えて我に返るマテw ここはオレだ!と言わんばかりに右手をシッシッってして(それをまた笑われるw)diiiiiiiiiirrrrrrrr!!!!

 

けどなんか興奮してたのかちょっと上ずってたw で、決めのmit diiiiiiiirrrrrは、高音に自信ありのRobが上を、マテが下を歌って、超熱く決まった!!なんかもう興奮しすぎて舞台上がすごいことになってたwww 13人の男達がお互いを相手に踊りまくるタイムww 男の楽園w

 

もう客席は総立ちで、このあと最後まで立ち続けてた。懐かしの足ドタドタもめっちゃ聞こえて、ヒューヒューの嵐で、これぞウィーンミュージカル!!愛!!って感じ!!ああこれがアンデアウィーン劇場だったらな。。ってふとよぎったよ。。

 

●全員で「私だけに」

 

この流れで女性ゲストも全員出てきて、最後はみんな一列に並んで、マヤさんが「私だけに」熱唱。もうこの辺りぐちゃぐちゃで、誰かが歌ってるマヤさんに抱きついて離さなかったり、マテが気を使ったり、ルカスが携帯取り出して左右に振ったり、Rameshが携帯のライトつけて振ったり。

 

それを見て客席も携帯のライトつけて、左右に振って(私ももちろん振ったよ!)、マヤさんがそれ見てSchoenって言ったり、盛り上がるところで地響きのような拍手が起こったり、warte auf Freundeでみんなを指したり、もうなんか一瞬一瞬が濃かった。。

 

なんかもう、久々のマヤさんの私だけに、じっくり聞くつもりが、うわーぎゃースゲーありえない!信じられない!濃い!熱い!懐かしいー!ああみんなー!!って思ってる間に終わってしまったw 最後のnur miiiiiirrrはしっかり聞いたよ!!やっぱり最高だよマヤさん。。

 

●映像紹介

 

昨日のマヤさん50歳コンのニュース映像!しっかり長めなのでぜひ見てみて! 一番最後!13人の男たちによる「最後のダンス」映ってる!!!AndreもLukasもRobもKevinもMateも映ってるよ!!必見!!

 

 

Maya Hakvoort←MayaさんのFBの動画ページへのリンクです

 

しかしまさかこれが映像に残ってるとは。。ORFに感謝。。

 

それもラストのシャウトでRobが高音歌い上げてる時にアップとか!!もうドキドキするわ。。それに上手い事Andre,Lukas, Kevinもアップになってるので、日本のファン的にはとっても嬉しい映像。ああ、これは永久保存版だな。。。

 

最初のマヤさんが白地に青のドレス着てるのは、終演後の地下のパーティーの様子。11時半ごろかな。めちゃくちゃ長かったから、みんなすごい疲れてたはずなのに盛り上がってて凄いなー。あのド派手なスーツは旦那さんだったのか。開演前も幕間もウロウロしてて、1幕ラストちょっと舞台に出てきた。

 

あと、客席がライト振ってるのは、「私だけに」の時ね。舞台から見たらこんなにきれいに見えたのかー。参加してよかったー!あと、3曲目くらいでマヤさんがヒールを脱いだんだけど、明らかに裸足の方が声がよくなったって言ってた。だから脱いだのか!

 

子供のJason君(9)は途中でDas Wunder von Bernの歌を歌ったんだけど、めちゃくちゃほほえましかった!両側の子たちと手をつなぎたくてもつなげなくて、やっとつなげて、ってところがもう、いじらしすぎて客席からの温かい拍手!

 

息子さん9歳ってことは、再演エリザの後で生まれたんだなーと思ってたんだけど、そういえば出産直後のVictor/Victoriaを見たのを思い出したわ。つまり、再演エリザ時代に主要キャストで子供がいたのはRobだけだったってことかー。感慨深いな。。

 

●二つ目の動画

 

こちらもマヤさん50コンニュース映像。1幕最後でマヤさんにサプライズで、ウィーン市から「金のラートハウスマン」の賞が贈られたことがメイン。マヤさんは数々の子供たちのためのチャリティコンサートをやってきたことが評価された。

 

Maya Hakvoort ←元動画

 

また息子のJason君の歌ってる映像が出てる(7歳じゃなくて9歳ね)。最後のカテコ映像は「私だけに」を歌い終わった瞬間。めっちゃ私のヒューヒューが聞こえるwwあとルカスの長めのインタビューもアリ。

 

●「私だけに」映像

 

こちらは、全員集合「私だけに」の動画です。最初は音声だけですが、少し待ったら映像も映ります。マヤさんの隣のマテが。。(涙)

 

Maya Hakvoort - Ich glaube der emotionalste ever.....←元動画

 

客席がスマホにライト付けて振ってる様子とか、客席の暖かい盛り上がりとか、過去の共演者たちの暖かさとか、もう何もかもがエモーショナルに迫ってきます。ぜひ、ぜひ見てみて!

 

あとここにマヤさんコン写真いっぱい!muellerphotos

 

●まとめ

 

というわけで、色々と手作り感いっぱいの、客席も舞台上も温かさに満ち溢れた、マヤさん50歳記念コンサートでした。とにかく再演エリザの完成度の高さと、出演者や客席の愛を感じ、ウィーンミュージカルの歴史の一ページを刻んだコンサートでした。

 

一ファンながら、一つ一つの歌に感動し、みんなで歓声を上げ、改めてウィーンミュージカルのコミュニティに属してるだなあ。。と感じた夜でした。

 

マヤさん、おめでとうございます!これからも素晴らしい歌声を楽しみにしています!

 

 

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2018-01-23 16:57 | カテゴリ:ミュージカル・コンサート

少し前のコンサートですが、まとめていなかったのでレポをお届けします。2016年10月17日に行われた、Maya Hakvoort 50歳の誕生日コンサートのレポです。

 

===

 

(幕間ツイート)

マヤさん50歳コン幕間。テレビカメラ多すぎw ソサエティニュースになりまくりそうな気配w リーヴァイ氏と普通にすれ違ったw ORFとATVがセレブにインタビューしまくってて、戦々恐々としてる。。さっきまで舞台にいたゲストもそのへんにいるしw

 

(終演直後ツイート)

Mayaさんコン、最後の2曲で全部持って行かれたあああぁぁぁ!!やられたああーーー!ぐああぁーーー!!興奮がヤバイヤバイ、アドレナリン出まくってる!!なんと13人の男達による「最後のダンス」!!ありえない豪華さ!MateもRobもLukasもAndreもKevinもいるし!!

 

●全体の感想

 

マヤさんと共演した人たちを呼んでデュエットしたり、ソロ歌ってもらったりして、お世話になった人総出演状態。知らない人や知らない歌も半分位あったけど、それだけ私の知らないマヤさんの側面があるってことで、50歳の女性の生きざまを見た感じ。

 

全体的には、マヤさんの人生にとって重要な友人を招いて、時系列でデュエットやソロを一緒に歌う形式。ほぼゲスト毎に2曲とたっぷり。演奏はソロコンのバックバンド(オレンジの髪のギタリストの)とピアノとキーボード。

 

エリザ時代は始まりに過ぎず、ソロコン、VoM、サンセット、N2Nだけでなく、ミュージカルではない曲も沢山あった。ドンカミッロからも3曲。時間的には前半が2時間、後半が1時間半の超長丁場。ゲストの聴きごたえある曲から、マヤさんレパートリー強化版、子供の歌まで予期せぬサプライズ満載。

 

普段バンド演奏でエリザとかオケ曲を聴くと物足りないのに、このバンドだと全然違和感なかった!すごいな!管楽器の人がサックスとかフルートとか5本くらい持ち替えて演奏してた!ピアノは演奏者3人位変わったかな。あのアーロンさんが出てきて感動した!!

 

19:30スタート23:05終演の超長丁場でどうなる事かと。。1日限りのお祭りなので、すべてを詰め込んだら時間がオーバーしまくったw 超楽しかった!

 

●曲目

 

プログラムとかなかった上、知らない曲や知らない人も多かったので、結構うろ覚えです。。

 

1幕は白いドレスで、Music is my futureの歌をピアノ弾き語り→ガウディ3曲→靴を脱ぐ→エリザ(嵐、踊る時、鏡、ボート)→レミズ(他の人のオンマイオウン、夢やぶれてデュエット)→知らないオランダ人のめちゃくちゃ上手いアイーダのオシャレの歌→知らない男性ゲストを迎え結構沢山知らない曲→RameshとジキハイのDangerous Game→女性5人の歌→サプライズで過去のマヤさんの業績の紹介があり、ウィーン市の賞をもらう、って感じ。相当時間が押してたらしく、サプライズ出てきたら焦ってたw

 

2幕はVoMシャドウランズ→子供の歌→サンセット(Julian Loomanと)→Prayer(Kevinと)→KevinとMarjanのToFi→N2N全員集合5曲(Rob含む)→ドンカミッロ(Andreas Lichtenbergerと)3曲→13人男子最後のダンス→私だけに。

 

マヤさんも時々ソロを歌ったんだけど、どちらかと言うとゲストとのデュエットが多かったかなー。「夢破れて」のデュエットがなんだかすごい明るくて楽しかったwソロの中でも素晴らしかったのは、ソロコンのPapa can you hear me。久々に聴いたら5倍くらいパワーアップしてた!

 

マヤさんらしいなと思ったのは、裸足になって歌ってたことと、ものすごい数の友人が駆けつけて、一緒に歌って祝ってくれたこと。最高の誕生日じゃないですか。。かなり手作り感があって、声を掛けた友達全員来ちゃったから時間が押しちゃった感じがまたアットホームw

 

しかし、私ウィーンでやってるマヤさん作品はほぼ全部見てるはずなんだが、それでも知らない歌が結構あったなー。今ざっと思い出しただけで、エリザ、エビータ、Victor/Victoria、キスミーケイト、ソロコン、LNDコンかなー。まだ見てると思うんだけど。

 

あと、マヤさんが子供たちのためにしてきたイニシアチブがすごくてびっくり。いつもソロコンで子供コーラスと歌ってるけど、ああいうのも全部、恵まれない子供たち(離婚家庭、病気、貧困など)のための団体に寄付したりしてたのね。金のラートハウスマンってwって思ったけど、素晴らしいよ!

 

あ、ラートハウスマンっていうのは、ウィーン市庁舎のてっぺんに建ってる兵隊の像のこと。ウィーンの景観保存地区ではこの像より高い建物を建ててはいけないことになってる。一応ウィーン市の象徴になるのかな。

 

 

●再演エリザベートの出演者の思い出

 

エリザパートは、最後の2曲以外は、最初の方に固まってたんだが、マテとマヤさんの「私が踊る時」聞いて、もう再演は伝説だなと。。やはり当時私がアンデアウィーンで感じた濃さと熱さは、この2人でないと出せない化学反応だったなと、あれから10年のふたりの生き方見てて思った。

 

マヤさんとマテって、この10年見てるとものすごく似てる。テンションが振り切れてるところとか、すごい賑やかで朗らかなところとか、内省的な一面を実は持ってるところとか、ソロ活動や自分でプロジェクト組む方が性に合ってるところとか。

 

本能に従って人生を切り開く、超魅力的な一匹狼タイプな2人が、人生であの2年だけ大きなプロダクションに雇われて演じたシシィとトート。そりゃ相性ピッタリなわけだよ。二人共そもそも異端児なんだもん。だからあんなに熱くて濃い舞台だったんだ。2人の一匹狼の短い共演だったんだ。

 

それを考えると、FJやった後のアンドレがずっとVBWに出演してきたこと、再再演の主役2人もVBWに残って大きな舞台に立ち続けたことが、マヤさんやマテの人生と対極に見える。Robだってソロ活動したりして異端児だったし、再演エリザはやっぱり濃いわ!

 

●エリザベート

 

前半のエリザパートレポ。まずは「日本のカイザー」として紹介されたMarkus Polと「嵐も怖くはない」。後ろから抱きしめたりしてラブラブww マヤさんの声が当時のままで、ものすごく深く感動した。次にマテが出てきて私が踊る時!あーやっぱりこの2人でなくちゃ。。

 

もう二人の歌い方の特徴が全て脳裏にインプットされてて、懐かしくて嬉しくて。。その癖振りとかかなり忘れてて、その場の雰囲気で合わせてる、その息の合い方がまた昔の通りで、野外コンとかフェスとか思い出したよ。。

 

しかしマテ、ハンガリー訛りになってる!昔は歌は訛ってなかったのに!(笑)ハンガリー訛りのトートってなんかかわいいけど、あながちシシィの気持ち的には間違いではない気もするしなー。なんか新しい発見w トートはハンガリー人だった!ドイツ人よりは史実に即してるw

 

ああ、私が踊る時自体、エーヤンの直後なんだから、トートが地元で口説いてるってことで、辻褄合うしw 11年を経て未だに新解釈とは、マテトートやるな。。w

 

マテは最後のダンスでも感じたけど、私が踊る時の最後のalleinも上がりきってなかったなー。マヤさんが気づいてフォローしてたけど、全体的に昔の歌い方通りで、ラストだけ違ったので、気がつく人は気がついただろうね。けど、マテはマテだからいいのだ!(笑)

 

次はルカスの「ママは僕の鏡だから」。さすがにルカスルドは再再演でも見てたから新鮮味は無かったけど、再演の時の若いルドから格段に良くなってて、めちゃくちゃ成長したなと、マヤさんと合わせてみて気がついた。今になってやっとマヤさんにふさわしいルドルフになった気がする。

 

そして、ルドルフがしっかりしてるからこそ、それを拒否るマヤさんがいい感じなんだよ!あああの声。。マヤさんがシシィ歌ってるだけでうおーってなるよ。。ルカスルドルフ昔を覚えてるだけに、感慨深かったなー。Buehnensohnって呼ばれてたなw

 

前半のエリザパートで一番感動したのは、Andreとの夜のボートだな。。当時アンデアウィーンで泣いた記憶ないのに、今日は涙が止まらなかった。アンドレの髭が白くなってるのと、最初のマヤさんのパートで目にフランツヨーゼフが宿る瞬間を見たのとで、めっちゃ引き込まれて戻ってこれなかった。

 

なんていうか、もうエリザベートはマヤさんのあの再演で完成されてて、私にとってはあれしかないって、突きつけられた。ものすごい久々にマヤさんシシィ、アンドレFJ聞いて、ああこれだよ。。って、何もかもしっくり来た。

 

(後半に続きます)

 

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2018-01-20 16:29 | カテゴリ:ウィーン

移動中に偶然見かけたベートーヴェン。モーツァルトと違って、ベートーヴェンはわざわざ探しに行くほどまだハマってないのに、こうやってふと出会ったりする。探しに行くより、こんなふうに偶然出会う方がずっと楽しい。

 

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ベートーヴェンはこのハイリゲンシュタットにあった温泉で、難聴の湯治をしていたこともあり、この地域がゆかりの地になっています。

 

まさにこの像がある公園に、当時は浴場があったのですが、ベートーヴェンの詩の二年前に涸れてしまい、今は公園になっています。

 

これはある意地人災で、ドナウ流域工事でドナウ運河を掘ったところ、地下水流の流れが変わり、温泉が出なくなったとのこと。湯治で村起こししてたらしいから、困っただろうなー。

 

ベートーベンは、耳の治療のために、この公園にお風呂入りに来てたのですね。温泉につかりに来たにしては、難しい顔をしていますね。

 

 

ハイリゲンシュタットのベートーヴェンが通った浴場跡地そばの教会。11世紀ごろからある教会で、ベートーヴェンはここでオルガンも弾きましたが、ベートーヴェンの亡くなる三年前に塔に雷が落ちたので、今の塔は当時のものと異なります。

 

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また、この教会の前に、「シューベルトの菩提樹」という記念碑発見。この教会はベートーヴェンの他にシューベルトも来てた縁の地。しかし、調べたら「シューベルトの菩提樹」は各地にいくつかあって、これもそこまで縁は深くなさそう。

 

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「シューベルトの菩提樹」とされる木は、私が調べた中でも五本ある。一本目は作詞をしたドイツ人がインスピレーションを得た木で、ドイツにある。二本目はシューベルトが作曲した時にいた場所で、ウィーン郊外で今はホテルレストラン(ここも偶然行ったことはある)。

 

あと、ウィーンにある三本は、全て没後100年の1928年に名付けられたもので、Margaretenに一本、Schubertparkに一本、このHeiligenstadtに一本ある。もしかしたらもっとあるかもw

 

 

というわけで、ベートーベンとシューベルトを巡るお散歩でした。

 


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